さまようよろい

「ちょっと待て!アタシは今すぐバトりたいんだ!!」


 ドラゴが女竜人ドラゴンメイドの特徴である竜の羽をバサバサと羽ばたかせながら半ば叫ぶように言った。


「俺が相手になってやる。それでいいか?」


 いいのか!? と彼女は目を輝かせ、羽ばたきはさらに強くなる。――犬かお前は。


「レリフ、廊下にある甲冑フルプレート借りてもいいか?襲撃の時に使いたいんだ」

「構わんが……お主が着て動けるのか?」

好戦形態アグレッシブをかければ問題ないだろう。というか今からそれを模擬戦で確かめる」


 そう言って俺は着替えるために廊下に出た。


 ――――


 お目当ての甲冑フルプレートは、ショートソードを持っている物だ。甲冑の前に立つと、まずは来ていたローブを脱ぎ、肌着だけになる。そして苦労しながら甲冑フルプレートに身を包む。まず出てきた感想は『くっそ重てぇ!!』だった。そのままでは動くこともできないため全力の1/10にした好戦形態アグレッシブ――全力だと会話ができなくなるからだ――をかける。


 するとさっきまで感じていた重さが無くなり、ごわついた服を着ているような感覚だけが残る。最後にバシネットを被り、バイザーを下すと『視界狭ぇ!!』という感想も加わった。そのまま歩き出すと「カシャン、カシャン」と小気味よい音が廊下に響く。


「あれぇ?本当に鎧がさまよってる」

 間の抜けた声が背後からした。いつの間にか女悪魔――俺を魔界へ連れてきた張本人――がそこにいた。


「さまよってないわ!!なんで俺が甲冑着てるのかは今から説明する」

 魔王とドラゴに説明したことを改めて悪魔に話す。すると彼女は驚きの声を上げる。


「え!?お兄さんって魔王さまより魔力あるの!?てっきり良くて互角くらいかなーって思ってたのに」

「10倍くらい違うぞ」

 

 俺のその言葉に絶句する悪魔をよそに、二人の待つ大広間に入るのだった。


 ――――


「顔が割れてることをどう解決するのかと思ってたんじゃが……まさか甲冑とはなぁ」

「これなら万が一でもバレないだろう。勇者たちが俺の魔力に気づいてもまさか魔法使いが甲冑フルプレートを着て襲ってくるなんて到底思わないだろうしな」

 

 考えたのぅ、と一人納得しているレリフをよそに、ドラゴは戦闘前の準備運動をしていた。


「準備できたかァ?そんじゃ始めようぜェ!!」

 彼女の腕が人間のそれから竜のそれへと変わる。黒龍の鱗が形成され、指先は竜の爪へ――戦闘に適した形状に――変わっていく。


「その剣は使っていいぜ?じゃねェと意味が無ェからなァ」


 助かる、そう告げてショートソードを両手に構え、戦闘態勢をとる。彼女が恐るべき速さで俺に向かって突進してきたのは俺が構えたのと同時だった。俺の頭を捉えようと左腕の竜爪が迫るがすんでのところで背中を取るように左に躱す。彼女は突進の勢いを殺しきれず、こちらに背を向けていた。ガラ空きになった背中に向けて振りかぶるが竜の尾で剣を弾かれ防御されてしまう。一度立て直しを図るためにバックステップで距離を取る。


 ――――その時だった。彼女は突如跳躍し俺の狭まった視界から消える。マズい――そう思った瞬間、好戦形態アグレッシブの効果を最大まで引き出す。研ぎ澄まされた神経が俺以外の時間を著しく遅くさせる。周囲を見渡すが彼女はいない。振り返るとドラゴが勝ち誇った顔で右手をこちらに伸ばしていた。俺は彼女の背後に回るとその首筋に剣を軽く――万が一にも傷つけないように――当てたのだった。


 ―――――


「ほんとヤベェなその魔法。最後何されたか分かんなかったわ」


 模擬戦が終わって一息ついていた時、ドラゴがそう評してくれた。思わず顔がニヤけそうになる。


「そいつはどうも。ともかく、甲冑着込んでの戦闘でも問題なさそうだな」

「お主本当に魔法使いか?初めて剣を持った者とは思えんぞ?」

「そうそう!魔法使いじゃなくて剣士に転職すれば?」

 

 レリフと悪魔が俺の剣の腕について疑問を抱いていた。


「勇者一行に加わることは確実だと考えていたからな。『』を考えて前々から剣の特訓もしてたんだ」


 魔法学院時代の3年間、研究室に籠って魔法論文を読み漁る合間に剣術書を読み、暇さえあれば見様見真似で杖を剣として振るった思い出が蘇る。


「……まあ本当に役立つとは思わなかったけどな」


 こちらの準備は整った。あとは機を伺ってあいつらと直接対決するだけだ。


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