第17話
朝になっても昼になっても、僕はちっとも落ち着かなかった。
どうしたってライニールさんたちのことが気になる。僕でさえそうなんだから、冷静なふりをしている師匠はもっと気になっているんじゃないのかな。
その証拠に、今日はやたらと竪琴を弾いている。あれって時々指ならしに弾いてる程度なんだけど、案外上手いんだよね。いるよね、こういう、何やっても人並み以上の人って。
あ、料理と掃除洗濯は壊滅的に駄目だから、何やってもってことはなかったな。
それにしても、普段なら本を読んでいることの方が多いのに、今日は本を開きもしない。やっぱり集中できないからなんじゃないのかな。
しかも竪琴を弾いている師匠は、常に眉間に皺を刻んでいる。そんな難しい顔で弾くほど難しい曲調でもないのに。
まあ、気持ちは察するから。僕は余計なことは突っ込まなかった。
そうして、夜だ。豆と肉とを煮込んで、それから米も炊いた。ハーブとバターで香りづけする。
師匠にはできない料理だ。師匠は味つけができないから。
なんでいつも味つけしないんですかって訊いたら、すると食べられなくなるからって答えられた。
……なんで食べられなくなるんだろうね?
素材の味のみ。その方がマシな味つけってひどいよ。
美味しくできた夕食を食べ終えて、僕は後片づけをしていた。鍋を洗っていると、師匠がいつの間にか背後に立っていた。
「おい」
ひゃあっ、と飛び上りそうになる。
師匠は歩いてこないから音がしないんだ。
振り向いてみると、師匠は真剣な面差しでいた。心なし青ざめているようにも見える。
「ちょっと出かけてくる。先に寝ていろ」
師匠だって夜遊びしたい時もあるよね、なんて、こんな状況で思うはずがない。それに、シャツの上から白いローブを羽織っている。
僕は鍋を放り出した。
「それって、ライニールさんのところですか?」
答えを聞かなくてもそうだとわかる。師匠は嘆息した。
この様子だと、ライニールさんは断らずに偵察部隊の調査に向かったんだろう。
「そうだ。急ぐからもう行く。詳しくは後だ」
口早にそれを言った師匠のローブを、僕は素早く握りしめた。師匠がイラっとした顔でそれを振り払おうとするけど、僕は両手でしっかりと握り締めながら言った。
「僕も行きます!」
「ふざけるな。足手まといだ」
ピシャリと言われたけど、僕にだって何かできることがあるかもしれない。家で待っているなんて、そんなの嫌だ。ただじっと待っている方が何倍も怖いんだから。
「何があるかわからないからこそ、僕くらいの人材でもいないよりはマシかもしれないじゃないですか! 僕に構わなくていいですから、連れていくだけ連れていってください!」
師匠にしてみたら、護らなきゃいけない人数が増えるだけで面倒なんだろう。
頼りになるなんてちっとも思っていない。知ってるけど。
「ほら、時間がないんでしょう? 急ぎましょう!」
僕は師匠を逆に急かしてやった。師匠は複雑な面持ちになったけど、ここで押し問答をしている場合じゃないと諦めたらしい。
「何があっても俺から離れるなよ」
「はい、もちろんです! 僕はいつだって師匠の言いつけをちゃんと守る弟子じゃないですか!」
「…………」
なんで黙ったの。
僕、本当のことしか言ってないでしょ?
師匠は出かける前に僕にもローブを着せた。丈が長かったから、ベルトで端折った。なんでもこのローブには強化の術がかけてあるから、少々の矢なんかなら貫通しないって。
家を出て、長距離移動をするための魔術陣のあるところまで歩く。その途中で師匠は僕に軽く説明してくれた。
「向かうのは北の山麓だ。ライの隊から選んだ少数で出立している。ヘルトもだ。ライが女連れで行きたがらなくても、ヘルトが黙って留守番するわけないからな。……お前も絶対に気を抜くなよ」
師匠は魔術陣の上に立つと、僕を振り返りながら言った。僕は唇を強く結び無言でうなずく。
「குறிக்குச் செல்லுங்கள்」
師匠が唱えると、魔術陣は淡い紫色の光を放つ。薄暗い中、その光は幻想的に見えた。僕と師匠の白いローブが照らされる。
僕がローブの裾を見ているうちに魔術陣は効力を表し、僕たちを運ぶ。それはまるで流れ星になったような感覚で、体が落ちていくみたいに感じられた。
遠い山にライニールさんたちはいるはずなんだ。
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