ニセ賢者の弟子になりました
五十鈴りく
第1話
「こちらはリューク・アルハーレン様のお宅でしょうか?」
僕は、自国フェルデ王国の南部にある奥深い森にいた。
そこにポツリと建つ小屋の扉を叩きながら声を張り上げている。
その小屋は、結構汚い。
まず、入り口の柵は風化して役割を果たしていない。ちょっと押せば倒れそうだし、小柄な僕でさえ踏み越えることができてしまった。
それから、木製の壁は染みだらけ。カーテンの必要性がないほど窓は曇っている。
敷地の草は伸び放題じゃなかったけど、それは山羊がいたからだ。山羊が食べただけであって、誰かがこまめに草をむしったんじゃない。
汚い。古臭い。
正直に言ってしまえばただの汚い小屋だけど、ここに住むのは『賢者アルハーレン』様だ。
僕はそのアルハーレン様に会いに来た。
僕、レフィ・カーメルは十三歳。成長期ではあるものの、背が伸びる兆しは未だになく、いつそれが訪れるのか、諦め半分、期待半分に待っている。
明るい茶色の髪に緑の瞳の、ごく平均的な十三歳の男子と言って差し支えない。
そんな僕にとって身長や美醜よりも重要なのは、魔術師としての素質だった。
ずっと、才能があると信じていた。
だから、優秀な魔術師を輩出しているルールフィンク学園に入学するつもりでいたんだ。村の学校から推薦してもらって、間違いなく入れると思っていた。
それが――結論だけ言うなら入れなかった。
この国では修学は十二歳で終える。それ以上進もうと思うと、優秀だと認められなければいけない。推薦がなければ入学はできないんだ。高等学園に入学しない子供たちは皆、働きに出て職人や商人の見習いになる。
僕はその推薦状がもらえなかった。
他の学問ならいざ知らず、魔術は高等技術だ。十三歳の子供が独学で学ぶなんて、まず無理。
つまり、城勤めの魔術師になるつもりでいた僕の将来は暗闇に閉ざされた。
齢十三にして将来にはなんの希望もない。
ここで諦めてごく普通の暮らしに甘んじるべきなのか?
職人や商人になって、それなりに生きていけばいい。そうかもしれない。
けど、それで死の間際になって、いい人生だったって満足して死ねるのか?
答えは否、だ。
だから、僕は最後の賭けに出た。
このクラーセンの森と呼ばれる地の奥深くに、伝説の魔術師、リューク・アルハーレン様が住むという。
――彼を語るにはまず、このフェルデ王国の歴史を
フェルデ王国は、険しい山、豊かな森、東と西にはそれぞれ他国に隣接している。長らく、王国は侵略を企てる他国との戦い、それから山に潜む魔獣との戦い、何せ戦いに明け暮れていた。
そんな歴史の中でこの王国が最も誇るものは、魔術師の多さだった。魔術師は、己の力だけで風を起こし、炎を燃やし、水を溢れさせる。それは剣や弓といった武力よりも格段に戦闘力の高い術だ。
魔術師は重宝されたけど、戦の最前線に立ち、その数を減らしたらしい。魔術を発する無防備な時に矢に当たることもあれば、斬り殺されることもある。
一時、あまりの死亡率の高さから、魔術を志す者が減ったそうだ。命を賭して国を護る――それは尊いことであるけど、苦労して学んで、魔術師になって死にたいわけじゃない。皆が怖気づいていた。
でも、ある時――そう、それはほんの十数年前のこと。
一人の天才魔術師が現れた。彼は山の魔獣を駆逐し、侵略戦争を平定した。たった一人の魔術師が戦局を変えた。それがリューク・アルハーレン様だ。
彼は国が平和になったことを認めると、森の奥に隠遁した。強すぎる力は人の世には必要ないとばかりに。
国は彼を褒めたたえ、語り継いだ。
彼がいたからこそ、魔術師は戦に駆り出されるばかりじゃなくなった。普段は騎士たちと共に国の治安を守り、またいつか起こり得る戦に備えて大切にしてもらえる。
魔術師たちの今の好待遇は、アルハーレン様のおかげなんだ。どれだけ感謝しても足りないだろう。
――まだ存命だけど。
僕は、そのアルハーレン様に会って弟子入りするつもりだった。
アルハーレン様が弟子を取ることなんてあるのか、本当に森の奥にいるのか、それも定かじゃない。だとしても学園に入れなかった僕はこの時、自暴自棄だった。
駄目なら森の奥で朽ち果てたっていい。それくらいの意気込みで森に足を踏み入れた。
森に入って二日。
獣は魔術の炎で退け、魔術の水で喉を潤し、どうにかして先へ進んだ。
恐ろしさはもちろんあった。不安にくずおれそうにもなった。
それが前に進み続けることができたのは、小さな灯火ほどだとしても希望があったからだ。賢者の弟子になって、世間を見返してやりたいって。
――そんな思いをして、空腹に耐えて、ガクガクと笑う膝でなんとかして辿り着いたのがこの汚い小屋だったりする。
汚いけど、小屋を見つけてほっとしたのも事実だ。もう引き返す気力も体力もない。
握り締めた拳で薄汚れた扉を叩く。
後になって思えば、これこそが運命だったのかもしれない。
家の中はシィンと静まり返っていた。扉に近づく足音さえしない。
聞こえるのは鳥のさえずりと、あくびのような山羊の鳴き声だけ。
やっぱり、こんな汚い家に伝説の賢者が住んでいるはずがなかったか。僕が手に入れた情報はガセネタだったんだ。
「ぅ――」
呻き声が僕の乾いた唇から零れた。どうして声が出たのかわからない。出そうと思ったわけじゃない。
本当に僅かな希望の灯火が、フッと消えた。それはあまりに呆気なく、惨たらしく訪れる。
こんな世の中で、子供の僕は夢を見ることすら叶わなかった。
気力が尽きたら、もう立っていられない。
がっくりと膝を突き、手を突き、僕はその場に倒れ込んだ。このまま森の廃屋の前で熊の餌になるさだめだったとしたら、あまりにも悲しい生涯だった。
僕はまぶたを閉じると意識を手放した――。
☆ ★ ☆
ばこん。
嫌な音がした。
「はて?」
訪いを告げた声に応じて扉を開けてみれば誰もおらず――と思えば、いた。倒れていた。
家の主は扉を開けた時に倒れていた少年を扉で跳ね飛ばしてしまったのである。小柄な少年の体は家の石段から転がり、草の上にどさりと落ちた。
「……えぇと」
ぽりぽり、と頭を掻く。
『賢者リューク』は石段に座り込み、少年を見遣った。そのうちに起きないかなと思ったのである。
しかし、起きない。
はぁ、と頬杖を突きながら嘆息する。
仕方なく、リュークは少年を肩に担ぎ中へと運んだ。
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