ようこそ! 推理研究会へ!

未結式

第1話 ようこそ! 推理研究会へ!

「ふぅ……」

 教室の扉の前で深呼吸、続いて心の準備。

 かつて教室に入るのにこんなに勇気が必要なことがあっただろうか、いやない。

「ようこそ! 推理研究会」という手書き感満載の張り紙の張られたこの扉が、要塞に見える。

 なぜこんなに緊張しなくちゃいけないのか、偏にこれも私をここに遣わせた生徒会長のせいである。

「推理研究会のメンバーは三人、ポニテ、ツンデレ、やべーやつだ、前二人はいいやつなのだが、最後の奴にだけは気を付けろ、いやマジで」

 そういう生徒会長の目は泳いでいた、それはもう滅茶苦茶泳いでいた。あまりに会長が私に釘を刺すので、もしや世紀末覇者のような人物なのかと考え込んでしまう。

 ああ、ここに私を送り出した会長を恨む。何でこんなことに……。



 全ての始まりは昨日の生徒会役員会議である。

 つい最近、生徒たちの間ではある噂が流行している。その名も蓮実高校五不思議(あと二つ頑張れよ)。何でも夜中に学校に入ると様々な怪奇現象に遭遇したという話が後を絶たないのである。

 ほとんどの生徒が、暇な学園生活を彩る新たな着色料を手に入れたと言わんばかりにこぞってネタにしているのだが、中には信心深い生徒がいるもので、生徒会室の扉においてある相談箱(目安箱的なもの)に「どこからともなくピアノの音が」「部活で遅くなったら怖くて仕方がない」「槍を持った全身タイツの人の姿を見ました」などなど多数の投書があったのである。

 そこで私たち生徒会が調査に出向くことが決定したのだが、悲しきかな文化祭を控えた生徒会にその調査のために割く人員は一人が限界という話となり、一番下っ端の私がその調査に出向くことになったのだが……一人ではきついだろうと言う意見が出て……警視庁の某特命係の如く基本的に暇な推理研究会に協力を仰ぐことになったのである。

「あいつらはこういうことは得意分野だし、多分何とかしてくれるだろう、まあその頑張ってくれ、あと気を付けろよ、私も何度あいつにひどい目にあわされたことか」

 普段クールビューティな会長が何かを思い出して体を震わせる姿が鮮烈に瞼の裏に焼き付いている。よっぽどひどい目に合ったのか、会長はそれ以上は拒否反応が起きてしまうのだと言って喋ってくれなかった。

 会長は話を通してくれていると言っていたが、昨日の会長の動揺した様子を思い出し私は一歩踏み出せずにいる。

 どうしよう中に入ったらとげとげの付いた服を着たモヒカンとかが待っているのかもしれない……というのは流石にないと思うが、ただ得体のしれないものに対しての恐怖というものが私の足枷となっている。

 だが会長に頼まれた仕事を途中で投げ出すわけにはいかない。ええい、なけなしの勇気を振り絞れ、齋藤裕香! 生徒会役員たるもの生徒からの相談を無碍にすること、そして先輩からの仕事を放棄することは許されない。この先にどんな困難が待ち受けようとも生徒会という清廉潔白な組織の一員であることに矜持を持って事に当たるのみ! ジークハイル生徒会! オールハイル生徒会!

 完全に虚勢なのだが気づかないふりをして、ドアに手をかけ、そして勢いよく開けた。

「失礼します!」

 何でも最初が肝心だ。道場破りでもなんでも、最初に啖呵を切ってしまえばあとは何とかなると、なんかの漫画で言っていた気がする。威風堂々、大胆不敵、これを実践した私に隙などない。

 教室内は閑散としていた。というのもこの教室に住人は一人しかいなかったのである。

 小柄な女子であった。背の低い私と同じくらいで短めの髪にしている。突然ドアが開かれたことに驚いたのか、瞬きもせずにこっちを見ている。

 さあこの人は誰だ、ポニテではないことは分かるので、ツンデレかはたまたやべー奴か、出たとこ勝負。

 彼女の瞳が下から上へと移動する、品物を見定めるかのように。そして彼女の顔が満面の笑みに変わる。やばい、果てしなく嫌な予感がする。

「び……」

 び……?

