第2話
――僕が意識を取り戻したのは、そんなことがあった半日ほど後のこと。
「うぅ……」
泣きながら目を覚ました。
これは悔し泣きだ。悔しくて、涙が止まらない。
どうして。
どうしてですか、先生。
どうして僕ではいけないのですか?
そんなヤツに僕は絶対に負けないのに。
僕の方が才能があるのに。
ねえ、どうしてですか?
誰か、教えて――。
その時、美しい調べが聞こえた。
弦楽器の奏でる音だ。曲名までは知らないけど。
まぶたを持ち上げて涙を拭くと、僕はゆっくり体を起こした。
光の差す方に顔を向けたら、窓辺に男の人がいた。背もたれのない丸椅子に座って膝を立て、竪琴を手に気だるげな様子で弦を爪弾いている。
長い、色のない絹糸のような髪を編んで肩から垂らしている姿は、男であっても優美だった。
吟遊詩人かも。この人が月を背にして歌っていたら、それは絵になるだろうな。
僕は呆然とその姿に見入り、竪琴の音に聞き惚れていた。しばらくそうしていると、ようやく僕の置かれた状況を思い出した。
リューク・アルハーレン様を訪ねて森の奥へやってきて、そこで力尽きて倒れたんだ。それなら、ここは賢者アルハーレン様の家ということになる。
でも、僕は部屋を見回してぎょっとした。僕が寝かされていた場所はベッドの上だったけど、その半分が本に埋め尽くされていた。辛うじて一人眠れる場所が空けられている程度だ。
しかも、ベッドの周囲にも本が
壁には棚があるのに、見ると食器や紙くず、腕輪などの装飾品が置かれていて、そこに収まっている本はごく僅かだ。
本を棚に片づければ、少なくとも足の踏み場ができるはずなのに。あの人はどうやって窓辺まで行ったのかと思うほどに道がない。
その人は僕が起きたことに気づいて手を止めた。滑らかだった音色が途切れる。
彼の青い瞳がまっすぐに僕を見た。
射貫くような目に、僕は一瞬息が詰まりそうになる。
二十代後半くらいかな。整った容姿をしているけど、なんとなく僕を拒絶するような気を向けている。
この汚い部屋の中でなかったら、きっと僕は口を利けなかった。皮肉にも部屋の汚さが、この出来事を現実だと僕に知らしめている。
「あ、あの……」
それでも、彼の湖水のような目を見ていると、言葉が出なくなる。僕は唾を飲み込み、それから一度胸元を摩って気を取り直すと口を開いた。
「あの、ここはリューク・アルハーレン様のお宅でしょうか?」
この人は賢者の家族かもしれない。僕はまだ、希望を完全には捨てきれていないんだ。
そんな僕に、彼は僅かに顔をしかめた。
「違う」
――ああ、現実は甘くない。無情にも、僕の心を切り裂くばかりだ。
違ったんだ。ここは賢者の隠れ家じゃない。
噂は所詮噂で、そんな大物に容易く会えるはずもなかった。
諦めの悪い子供が悪あがきをした。それだけのことでしかない。
わかってはいた。
それでも、その事実を突きつけられた今、僕の正気を繋いでいた糸がプツリと切れてしまった。
この時の僕は、十三歳という年齢よりももっと幼い子供に還ってしまっていた。
ほしいものが手に入らないと、この世の終わりみたいにして泣き叫ぶ幼児と同じほどに声を上げて号泣していた。
僕がわあわあと泣いて、叫んでいる間、不思議な彼は何も言わなかった。騒音でしかない子供に、うるさいと言わなかった。
ただそこに座ったままでいた。
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