第7話

 その日、空は青く晴れ渡り、風は爽やかだった。


 やっぱり、嵐の予兆なんてない。大体、家の中でぼうっとしていただけの師匠がどうして天気の話なんてし始めたのやら。

 知り合って数日、未だによくわからない人だ。


「レフィ、ちょっと来い」


 よく通る声がした。

 裏手にロープを張って洗濯物を干していた僕を師匠が呼んだ。

 僕が名前を呼ばれたのは、もしかすると初めてかもしれない。

 いつも、お前とか適当な呼び方をする。そのちょっとしたことが嬉しい。


「はい、今行きます!」


 背が足りないので、木箱をひっくり返した台に乗っていたから、僕はその上から飛び降りて師匠の声がする方へ向かった。

 山羊の長老のそばに師匠はいて、僕が来るなり言った。


「お前は火と水を扱うが、風を扱っているのは見たことがないな」

「あ、はい。優先順位として火と水がまず大事ですから。風は場合によっては役に立ちますが、今のところはこの二種類の属性を強化していけたらと思っています」


 すると、師匠はぽん、と手を打った。


「なるほど。だからお前は下手なんだな」

「は?」

「いや、魔力は並程度なのに、それにしては術の扱いが下手だから」

「へ、下手って……?」

「『へたくそ』って意味だ」

「意味は訊いてません! 大体、それ、説明にもなってませんしっ!」


 泣きたくなる。というか、泣いている。切ない。


 村の学校で、僕は優秀な生徒だった。下手だとか並だとか、そんなことは言われ慣れていないんだ。優秀なつもりだった分、大いに傷つく。


 師匠にかかるとけちょんけちょんだ。褒めて伸ばすつもりはないらしい。

 僕はしくしくと泣きながら恨みがましく言った。


「師匠って、弟子を取ったの初めてですよね?」

「そうだ。お前が記念すべき第一号だぞ。喜べ」


 にこりともせずに言われた。


「ああ、そうですよね……」


 そうだ、初めてだから弟子の扱いがわからないんだ。それこそ、扱いが下手だ。

 この場合、僕が大人になって、この下手な扱いに我慢してやるべきなんだろうか。


 大体、師匠は若くて貫禄もないし、言うことに説得力もないし、性格も悪いし、ずぼらだし――こんな師匠に弟子入りしてくれる人、ほとんどいないと思う。

 僕って貴重な人材だよね。


 本当に、教え慣れた学園の教員ほど、師匠は優秀じゃない。

 仕方ないな、大目に見てやろう。


 そう考えたら気分が楽になって、僕はけろりと立ち直った。師匠は僕が泣こうが落ち着こうがお構いなしだけど。


「よし、じゃあ言うが、火と水、それから風と土、大きく分けて四つの元素がある。そのうちのふたつだけを使えたからなんだ? ふたつを強化したって、それで上位の魔術に手を出せるわけがないだろ」

「が、学校ではこのふたつが大事だって教わりましたよっ」

「ほぅ。そりゃあ魔術で飯を食っていくつもりがなければそれで十分だからな」


 ぐぅぅ。僕は唸るしかなかった。

 でも、師匠は初めて魔術師らしい話をしてくれている。ここは話の腰を折らずに聞こう。


「いいか、例えるなら一属性が一色の顔料だとする。一色ではそれだけの単色だ。二色を調節し合えばまたいくつかの色ができる。それが三色、四色あればどうだ?」

「は、はい。たくさんの色が生まれます」

「そうだ。魔術はそれと同じだ。元素を調節して混ぜ込み、放つ。四つを学べばできることは格段に増えるからな」


 そういうものなの?

 色に例えてみると言いたいことはわからなくもない。ただ、どうやってというやり方は理解できないけど。

 それをこれから教えてくれるんだろうか。


 ドキドキ、ドキドキ、と胸が高鳴る。

 もし、師匠の言うことが本当なら、可能性は格段に広がりを見せる。

 まるで初恋ほどに胸がときめいて、僕は堪らずに胸の辺りをギュッとつかんだ。そうして、師匠を見上げる。


「師匠、是非ご指導お願いします!」


 キラキラと目を輝かせた僕に、師匠はうーん、と小さく漏らす。それから、あっさりと背を向けた。


「また後でな」


 ズッコケそうになるのをすんでのところで踏みとどまった僕。

 なんて気分屋の師匠だろうか。


 いや、口で適当なことを言ったら、僕が思った以上に食いついたから面倒になった――なんてことでなければいいんだけど。

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