「美少女ー!」

 怪鳥のような雄たけびを上げ、勢い良く地面を蹴り、両手を広げてこちらに向かって飛び込んできた。あまりの速さに体は反応できずに私はただ立ちつくしていた。

 そして大きく広げられた彼女の腕に捕縛される。

「え、どっから来たの? 何歳? 身長体重スリーサイズ教えて! うぇひひひ、かわいいなぁ」

「ちょっ、やめてください、私の頬に頬をこすりつけないでください!」

 一気にまくしたてる少女に私の言葉届いていないようだ。

 全てを察した、こいつがやべー奴なのだろう。

「むふーああ、いい匂い、この匂いで三杯はご飯いけるね! 間違いない」

「嗅がないでください!」

 額を押して離そうとするが、首に巻かれてある少女の腕が離れない、物凄い力である。

 ああ、会長すみません、どうやら私はここで終わりのようです、私の墓前にはスタドリとエナドリをお供えしてくださいお願いします。

 思考を停止し、目を閉じる。だが、私の首に巻かれていた腕が離れた。目を開けると。

 少女は首根っこを掴まれて小さくなっていた。そしてその少女の暴走を制止した右腕の主は――

「全く、お前は何をやっている」

 背の高いポニーテールの女子が経っていた。制服の上からでもわかるスタイルの良さ、まるでモデルか何かと言っても信じてしまいそうである。

「すまなかった」

 この人がポニテか、見た感じ常識人っぽい。

「にゃー奏ちゃん離してー私まだこの子の匂いを堪能してない!」

「……少し待ってくれ、今こいつを黙らせる」

 そういうと、ポニテさんは少女に向き直り――少女の腹に一撃。

「ウボァ!」

 傍目から見たら深刻な断末魔を上げて、少女は膝から崩れ落ちた。

「……だ、大丈夫ですか?」

 いきなり腹パンは流石にやりすぎじゃ……。

「手加減したから大丈夫だろう」

「死者蘇生! 私召喚!」

 少女は即座に起き上った。しかし今度はすぐに抱き着いてこないあたりクールダウンには成功したらしい。

 その様子にポニテさんは嘆息する。

「とりあえずこの子の話を聞くから、碧は大人しくしててくれ」

 少女は元気よく「わかった!」と答えるが、糠に釘なのがありありと見て取れる。

「えっと、君が生徒会役員の齋藤さんでいいのか?」

「あっはい」

 会長が予め話を通してくれていたようだ。さっきの人はまるで通じなかったからあまりの多忙に忘れているのかと。

 そこから細かい内容説明。

「五不思議の調査か……」

「面白そうだね!」

 話を持ってきておいてなんだが、調査と言っても何をすればいいのか。

「じゃあ今夜七時に正門前に集合しよう」

「あいあいさー」

 まあ、実地調査するしかないですよね。

 それにしてもこの人たちと夜学校に――不安だ。果てしなく不安だ。

「奏ちゃん、幽霊ってどうやって清めるんだったけ? オリゴ糖?」

 果てしなく不安だ。



 そんなこんなで夜。

 正門に揃った四人。夜の学校という名のダンジョンを攻略する勇者たちである。

まあ勇者の剣も、魔法の杖も持っていないのだが。

 それどころかまともな恰好しているのが半分というのはどういうことなのだろうか。

 私と御堂奏さん(ポニテさん)は二人とも黒いジャージである、動きやすい格好でと言われたので着てきたのだ。まあ普通はこう言ったラフな格好をしてくると思う。

 問題なのはあとの二人、まず薮崎碧さん(やばいひと)の格好は何故かノースリーブシャツにダメージジーンズ、極めつけに迷彩柄のバンダナ。どう見ても『ラ○ボー』である。

 そして最後の一人、放課後にはいなかった推理研究会最後の一人、ツインテール女子、会長曰く「ツンデレ」――雪村彩さん。その恰好はジャージで普通なのだが装備品で何故かフライパンを持参している。どっかの英雄の妹みたいな。

