第16話

『ねえ、父さん、聞いてよ! 僕、今日の実習でも褒められたんだよ。この年でここまでできる子は少ないんだって。僕、将来は魔術師団に入って出世して立派な魔術師になるからね。そうしたら、父さんも鼻が高いでしょ?』

『うーん、そうだなぁ。もしそうなればな』

『なるよ。僕、絶対に夢を叶えてみせるよ!』

『なあ、レフィ。魔術もいいけど、お前もそろそろ、それ以外のことにも目を向けてみないか?』

『え? なんだよ、それ』

『魔術で食っていくのは大変だ。魔術師団に入れる人間なんてほんのひと握り。苦労して入っても危ないことが多いんじゃないのか?』

『……なんでそんなこと言うんだよ? 父さん、僕に魔術師になってほしくないの?』

『お前がなりたいのはわかったけど、絶対になれるとは言えないから。それよりは別の仕事の方が向いているかもしれないし』

『嫌だ! 父さんみたいにこのちっぽけな村で、馬に乗って木材を運びながら生きていけって言うの? 僕には才能があるのに!』

『レフィ……』

『絶対に嫌だからね! 僕は魔術師になるんだ! 父さんは父親なのに、どうして僕のやりたいことを応援してくれないんだよ!』

『……ごめんな、レフィ。父さん、お前を傷つけるつもりじゃあ――』


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい、父さん。


 僕こそ、父さんを傷つけるつもりじゃなかったんだ。

 喜んでくれるって思ったのに、そうじゃなかった。それが悲しくて、感情をぶつけてしまっただけなんだ。


 もう謝れなくなるなんて知らなかった。知っていたら、こんな馬鹿なことは言わなかったよ。


 ねえ、父さん、ごめん。

 僕は一生、この気持ちを抱えていくんだね。


『お前の親父さんほど丁寧な仕事をする人を見たことがない。立派な親父さんだった。本当に惜しいことだ』


 ――僕は、そんな父さんを大好きだったけど、尊敬はできていなかった。

 なんであんな地味な仕事で満足できるんだろうって思ってた。

 いなくなった後にそんな話を聞かされても、その仕事ぶりをもう見せてもらうこともできない。


 師匠にはこんなふうに後悔してほしくないのに。

 あの時、ああしてやるんだったなんて悔いても故人には届かないんだ。


 なんて、すごい力を持つくせにパン屋さんを尊敬できる師匠だから、僕なんかよりそのことを知っているのかもしれないけど。

 ああ、師匠に偉そうなことが言える僕じゃなかったのかも。



 ヒク、ヒック、と僕は自分がしゃくり上げる声で目を覚ました。

 泣きながら寝ていた。頭が痛い。


 今、一体何時くらいなのかな。暗いから夜なんだろうけど。

 夕食作りも放棄してしまった。師匠は何か適当に食べたのかな?


 目を擦りながら僕が毛布から這い出すと、薄暗い中にぼんやりと白いものが目に入った。なんだ? と思ったら動いた。それは師匠の背中だった。

 僕の部屋で何をしてるんだろう?


「し、師匠?」


 この部屋、半分はガラクタが占めているから狭いんだよ。師匠、窮屈じゃないのかな。

 ……もしかして、暴言を吐いた僕を破門にするつもりで部屋まで来たのかな?


 伝説の賢者に馬鹿とか言ったよ、僕。

 どうしようかな。謝るべきなのかな。謝ったら許してくれるんだろうか?

 許してほしいのかな、僕は。

 ここにいて、師匠からまだ学びたいと思えるのかな。


 師匠は小さな光の球をひとつだけ浮かべて僕の方を振り返った。僕が思わず身構えると、師匠は困ったような顔をして僕の頭に手を載せた。


 その表情は、僕が予想していたいどんな顔とも違った。だから、僕はどうしていいのかわからない。

 ぼうっとしていると、師匠の手がポンポン、と軽く僕の頭を叩く。


「お前な、泣きすぎだろ。泣きながら寝るとか、お前は一体いくつだ?」

「……じゅうさんさいです」


 堂々と答えたつもりが、泣きすぎて声がガラガラだ。多分、顔もひどい。


「丸一日泣きながら寝る十三歳なんて初めて見たぞ」

「え? まる?」


 丸一日も寝てたの、僕?

 全然気がつかなかった。スッキリしたっていうより疲れたんだけど。


 もしかして、師匠、僕があんまりにも起きてこないから心配してそこにいたのかな?

