第5話 推理研究会リカバリー

「ふー疲れたねえ」

「文芸部、漫画研究会、歴史研究会とかが出した部誌の整理とは聞いていたけどさ」

「まさか過去四十年分とはな」

 碧、奏、彩の三人は部室に入るなり、椅子に座り込んだ。

 さっきまで図書室の先生の頼み事で、今まで寄贈されていた文化の部の部誌にの整理をしていた。

 この学校文化部の数が多く、文化部の数×数十の部誌の山を仕分けていた。

「一週間分くらいの本を触ったよ」

「それに途中全員で、漫研の部誌に現を抜かさなければ、もっと早く終わってたよな」

 おかげでくたくたである。図書室の管理者である永井美里先生も結構な重労働を手伝わせてしまったことを申し訳なく思ったのか、お礼に煎餅をくれた。

「もうしばらくは文字読まなくてもいいかなーって」

 疲労困憊の三人がもう荷物をまとめて帰ろうかというときに、部室の扉が開いた。

「すまない、ちょっといいか」

 入り口に立っていたのは、ベレー帽を被った女生徒。

「私は奏流院椿だ、漫画研究会の部長をやっている」

 なんか漫画の登場人物のような名前である。

「ちなみにペンネームは立花涼」

 本名とペンネームが逆のように聞こえる奏流院さんは持っていた鞄から何かを取り出す机の上に置く。

 それは古びた冊子であった、何というかついさっきまで大量に仕分けをしていた部誌によく似ている。

「これは……?」

「これはうちの部室に置いてあった部誌だ」

「で、これがどうしたんだ」

「中身を見てほしい」

 碧が部誌に手を掛けて、パラパラとページをめくる。

「あれ? これ歯抜けになってるよ」

 よく見ればページに付け根辺りが不規則に千切り取られている。しかも一か所ではなく結構たくさん。

「これじゃどんな話わかんないね」

「で、結局これがどうしたんだ?」

 碧と彩は椿の意図を測りかねていたが、奏は何かを察していた。

「この漫画の抜けたページを推理してくれないか」



 ことの顛末をまとめると、奏流院さんはこの部誌に感動したのだが中身が歯抜けのようになっており、同じものを部室の中で探したものの見つからず。

「そこで、数々の事件を解決してきた君たち推理研究会の知恵を借りようと思ってね」

「え、私たちって有名人? えへへ」

「ああ、夜な夜な現れる馬の頭の怪人を討伐したとかね」

「尾ひれがついているっていうレベルじゃねえ」

 というかエピソードの知性ゼロじゃねえか。よくその話聞いてあたしたちに頼もうと思ったな。

「だが、多分完全に復元はできないぞ」

 恐らく、どんな文豪や天才に頼んでも、不可能なことだ。

「まあ完全正答を求めているわけじゃない、どちらかというと色々な意見を聞きたいんだ」

「まあ、それなら」

 正解を導くのではなく、あくまで推理をしてくれということらしい、それならこちらも気が楽だ。

「じゃあ読み始めるか」

「それじゃー一ページ目」

 擦り切れてまっさらな表紙を勢いよく捲った。



『いっけなーい遅刻遅刻』

『私、牧村ミサ、どこにでもいる普通の高校生!』

『今絶賛遅刻中、もー私の馬鹿馬鹿!』

『次の曲がり角を曲がったら学校だ』



「何つーか、うん」

「こてこての少女漫画だね」

「大体このあと曲がり角で男の子とぶつかって」

「で、そのあと転校生がそのぶつかった男の子って知って恋が始まるんだよな」

「テンプレ、というやつだな」

 全員が次の展開を予想し、ページを捲った。



『がはっ』

『な……何じゃ、こりゃあ』



「なあ……」

「うん、言いたいことはわかるよ、彩ちゃん」

「ヒロインが曲がり角でぶつかった通り魔に刺されて死んだぞ」

「これも少女漫画のテンプレなのか」

「こんな展開がテンプレであってたまるか」

 余りにも想像を超えた展開が起こったので、戸惑いを隠せない一同。

 読み進めるとどうやらこの漫画、こてこての少女漫画ではなく、この後幽霊になった主人公が通り魔の周りの人たちに憑依して、社会的に抹殺するサスペンスものだったようだ。少女漫画のような美麗でどこか耽美な絵も全部、この展開のインパクトを生み出すための布石だったようだ。