「どうしてこうなった」

 奏さんは呆れて溜息をつく。

「だって幽霊だよ!」

「い、いざとなった時に武器がなくてどうすんだ!」

 碧さんと彩さんが必死に抗議。

なんで戦うこと前提なんですか。あとフライパンは武器ではありません。調理器具です。

「まあ幽霊が怖いのは分かる」

「あ、あたしは別に怖いわけじゃねーぞ!」

 その割に彩さんは碧さんの後ろに隠れている、あと声が震えている。

「しかし、このまま手をこまねいていても仕方ない、行こうか」

「ってかこれあたしがいる意味あるのか?」

「一人だけ仲間外れというのはどうかと思う。それに碧が彩のことを絶対に呼ぼうと強く言っていた」

「その心は?」

 皆の視線が碧さんに集中。

「いやーだってこういう時の彩ちゃんの反応が可愛いし、癒し枠だよ!」

「って、それあたしいらないってことだよな」

「ええ~可愛い彩ちゃん見たい~」

「いやだから、そのためだけに呼んだんだったらあたしいらねーだろ」

「見たい~」

 碧さんが昼間に私にしたように、彩さんに抱き着いて頬ずりする。

「ちょっ、離れろ! 話聞け!」

「見たい~見たい~見たい~」

「分かった、分かったから!」

 碧さんの勢いに押されて、彩さんは了承してしまった。

「えへへ~ワクワクするね!」

「何でこんなにテンション高いんだよ。頭の中パーティ状態か」

「照れるなー」

「一ミクロもほめてねぇ」

 彩さんはものすごく大きな溜息を吐く。

「こうなったら、さっさと済ませちまうぞ」

 威勢のいいことを言っているが、彩さんの足は震えていた。



夜の学校というのは何とも言えない不気味さを放っている。それは昼間見ている光景が黒く塗り潰されているからだろう、まさに一寸先は闇。

廊下の先は昼間なら見えるのに、夜だと見えないというのは、何か得体のしれないものが飛び出すかもしれないという恐怖感を与える、そんなものに私は苛まれているのだが。

「彩ちゃん、見て見て! 何か光った!」

「ふぇ! どどど、どこだよ!」

 そう言ってフライパンをかまえる彩さん。

「あ、あれ非常口の明かりだ」

「な、何だよ、驚かすんじゃねーよ」

前を進む二人にはさっきからこんな緊張感のない会話が続いている。

「元気ですね」

 率直な感想が口から漏れた。

「まあいつもこんな感じだ」

「奏さん大変ですね」

「慣れればどうということはない」

 大変なのは否定しないんですね。

「二人とも遊んでないで、早く行くぞ」

 奏さんが二人に呼び掛ける。

 二人は素直に返事をしてこっちを向いた。

「で、最初は何処に向かう?」

「最初は理科室ですね」



 闇夜に浮かぶのは狂気に取りつかれた科学者の笑みと化学反応の光二つが混じりあい生まれるのは人を死に至らしめる毒の霧――



「何でも夜な夜な白衣の化学者が毒ガスを生成してるとか」

 で、その理科室の前。

「何かドアの隙間から白い煙が! ウッヒョー!」

 白い靄が立ち込める廊下を見て狂喜乱舞する碧さん、その様子を見るにこれは人体に有害なものではないようだ。

「とりあえず覗いてみようか」

 奏さんの言葉を皮切りに皆でドアにへばりついて、恐る恐る理科室の中を覗くとそこには――

「アーハッハッハ! 遂に完成した! この狂気のマッドサイエンティストたる我の顕現に必要な魔女の霧が!」

 白衣を着た生徒が高笑いをしていた。

 状況はよくわからないが、これだけは分かる。

ことの真相は恐らくものすごく下らない事なのだと。



私は頭が痛くなっていた。

さっきの理科室の出来事、あれは科学部が今度の文化祭でショーをするとき、登場の際に焚くスモークを作っていたという落ちであった。

もしや五不思議全てがこんな落ちじゃないよね――なんて楽観視してた自分が懐かしい。

だがしかし予感というものは当たってほしくないときに限って当たるものである。

あまり思い出したくないが会長に報告しなければならないため頭の中でまとめる。



武道場の殺人鬼。

武道場に夜な夜な長物を持った影が現れる――

 簡単に言えば試合が近づいている剣道部員が忍び込んで練習していた。

