第4話 推理研究会 G WARS
御堂奏は小走りで廊下を駆けていた。校内放送で担任教師に呼び出されたからである。
また今日は剣道部の練習試合の助っ人を頼まれた関係で剣道部の練習に参加しないといけないため、本来所属している推理研究会の活動に本日は参加できない旨を伝えに行く最中なのである。携帯電話は電池切れになってしまったし、手間だが仕方ない。
部室前に到着すると推理研究会の部室前の入り口に膝を抱えて小さくなっている生徒、推理研究会の部員である雪村彩がいた。
奏は声をかけようとしたが様子がおかしい、蹲ったまま動かない、体調でも悪いのだろうかと心配になる。
顔を上げた彩と目が合った、そして奏の姿を認めると彩は一気に肉薄して、奏の肩を掴む。
「助けてくれ!」
鬼気迫る表情に加えて涙目の彩が奏の体を大きく揺らす。脳が揺れるような錯覚を覚えるほど激しく。
余程怖かったのだろう、彩がここまで恐怖する事件とは、いったいどのようなものなのだろうか――。
「Gが出た……」
「G?」
「黒くてカサカサし奴だよ!」
「ああ、ゴキ……」
「名前を言うな! 死ぬ!」
昔見た魔法使いの映画の最後の敵みたいな扱いである。名前を呼んではいけない禁忌の魔法使い。
奏としては正直なところ、先生に呼び出されているし、先を急ぎたい。それに実言うと奏自身は昆虫がそこまで苦手ではないため、虫一匹がそこまでの脅威だとは思えない――。
「生憎だが、私は先生に呼び出さているんだ、だから……」
「今ここで助けてくれないと、あたしは舌を噛み切って死ぬ」
「斬新な脅迫だな」
自分の命を人質にするとは、彼女にとってそれほど可及の用ということなのだろう。誰にだって苦手なものはある、彼女にとってのGは奏にとって電子機器と同じなのだ。
こんなに錯乱した彼女を放っていくわけにもいかないか。
「解った、少し待っててくれ」
剣道部の助っ人をするために持っていた竹刀を背負っている袋から抜く。
「退治してくる」
右手で竹刀を握り、素早く教室に入る、そしてGが外に出ないように素早く入り口を閉じる。
静寂、教室は静けさに満ちている、これから始まる嵐のような闘争の前触れかのように。
奏は一瞬目を閉じ精神統一、五感を研ぎ澄まし、戦闘態勢を整える。
――その時はすぐにやってきた。
奏は視界の端に何かを捕らえる。黒光りする胴体に六本の節足、素早い動きで人類を翻弄し続けるもの――その名はG。
今すぐ一撃を叩き込みたいところであるが、残念ながら間合いの外、すり足で一歩分の距離を詰める。
「覚悟!」
竹刀を振り上げる、Gにとって致命となる一撃、だが奏の予想よりもGの動きが早く、Gは床を駆けまわり、その姿を捕らえることができない。
――まだだ、早く、もっと早く。
Gを追う竹刀の速度を加速させる、だがしかしその斬撃はGのすぐ隣の床を叩く、奏が空振りしている間に、Gはロッカーの隙間に入り込んだ。
このままではどうすることもできない、大人しく出てくるのを待つしかない。
その時はすぐに来た、再び現れたGに対し攻撃を始める、さっきと同じように竹刀を振り下ろす、そしてGもこれを躱す、さっきと同じように。
だが同じ轍を踏む奏ではない、そのまま振り下ろされるかと思われた、竹刀が空中でぴたりと止まる。
Gは本能的に理解している、目の前にいる外敵が放つ一撃一撃が自らの命を脅かすことを、故に彼らは自らに降りかかる脅威に対して過敏に反応し、それから逃げるための最善の手を本能的にとるのである。
過敏、故にフェイントに引っかかりやすい。
タイミングがずれて、竹刀の切っ先が直撃――かに見えた。
Gは半透明の羽を広げて飛翔した。進化することで失われた、その羽。それが命の火が吹き消されようとした瞬間、本能が、全身の細胞が、体の奥底に刻まれたGに飛ぶということを思い出させたのだ。
だが最後の奥の手を使用した、それ即ちもう後がないということ。
――そしてその隙を見逃す奏ではない。
振り下ろした竹刀、空振りかに見えたその一撃は突如として軌道を変えて、Gを追う。
秘剣燕返し、かの剣豪佐々木小次郎が得意とした剣技、手首をひねり、振るった方向とは別の方向へ攻撃が放たれる。
もはや逃れるすべはなかった、Gは本能的にそのことを理解した、自らの小さな羽では乗り越えられないほど大きい『死』という大きな壁が迫っているということを。
放たれた神速の切っ先がGを捉え、弾き飛ばされたGは壁に激突して、床に落ち、そのまま動かなくなった。
時間にして数分だが、極度の集中状態だったため、長時間戦闘を行っていたかのような錯覚を覚える。
いずれにせよ勝利は勝利だ、この勝利を待っている人のところへ向かう。
「退治したぞ」
教室の前に待っていた彩の目が輝く。
「ありがとう、本当に、本当にありがとう」
「ああ、うん、お役に立てたのならよかった」
奏にとっては大したことではないのだが、彼女にとっては本当に一大事だったようだ、目尻に涙を浮かべながら、こちらの手を握り、ひたすら謝辞を述べている。
「で、では私は呼び出されているから、もう行く」
「ああ、ありがとう。この恩は一生忘れない」
やったことに対して感謝の念が重すぎる気がしつつも奏はその場を後にした。
「ふーっ、一時はどうなるかと」
彩は安堵の息を吐きながら、教室に入る。
安心しきった彩が部屋の隅に目をやると、あるものを視認した時、体が凍り付いた。
偉大な先人の言葉にこんなものがある。
――ゴキブリを一匹見たら、三十匹はいると思え。
「いやあああああああああああああああああああああ!」
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