「なんか最初はびっくりしたけれど、結構引き込まれるねこれ」

 全員顔を付け合わせて、第二話、第三話と読み進める。

 この部誌、一話が終わると真っ白のページが挟まれている。大体一話二十ページにそして裏表の白いページが挟まり、次の話といった感じ。

そして第七話、最終話の一話前を読み進めて、白いページ。

「ふぅーようやく最後の話だね」

「すげえ引き込まれるなこの話」

「ああ、名残惜しいが、次が最後の話だな」

 そして最終局面、七話目の最後は通り魔の男を告発し、その犯罪の数々を白日の下に晒した。

「さあいよいよクライマックスだな」

 白いページをめくり、遂に最終話――。



『私は勇者ミサ、魔王を倒すために旅に出たんだ』

『ふははははは勇者ミサよ! 貴様の旅路はここで終わりだ!』

『おのれ魔王軍幹部マドラー! くらえ必殺! ブレイズバースト!』



「ちょっと待て!」

「ええ! さっきまで宿敵を告発しようとして人が急にもの凄いごつい鎧を着てるよ!」

「落ち着け二人とも、ページ数を見てみろ」

 よく見ると告発を決意するシーンから、ファンタジーな世界に飛ぶまで十九ページを擁している。

「ああ、納得……できるか! 掠りもしていないんだよ! 森羅万象丸まる別物になっちゃっているんだよ!」

「というか最終話の展開はどうなったの!」

「なるほどな、これが依頼内容ということか」

 確かに全員読み入ってしまっていた、この続きが気になるのは無理もないだろう。

「だが悪いが、私にはさっきの話の最終回の予想は全くできないぞ」

 奏の予想は告発に成功して、通り魔が破滅するエンディングなのだが、余りにもヒントがなさすぎるせいで、全く確証がない。

「どうする、これ?」

「とりあえず読み進めてみよう、前の話を読んで何かヒントを得られるかもしれない」

 そういって読み進める、今度の話は勇者ミサが邪知暴虐の魔王を倒しに行く話、さっきとは違い躍動感のある絵の数々がバトルを盛り上げている。

 さっきとテイストがまるで逆に王道だが手に汗握る展開と独特の言い回しが癖になる話だった。

 あっという間に一話二話三話と読み進めていく。

「あ、そろそろ四話目だな」

「あれ、奏ちゃんどうしたの」

 左側で読んでいた奏の顔が何とも言えない顔になっている。

「あれ、どうしたの」

「……いや今一瞬、右下のページが見えたんだが」

 どうやらさっきちょっとページ捲れたときに見えてしまったらしい。

「まさか……」

「うん飛んでいるんだ、今度は八ページほど」

「……嫌な、予感がする」

ちなみに今のページの最後のコマの台詞は「両親の敵!」両親と故郷の村を滅ぼした魔王軍と戦いの火蓋が切られた――。



『お前は、チュパカブラ三世の末裔か!』



「どういうボケをしたら、そんな突っ込みが帰ってくるんだよ!」

 しかも一ページ丸々使った迫力のある突っ込み。恐らく作者にとって、渾身のシーンだったのだろうが、事情が分からない彼女らにとっては困惑しか生まない。

「これもうどんな話か分からないだろう」

 しかし運よくその予想は読み進めるとどうやらチュパカブラ三世の息子がミサに復讐しに来たシーンらしい。

 読み進めると以外に抜けがあってもこの話は回想シーンが多いので、意外にも前にあったことがわかるのだ。

 チュパカブラ三世の息子を倒したミサは、封印を解いて次はいよいよ大魔王の城へ――そして白紙のページ。

「また飛んでるよ」

「もう何が来ても驚かねえよ」



『西暦二千三百年、月面帝国と地球のかつてない戦争が幕を開ける』

『お前たちはすぐ地球に戦争を持ってくる!』

『世の中貴様のような夢見る少女の妄想のように幸せではいられないのだよミサ・マキムラ!』

『それは大人のエゴだよ!』



「手に負えねえ!」

 ファンタジーかと思えば、今度はリアルロボットアニメみたいな作品になった。最後の敵とそれぞれの思いをぶつけ合いながら、物語は最終局面へ――右腕以外の手足を失った機体が最後の敵に特攻していく――



『蒸気機関に支配された世界、そんな中で懸命に生きる少女ミサの物語である』



彩は頭を抱える、もう突っ込む気力もないようだ、今度はスチームパンクな世界観になった。牧村ミサが悪友三姉妹『万事屋』とともに生まれた町から旅に出た、牧村ミサと『万事屋』たちの馬鹿なことを全力でやりながら世界を見て回る痛快冒険活劇である、勿論前の話の要素は塵芥ほども存在していない。