「スター・○―スト・ストリーム!」

 そう必殺技の練習を。

「あれは……何か意味があるのだろうか?」

 奏さんの疑問ももっともである。

「とりあえず注意喚起して帰ってもらいましょう」



「超究武○破斬!」

「家でやってください」



 体育倉庫の英霊。

 二対の槍を持った全身タイツの人物が運動場の体育倉庫に現れる。

「フフーン」

 運動場に向かう途中、何やらご機嫌で碧さんは手の甲に文字を書いていた。

「何しているんですか?」

「ちょっとやってみたいことがあるんだよねー」

 そういう彼女の右手の甲にはミミズの張ったような「れいじゅ」の文字。

「……皆、止まれ」

 前に立つ奏さんその声は静かながらも威圧感に満ちている。

「ま、マジかよ……」

 彩さんの声は震えていた。

 私たちの視線の先には二本の槍を携えた人影。

「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」

 彩さんはフライパンを構えた。

 段々近づいてくるにつれてその輪郭は月あかりを浴びてはっきりしてくる。

 まず初めに明瞭になったのは……顔。

「何やってるんですか先生」

 見知った顔であることを認識し、私の口から安堵の溜息とともに呆れた声が出た。

「それはこっちの台詞だ」

 それは体育教師の檜山先生だった、ぴっちりと体に吸い付いたヒートテックを纏っている。

 とりあえずこちらの状況説明。

「なるほどな、で、その怪異の元凶が私だと?」

「ええ、多分」

「学校の備品を運んでいただけなんだが」

 どうやら先生は槍投げの槍や棒高跳びの棒その他もろもろの備品を運んでいた模様。

「まあなんだ、ほどほどにして帰れよ」

夜中に学校に忍び込んだことを特に咎めずに、先生は作業にもどる。が――

「待って先生!」

 大きな声で碧さんが先生を呼び止める。そして大きく息を吸い、右手を夜空に掲げ――

「自害せよ!」

「しばくぞ」



 そして現在、校舎内に戻り、ただいま廊下を徘徊中。

 今までの出来事を思い出すたびに溜息が出る。あとこれが二つもあるのか……次は。

 徘徊する獣人。

 校舎内を徘徊する獣の頭に人の体、即ちフリークスが彷徨っている……それにしてもこの学校徘徊しているものが多すぎである。

「何だよ、全然大したことねえじゃねーか」

 これまでの結果を鑑みて、彩さんは強気な態度と平静さを取り戻していた。さっきは碧さんの後ろでびくびくしていたのに。

「あと二つか。早く回ってしまおう」

「そうだねー眠たくなってきちゃったよ」

 大きく伸びをしながら夜の学校を闊歩する私たち。

「それにしても彩ちゃん、あんなに怖がってたのにー」

「は、はぁっ⁉ ビビッてなんかねーし! なんならあたし一人でも……」

 彩さんが一歩前に出たその時である、曲がり角から急に現れたのは、丈の長いコートを羽織った人間、いや人間なのだろうか。

 その姿は異形と言って差し支えない、何故ならその頭部は……馬の形をしていた。

 異様な光景であった。私たち前に立ちはだかる魔人。そしてその間近で相対する少女たち……。

 そして一番近くにいる彩さん、馬の頭と目と目が合う瞬間……

「いやああああああああああああああああ!」

 脱兎。皆の横をすり抜けて刹那に暗闇の中へ消えていった。

 ……静寂。自分より狼狽えている人がいると逆に冷静になるって本当だ。

「あーなんかごめんね、驚かせて」

馬人間はばつの悪そうに鬣を掻く。とりあえずその被り物を取ってほしい。

「何で被り物してるのー?」

「演劇部で使う小道具なんだよ、暗転した時にこれ被ってステージ出なきゃいけないから確認をね」

 何故か演劇部の人は頑なに被り物を外さず、説明を続ける。

「いや家でやってくださいよ」

「学校のものだからね、これ」

 それぐらいなら別に問題ないと伝えて帰ってもらおう、完全に私の独断だが、私たちが「ああ! 馬の頭がない!」と困ることはないだろう。多分。

「話は変わるんだけど」

 馬の頭の演劇部員は私たちの後ろの暗闇に目をやる。