 そんな優しさ、あるのかな。


 僕がまだ警戒しているような顔をしたせいか、師匠は少しだけ目を細めた。


「あのな、俺がライを助けに行く癖がつくと、お偉方は常にそれをするようになる。ライはいつだって人一倍危険な任務ばかり押しつけられる。それじゃあ、命がいくつあっても足りないんだ。あいつが自分で、俺の助けを当てにするなと言えるようにならないと、こんなことの繰り返しで、あいつの価値は俺を引っ張り出す餌でしかなくなる。俺が常に手を出すばかりでは何も変わらない」


 師匠の言い分もわからなくはない。

 多分、ライニールさんみたいなお人よしは、人が嫌がる危険な仕事を押しつけるには打ってつけだから。師匠が関わらなくったって、多分そういう扱いは変わらない。


 それでいて、手柄だけ取られても何も言わないんだろうなぁ。ああ、本当にそういう人が近くにいたら都合いいや。


 それなのにライニールさんは、国のため、人のためにものを考えているような人だ。それはとても損な性分かもしれないけど、自分のことを第一に考えては動けないんだろうな。


「ライニールさんは断らないですよね? 師匠、本気で手を貸さないんですか?」


 そっと言った。責めているんじゃない。

 本当は師匠だって助けに行きたいんじゃないかって思えたから訊いたんだ。


「僕、父さんと喧嘩して、ちゃんと仲直りする前に父さんは事故で死んでしまいました。人間ってそんなに丈夫じゃないんです。ちょっとしたことが命取りになって、二度と話し合えなかったりするんです」


 だから――と言ったところで、また涙が溢れそうになったから、僕はその先を呑み込んだ。

 師匠は僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、フッと軽く笑ってみせる。


「ライの動向はわかるようにしてある。あいつが断らずに任務に赴いて、本気でまずい時には手を出すが、その時には今度こそ騎士なんぞ辞めさせてやる。俺もいい迷惑だ」

「その場合、この国はどうなるんでしょうね?」


 戦う人が減ったら、国の防衛力が落ちる。結果、侵略される。

 誰もが自分だけを大事にしたらそういうことにもなる。

 難しい問題だな……。


「不安要素は潰せばいい。そうすれば、騎士も魔術師も需要がなくなるからな」


 平然と言ってのける。師匠が不穏だ。

 でも――。


「師匠がライニールさんを見捨てるつもりじゃないってことがわかってよかったです。もし見捨てたら、僕、出ていく覚悟でしたから」

「行く当てもないくせに?」


 と、鼻で笑われた。ないけど、気持ちとしてはそれくらい許せないと思ったってことを言いたいわけで!

 僕がグッと言葉に詰まっていると、師匠はそれからわりと真面目な顔をして言った。


「ライみたいなヤツは貴重だからな」


 ひね曲がった師匠みたいな人の親友になれる貴重な人材なのはわかってる。うん、貴重。

 僕はうんうん、とうなずいていた。


「『いいヤツ』ってのは作れない。上辺で装ってもすぐに地金が出る。本気で性根の綺麗なヤツってのは素質なんだ。魔術の素質と同じようにな。だから、ああいうヤツは貴重だし、国や人にとってもああいうヤツこそ必要なんだと思う」


 師匠は、人よりも優れた魔力を持っている。その素質と同じほどに、ライニールさんの優しさを才能だと思ってるみたいだ。


 そういうもの? 師匠が変わってるのかもしれないけど、そうして相手を敬う気持ちを持っているのはすごいと思う。

 僕にもそんなふうに尊敬しあえる友達がいたらよかったな。


 真面目なことを言ったら照れ臭くなったのか、師匠はボソリとつぶやく。


「そういうことだから、お前も風呂入って飯食え。いいな」

「はい! あ、その飯は作らないとないですよね?」

「いや、もう作ってある」


 師匠が用意してくれたんだ?

 本来なら僕の役目なのに、悪かったなぁ。



 ――まあ、悪かったんだけどさ、台所に用意されていた料理を見て、僕は複雑な気分になってしまった。


 オムレツが、すっごいコゲてる。しかも、卵何個使ったんだろうっていう大きさ。でも形はよじれて着地失敗した感じ?


「い、いただきます」


 食べるけど……マズッ。

 味がしない。コゲた味しかしない。

 ガリッ。卵の殻がアクセント。


「オムレツ焼くのって、多分、ダチョウを丸ごと焼くより難しいよな?」


 ハハッと笑って師匠がそんなことを言う。

 そんなの、師匠だけですってば。

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