「もうどうにでもなれ」

 彩の突っ込み疲れたようで、投げやりになっている。

 そしてスチームパンクの話も佳境に差し掛かった時、また別の話になった。最後は青春ドラマ、転校してしまう親友との別れに心が揺れ動く少女を描いた作品だった。



『きっとこれから少しだけ、彼女を遠くに感じる、それだけの事』



 最後にとある少女が遠ざかる牧村ミサを見送って終了。



「で、この漫画の歯抜けになっている部分を推理して埋めてくれって」

「そういうことだ」

「いや、こんなこと言うのは何だけど、無理だぞこれ」

 いろいろな意見が欲しいとのことだが、余りにもページ抜けが多すぎるせいで予想が全く立てられない、最終話丸々ないものとかは特に。

 気づいたことは『牧村ミサ』という人物が色々なことをやっているということだ。

「予想とかのレベル遥かに超えてるよね」

「もうこれ、これと同じ奴を探してはえーんじゃねえの」

「ねえこれ一冊しかないの?」

 色々な意味で想像の余地がないので、同じものがあれば万事解決である。

「ああ、漫研の部室の隅から隅、部員の髪の毛の中まで探したからな」

 言い回しは独特だが、兎にも角、必死で探したとこだけは伝わった。

「ねえこれ部誌なんだよね、っていうことは図書室に置いてあるんじゃない」

 図書室に寄贈しているのであれば、きっと保存状態もそれなりにいいはずである。

「いや、多分この冊子は図書室になかったと思うぞ」

「ああ私も見覚えがない、これほど面白さの作品なら覚えているはずだ、読んでない可能性もないわけじゃないが、この長さの部誌を覚えていないということはないだろう」

 この部誌は文化祭等で配布する部誌の十倍くらいの厚みがある。流石にこれを見つけて、見覚えがないということは考えにくい。

「ってことはこれ文化祭の時に寄贈されたものではないということか」

 速い話完全に手掛かりを失った――しかしそんな舞い降りた沈黙を破るものがいた、薮崎碧である。

「うーん、でもこの絵どっかで見たことあるような気がするんだよねえ」

 ここで顎に手を当てて、唸る。

「そうだ、確か今日整理した文集の中にあったはずだよ」

「え、あったのか」

「ううん、この作者の別の作品が載った部誌があったはずだよ」

「じゃあ善は急げ、だな」



 本日二度目の図書室、先ほどまで棚を整理していたおかげか、目当てのものは見つかった。

 騎士が描かれた表紙の冊子。その女騎士は二つ目の作品、ファンタジー牧村ミサに似ている。

「ほら目次に作者の名前載ってるよ」

 その目次に乗っていたのは二つの作品タイトル『姫白騎士物語』と『ふるふわ青春白書』。

「その時は部員が二人しかいなかった、そして片方の名前は牧村ミサ」

「じゃあこの『姫白騎士物語』の作者が」

「牧村ミサと同じ時期に部活をしていた人間、紗倉朱音さんがこの作品を描いた作者ということになるな」

 一応他の作品を確認するが、椿の持ってきた冊子との類似点が見つかり、ほぼ間違いないようだ。

「で、これからどうしようか」

「図書室には歴代の卒業アルバムが納められているらしいが――」

「個人情報保護の関係で生徒の閲覧ができねえらしい」

奏は一つ気になっていた、彼女らが一年と二年の時は部誌に二人の名前を言っているのだが、三年の時は紗倉朱音さんの名前しかないことだ。

さっきの冊子の最後に「この物語を私紗倉朱音と牧村ミサとの友情の証としてここ刻む」といった文章と最後の漫画の内容を見るに、どうやら牧村ミサは転校してしまったようだ。

「この学校は転校した生徒も名前が載るからな」

 例え牧村ミサがペンネームだとしても、転校した人間はそう多くはないだろうから、絞り込めるかなと考えた、どうやら駄目だった。

「分かったところで完全に手詰まりだな」

「あー結局、正解は導き出せなかったな、ごめんね部長さん」

「いや、そのありがとう、ここまで真剣になってくれて」

「じゃあ今度予想立てるからちょっと待っててくれ」



 次の日、図書室で顔を突き合わせる推理研究会の面々がいた。

「あら、三人とも何してるの?」

 図書室の管理者永井美里は三人の手元を覗き込むと、古い冊子を集めて何かをしきりに書き出していた。

「ええと、この漫画の冊子の意見を描いているんです」

「歯抜けになってて展開の予想を、同じ作者の作品をみて予測しているんです」

「……大変だね」

 奏と彩の解説に永井先生は苦笑い。

「じゃあ頑張ってね、万事屋さんたち、終わったら私にも見せてね」

「はーい」

 永井先生はそう言って図書室から出ていった。

「「「え?」」」



 ああついに来たか。

 永井美里は腹の底から湧き出る笑いを堪え切れなかった、その愉快さのまま携帯で電話を掛ける。

『ああ、ミサかどうした?』

「あかねちゃん、漫研に置いて行った歯抜けの冊子を見つけた人がいるよ」

『へえ、前に見つけられたのは四年前だったよな』

「今度はどんな話になるんだろうね」

『前みたいに、報告頼むよ』

「はーい」

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