第2話 推理研究会アンジャッシュ

「この事件について知りすぎたお前をこのまま生かしておくわけにはいかない」

冷酷な瞳の奏がナイフを突きつけていつさた。

「悪いがここで死んでもらおう」

無慈悲な様子の彩が銃口を向けていた。

「まだよ、この事件を世間に公表するまでは私はまだ死ねないの!」

全てを知った碧はこの絶望的状況の中に突破口を見出そうとしていた。

交差する視線、秩序のために真実をひた隠しにするものと正義のために真実を求めるもの相反する2つの正義の対決が今始まろうとしていた。



「はい、カットー」

演劇部部長の声が演劇部の部室に響き、演者である、碧、奏、彩の3人は大きく息を吐く。

「いやごめんね、急に欠員が出ちゃってさ」

事の始まりは演劇部が校外活動で定期的に行っているボランティアで老人ホームや公民館で劇をやっているのだが、そのキャスト3人が季節外れのインフルエンザにかかってしまって出演ができなくなったため、基本的に暇な推理研究会に助太刀を頼んだのである。

「あたしたちはいいけどよ、いいのかあたしら演技は素人だぞ」

「はっきり言って、演技のこと何もわかんないんだよねー」

彩は碧が懸念していることを代弁した。

「うん大丈夫、見た感じ滑舌とか声量も致命的なレベルで酷いわけじゃないし、これからある程度練習したら大丈夫だと思うよ、それに当たり前だけどわからなかったから丁寧に教えるつもりだしね」

長身でスレンダーな演劇部部長は言った、その顔はプラスチック製の騎士のマスクで覆われて素顔が窺い知れない。この部長、何故か放課後は仮面やマスクをつけて部活動をしている本人曰く「役に入り込むため」らしいが、そのせいで生徒の間では放課後部長の素顔を見ると幸せになれるというジンクスが実しやかに囁かれているとかいないとか。

「さてと、じゃあちょっと演技指導なるものでもやっていこうかね」

部長は台本を掲げた。推理研究会も持っている台本を開いた。台本に書き込みをするために奏は制服の胸ポケットに手を伸ばす。

「ん」

「どしたの?」

碧が小首を傾げる。

「いやいつもここにペンを入れてるんだが、どこかで落としたか」

「そういやあたしたちすぐに戻ると思って、鞄とか推理研究会の部室に置きっぱにしちまってるじゃねーか、筆箱も全部部室だろ」

「仕方ない取りに行くか」

「それじゃあ私、みんなの鞄とってくるから、ここで待ってて」

碧が率先して引き受けた。

「大丈夫か? 一人で」

奏が手伝おうとついていこうとするが。

「ヘーキヘーキ、喉乾いちゃったから、このあとジュース買いに行こうと思ってたとこだし、ちょうどいいしね」

「そうか、なら頼む」

「ずいぶんと殊勝じゃねーか、頭でも打ったのか」

「ひどいなー彩ちゃん、私をなんだと思ってるの」

「珍獣」

「酷い!」

そう言いながら入口の方向へ向かう碧だったが、出て行く前に振り返って言った。

「私、鞄を無事に持ち帰ったら結婚するんだ」

「フラグやめろ、あと誰とだよ」

「みんな」

碧は部室に向かう途中で自販機によってから、部室へ。

「あったあった」

紙パックのトマトジュースを飲みながら、部室の扉を開ける。自分の膝くらいの高さの机を挟んで置いてあるソファの上に鞄が三つ。それに向かって足を進める――何かを踏み、右足が滑る。自らの体の制御を完全に失い、そして上半身が後ろに倒れて。

「ウボァ!」

受け身を取り損ねて床に後頭部をぶつける、そして無意識に右手に力が入り、トマトジュースを撒き散らし、そのまま視界が暗転。



「ふぁ」

欠伸をして大口を開けてしまい気恥ずかしさから慌てて口元を抑える、ええいだらしないぞ齋藤裕香、仮にも生徒会役員、生徒の見本とならなくてはいけないのだ、しっかりしろと自分に言い聞かせる。

