第8話 推理研究会 Another face

「ありがとうございました」

 奏は笑顔で出ていったお客様に深々と頭を下げた。

「いやーありがとうね、奏ちゃん」

「いえ他ならぬ、叔母様の頼みですから」

 ここは叔母の経営する喫茶店、モダンな雰囲気の純喫茶である。

 来るはずのアルバイトの人が体調を崩してしまったので私に手伝ってほしいと連絡が来たのだ。土曜日で学校も部活もないし二つ返事でOKした。

 いい社会勉強になる、というのが三十パーセント、アルバイト代が出るのが目的で、割と意気揚々とバイトに向かったのだが、しかし一つ問題が。

「しかしこの格好は……」

 この店の制服だと渡された、メイド服だった。英国ヴィクトリアン朝のものやクラシカルのような丈の長いものではなく、スカート部分がやたらと短いタイプのもの、足が膝上どころか太腿の半ばあたりまでしか丈がない。

 扉が開いた時に室内に入ってくる風が、足から入ってきてとても寒い。

「その……こんな格好は、私には似合わないだろう」

「かー若いんだからもっと足だせ、足―」

 普段なら絶対に履かないミニスカートに正直羞恥を覚えずにはいられない。

「……やっぱり、他の制服はないだろうか」

「ごめん、他の制服はクリーニングに出してて、今うちにあるのはそれしかないんだ」

 一縷の望みも絶たれた――まあここは学校とは二駅離れているし、知り合いに会うことはないだろう。こんな格好、知り合いに見られた顔から火が出てしまう。

 恥ずかしがっている場合ではない、引き受けたからには全力でやるまでだ。

 カランコロンとドアが開いた、新たな来客である。

「いらっしゃいま――」

「いやー歩き疲れたねー彩ちゃん」

「そ、そうだな」

――神は死んだ。



「ふー」

「彩ちゃん」

「うるせー体力ないのはほっとけ、あと写真撮んな」

「弱った彩ちゃん可愛いのに」

「うるせー、あー疲れた」

「まあ一時間の歩き続けたからね」

「なんか冷たいもの飲みたいな」

「そういえばさっきの店員さん、凄い勢いで奥にいったね。どうしたんだろ」



 二人の顔を見た瞬間、動物的第六感で必死に顔を隠し、一気に奥の方に逃げ込む。

「かなちゃんどした」

「叔母様、私は自分の運命を呪います」

「何があったの、この短時間に」

「それがかくかくしかじか、まるまるうまうま」

「なるほどね、今来たあの子たち、同級生なのか」

「いや、そのこの格好を見られるのは、その……恥ずかしいので」

「いやー多分可愛いって思うんじゃない?」

「ツインテールの方はともかくショートヘアの方は嬉々として写真を撮るでしょう」

 そんな二人の会話の割り込むように、鳴る甲高いベル、呼び出しである。

「すみませーん、注文いいですかー」

 奥にいても聞こえてくる碧の声。

「じゃあ私が、注文とって――」

 叔母が注文を取りに行こうとしたその時店の電話が鳴った、ほぼ反射的に叔母は受話器を取った。

受話器を片手に取った叔母が左手を立てる、ごめん注文取ってきてと言いたいらしい。

 さてどうするか、注文を取りに行かなくてはならないが、顔がばれるのは避けたい。前門の虎後門の狼。

――そうだこの方法でいこう。

「お待たせしました」

「あ、はい――」

 碧が言葉を詰まらせた。その表情はうかがい知れない。

「あ、あの」

「お気になさらず、注文をどうぞ」

「えーと、あの……何でお盆で顔を覆ってるんですか」

「……戦場で大きな傷を受けたんです、昔傭兵をやっていたので」

「ウェイトレスさんにそんな過去が!」

「ご注文は?」

「えっと、ハニーパンケーキえげつない盛りでお願いします」

「……えーとあたしはチョコケーキセットとコーラをお願いします」

「わかりました」

 奥に帰るや否や、叔母に追求された。

「ちょちょちょ、かなちゃん! 何してんの!」

「カザフスタンの内戦で活躍した傭兵のふりをしようと」

「細かい設定は聞いてないよ!」

「その、顔を見られたくなくて」