「さっきの子追わなくていいの?」



「彩ちゃーん」

 件の彩さんはトイレの前で蹲っていた。さっきの強気な態度は欠片も残っておらず小柄な体がさらに小さく見える。しかも虚ろな目で何やらぶつぶつと呟いている。

 碧さんは彩さんの傍らに跪き、

「彩ちゃーん、大丈夫ー?」

「しっぱいしたしっぱいしたしっぱいした」

「へんじがないただのしかばねのようだ、うにゃ」

 奏さんが碧さんの頭を後ろからチョップ。

「確かに返事はしてないが、しかばねじゃないぞ」

 奏さんも碧さんの隣に跪く。

「大丈夫か彩」

「今日のポピー」

 再起不能じゃないですか、どうするんですかこれ。

 奏さんは優しく子供をあやすように彩さんの頭を撫でると少しだけ彼女は平静を取り戻した。

「なあ、奏さん教えてくれ、あたしたちはあと何回調査すればいい?」

「あと一か所だ」

「……」

 無情なる現実を突きつけられて彩さんの口から深いため息が漏れる。

「……乗りかかった泥船だ、さっさと終わらせようぜ」

 意を決した彼女の目は潤んでいた。



「かくかくしかじかーというわけで、音楽室!」

 ラストダンジョン音楽室。誰もいない音楽室でピアノがひとりでに……というべたべたな怪異。

「鳴ってるねー何だっけこの曲? 境界線上のホラ○ゾン?」

「G線上のアリアだ」

「もはや線しかあってないじゃないですか」

 なんて緊張感まるでなしの会話をしながら(相も変わらず彩さんは震えているけど)、扉を開け放つ。

 中には様々ものが置いてあった、打楽器に棚に並べられた金管楽器、ピアノそして超高音質スピーカー。

 美しい旋律を奏でるピアノと――制服の女子。怪奇現象でもなんでもなかった。まあ窓から入る月あかりを受けて浮かび上がる顔は、確かに怖いが。

 その人がこちらを向く同時に女生徒が紡いでいた優美な調も止まる。

 まあ例の如く注意喚起して帰ってもらおう。

「解りました。でも、残念です……」

 まるで別れを惜しむかのように悲しげな表情をされるとものすごく心苦しい。

「さようなら」

 最後まで悲しげな顔をしていた。そんな顔をされるとこっちが悪者のような気さえする。

「……」

 なぜか扉をじっと見つめる奏さん。

「奏さん、どうかしました?」

「……いや、何でもない」



「そうか、ありがとう」

 後日報告書をまとめて会長に提出した。会長はぺらぺらとめくりながら中身を確認する。といってもわかったことは五不思議の真相と警備がざるといったぐらいか。

 いずれにせよ人畜無害な報告書であることは間違いない。

「ん?」

 しかし会長は不思議そうに眉根を寄せる。

「あ、あの、何か不備が?」

「最後の音楽室のピアノは女生徒が弾いていたのか」

「はい」

 会長は顎に手を当てて考え込む。その様子に不安が募る。

「音楽室のピアノは壊れているから音が鳴らない、もう廃棄処分も決まっている」

「え」

 でも確かにあの時、聞こえていた。今でも明確に思い出せる。美しい旋律、G線上のアリア。いやでも、ピアノは壊れてて、あれ?

「鳴らないはずのピアノ、そしてそれを弾く女生徒……まさか本当に怪奇現象か」

 背筋が急に寒くなった。



――同時刻、推理研究会部室。

「ねー奏ちゃん」

「どうした」

「なんかさーこの前、夜学校で聞いたピアノの音の出方がおかしかった気がするんだよねー、なんか関係ない小さなものも混じってたし」

「ああ、あれはスピーカーから流れてたやつだからな、大方スマートフォンで飛ばせる機能、あれだ、あの青いやつ」

「Bluetoothのことか。いい加減名前覚えろよ」

「そのぶるうとぅすなるものに対応したスピーカーからアリアを流していたのだと思う、そして碧の言う小さな音は恐らく録音した時に入った環境音だろう」

「どうしてわざわざそんなことしたのかねー?」

「さあな。もうすぐ形を失うピアノに思いを馳せていたのか、壊れたのに音を奏でるいわくつきのピアノになれば、誰も廃棄しなくなるとか思ったんじゃないか」

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