この眠気の原因は夜中に映画を見た影響である。「ビューティフル ワールド」というSFホラー映画だった、病死や事故死がなくなった近未来の物語なのだが、実はそれは老衰以外で死んだ人間をクローンで代用し、その死に直面した遺族の記憶を改竄することで社会秩序の維持をするというディストピア、またその世界に疑問を持った人間は殺され、政府を支持する人格を持った同じクローンと入れ替わり、支配体制を長く続けている世界で、それに気づいた主人公が政府と戦うと言った内容だった。

怖かったなあ、特に主人公の家族がいつの間にかクローンと入れ替わってて、政府に疑問を抱いた主人公を殺しにくるところとか。今でも思い出すと背筋が凍りそうになる。

もともとホラーは得意ではなかったせいか布団に入っても寝付けず、気づけばいつもよりも睡眠時間が大幅に少なくなってしまって、今日はずっと本調子ではない。

幸い今日の生徒会の仕事はあまりない、演劇部の部長に貸し出していた、馬のマスクを回収することぐらいである。

演劇部の部室に向かう途中、推理研究会の部室の前で足を止める。この前、蓮実高校五不思議の調査を一緒に行って以来、少しだが交流が続いている。

演劇部の件は急いでないし、ちょっと顔をだそう。

「失礼します」

両手で部室の扉を開ける

そこには凄惨な光景が広がっていた、推理研究会メンバーの一人、藪崎碧が血で濡れた床に仰向けに倒れている。

推理ドラマとかでよく見るやつだ、それがこんな身近な人間に起こるなんて、遅れてやってきた恐怖に身が震えて、そして。

「きゃああああっ!」

悲鳴を上げてその場から逃げた。



「うーん、いったーい。今まで生きてきた中でいちばんの痛みだよ」

ぶつけた後頭部を抑えながら、起き上がる。ぐしゃぐしゃになった、トマトジュースのパックが側に落ちていた。

碧は自分の置かれた状況を確認する、どうやら転んだようだ。その確認と同時に部室のドアが開く。

「おーい、ってこれどうしたんだよ!」

部屋に入ってきた彩が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「どうした!」

その後入ってきた奏も同じように駆け寄ってきた。

自分の周りにをよく見ると自分を中心に赤い液体が溢れていた、白い制服が真っ赤になるぐらいに。

はたから見たら殺人現場に見えているに違いない。

「あーこれ転んだときにトマトジュースの紙パック握りしめちゃって」

「な、なんだよ驚かすんじゃねーよ」

彩はほっと胸をなでおろす。

「それよりなんで二人がここに?」

演劇部の部室で待っているはずだ。

「荷物取りに行ったにしてはおせえと思ったから、様子見に来たんだよ」

どうやらそれなりの時間気を失っていたようだ。

「どうやらこれを踏んだようだな」

奏がつまみあげていたものは、いつも彼女の胸ポケットに収まっているシャープペンシルだった。

つまりシャーペンを踏んで転んで、机で頭を打って気絶した。加えてトマトジュースで殺害現場のような状態に。

碧は真っ赤になった制服を摘んだ。

「うわあなんじゃこりゃあ」

「太陽にほえろはいいから、早くジャージがなんかに着替えろ」

「ジャージ教室にあるんだよね」

「いいから着替えてこい、この場はあたしたちが片付ける」

「いや先に保健室に連れて行く方がいい、碧行くぞ」

「奏ちゃん心配性だね、たんこぶできただけだから大丈夫だよ」

「だが頭を打っているんだ、一応診てもらえ」

「うんわかった、ごめんねー心配かけちゃって」

そう言って碧は出口の方に向かった後の二人も付いて行こうとしたが大丈夫と碧は言った。

そして教室を出て行くとき。

「帰ってきたら、うまいラーメンでも」

「だからフラグ立てんじゃねーよ!」

碧が出て行き、部室にいるのは二人になった。

「さてと片付けるか」

彩は部室に置いてある掃除用具の入ったロッカーから雑巾を二枚取り出した。