「違和感がすごいよ! 見えてないだろうけどツインテールの子ぽかんとしてたよ!」

「それより叔母様、電話は終わったのですか」

「いやごめんもうちょっとかかる」

 ピンチは続くよ、どこまでも。お盆を盾にしたせいでお冷を持っていくのを忘れていた。

 さて、次の手だ。

「すみませんお冷です」

「あれ傭兵のおねーさんは」

「シベリアで任務が入ったらしいです」

 髪を降ろして、目元が隠れるようにすれば、誰か分からない。こういうのは何というんだったか、そう「めかくれ属性」というんだったな。

 どうやら個性的な店員だと思われただけで済んだらしい。

「かしこまりました、お持ちします」

 そうやって深々とお辞儀する、その時、毛先が最初にお冷に浸かった。

「あ」



 素早くお冷を取り換えて平謝りする。

 さっきのようなミスが起こりうるため、この手はもう使わない方がいいな。

叔母は相も変わらず電話の応対をしている。とりあえず叔母が朝焼いたチョコケーキを取り出し、現在碧のパンケーキを焼いている。その間にどうするか考えようか。

もう髪を使う方法は思いつかない、顔を覆うようなものもない、反復横跳びをしながら接客とかは現実的ではない。

思案を巡らせていたその時、外を歩く自分と同年代の女子たちが窓の外を横切った。

彼女たちの姿を見た時、天啓を得た。



「かなちゃーん、パンケーキ出来た――ぶっほっ!」

 何かが気道に入ったのか、叔母様は思いっきりむせた。

「大丈夫ですか」

「うえっほ、うん、う、大丈夫」

「持っていきますね」

 さてパンケーキをもっていかないといけない。

 さて見た目は完璧、あとは私が演じきれるかどうか。

「パンケーキまだかな」

「おっまたせ~!」

 極限まで上げたテンションで彼女たちの前に出る。

「あれ、さっきの店員さんは?」

「なんか、ルパン三世が現れたって出ていったよ~きゃるーん」

「すごいギャルだねー、メイクばっちり!」

「よくいわれる~」

 短時間だが「いんたーねっと」で調べた渋谷ギャルを参考に急ピッチでメイクを施したがうまくごまかせた。それにこの普段の私から余りにも乖離したこの姿、流石に二人でも、私だと分からない。

「今日は、どんな用事で出かけたんですか~」

「えーとちょっと贈り物を」

「彩ちゃんのお母さんの誕生日だったんだよね~」

「えーなにそれーチョベリグ~」

「ちょ、チョベ?」

 まずい、言葉の使い方がまずかったのか、彩は怪訝な顔をした。このままだぼろが出かねない。相手が疑問を持つ前に離脱する

「あー私、厨房を手伝わなきゃ~バイバイ」

「バイバーイ」

 

 その後は注文で呼び出されることはなく、彼女たちが帰るまで、何もなかった。

 一瞬彩には若干不信感を抱かれたが、私の正体までは気づかれなかったようだ。

「何とかやり切った」

「やりきったよね、いろんな意味で」

「ええ、自らの殻を破れた気がします」

「そうだね、最早かなちゃんの原形がないからね」

 正直な話、こういった声も出さないので赤っ恥だが別に記録に残るわけでもなし、彼女たちの記憶の中にも残らないだろう。

 この試練を乗り越えた私に怖いものなど何もない。



 月曜日

「昨日のカフェ面白かったね」

「そーだな、まあなんか色々変わった人たちがいたな」

「そうか昨日二人で買い物に行ってきたんだな」

「うん弱っている彩ちゃんが見れたよ」

「いやメインはそっちじゃねーだろ」

「写真も撮ったよ」

「消せ! ってこれ写真じゃなくて、動画じゃねーか」

「あ、ほんとだ。切り忘れて画面を天井に向けたままずっと録画してたみたい」

――ん? まさか。

 奏の絶望は的中した。

『チョベリグ~』

 碧のスマホから、聞こえてきたもう一人の私の声。

「いやあの店員さんたち面白かったよね、あれどうかしたの奏ちゃん」

「……何でもない」

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