二人でせっせと血だまりを拭いていく。

「そういえば劇の台本どこまで覚えた」

その途中で劇の話題になった。

「あたしは半分くらいだな」

「私も似たようなものだな」

この時、基本的に真面目な二人の思考は一致していた。

「少し合わせてみるか」

「ん、ああ、いいぜ」



さっきは驚きと恐怖のあまり逃げてしまったが、引き返していた。何故なら彼女はまだ生きているかもしれないからだ。もし生きているなら早く救急車を呼ばないと、少し怖いが確認しに行く。

再び推理研究会の部室の前へ。

部室の中から話し声が聞こえる。

入り口に隙間があるので、そこから中を覗く。

中では奏さんと彩さんが床の血を拭いていた。碧さんの姿はない。

2人は話しながら、せっせと血を拭き取っている。一体なんの話をしているのだろうか――

「お前は知りすぎたのだ」

「誰かに見られる前に全てを処理するぞ」

――

――

少しばかりの思考停止の後に脱兎。

そしてそのままの勢いで屋上まで一気に駆け上がる。誰もいない放課後の屋上。ここでは生徒たちに青春をする特権がある。誰かに想いを告げることを社会に対する不満を叫ぶことも。

走ったままの勢いで、手すりを掴み、その先の落下防止のための背の高いフェンスに鼻がつきそうな勢いで。

「うそだっ!!」

目の前の光景が信じられなくて、胸中をすべて吐き出した。

「うそだといってよー!」

もう止まらないシャウト。

まさかあの二人が碧さんを、そんな、あんなに仲が良かったのにどうして。

それにあの二人、「ビューティフル ワールド」のように秘密を知ったものを排除するエージェントと同じようなことを言っていた。

「まさか」

この世界は多少の差異はあれど、似たような世界なのでは!?

つまり今までも周りの人が亡くなってもあったけど私たちは記憶を改竄されて、気づいてないのでは!?

屋上の風にしばし当たって、冷静になる。落ち着けあの映画はフィクションだ、現実ではない。

だが血の池に沈んだ彼女のことは間違い無く現実で、何が何だかわからなかった。

考えがまとまらず、頭がしっちゃかめっちゃかのまま、先に生徒会の仕事の方を片付けることにする、そんなこんなで演劇部の部室前、一度深呼吸をして。

「失礼します」

ドアを開けて入ると。

「あ、ゆかちー」

さっき死体になった碧さんだった。

「ああ、齋藤さん久しぶり」

そして殺した側の奏さんと彩さんもいる。そして手にはそれぞれナイフと銃が握られていた。

この時、私の中である映像が駆け巡った。昨日見た映画でも似たようなシーンがあったのだ。主人公が同じ疑問を持つ仲間が殺され、終盤敵になり、エージェントとともに襲ってくるシーンつまりこの碧さんは偽物でこの二人は私を始末に来たエージェント。

「あ、ああ」

恐怖で言葉が紡げない、これは殺される。逃げようにも、足が動かない。

「ゆかちー?」

「どうした齋藤さん、顔の血の気がないぞ」

「気分悪いなら、保健室に行ったほうがいいんじゃねーか、ついていこうか」

徐々に近づいてくる彼女から距離を撮ろうと後ずさりする。

やめて、こっちに来ないで。

「わ」

「「「わ?」」」

なんとか口が動いたそのまま感情のままに言葉を不思議そうにしている彼女らに吐き出す。

「私のそばに近寄らないでええええええ!」

そして視界は暗転する。



「ちょっ、ゆかちー大丈夫!?」

「気を失ったようだ」

「冷静に行ってる場合じゃねーだろ! 保健室に連れて行くぞ!」

てんやわんやになる一同。

「いい叫びだった、今度劇に出てもらおうかな」

演劇部の部長を除いて。

「いってる場合か! どうなってんだよ一体!」



このあとちゃんと事の次第を説明して、齋藤祐香は納得したそうです。





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