043 店長からの提案

 

 エステラをバイト先へ連れて行ったあと、直近で入ったバイトで店長から質問攻めにあった。勿論、全てエステラに関することだ。


 「その~~……なんだ、同居してるって言ったよな? いつからだ? その、ルームシェアってことか? それともパートナーとして……」

 「クリスマスあたりから。ルームシェアですよ、勿論。私は同性愛者じゃないので……」

 「そ、そうか……」


 親を亡くした私を親のように心配してくれてる店長には感謝するが、ここまで来るともはや本当の堅苦しい親父そのものではないか。なぜ私が同性愛者じゃないなんていうプライベートなことまで公表しているのか、呆れてしまうと同時に、笑いがこみ上げてくる。


 ……私、店長相手に何喋ってるんだろう……。


 「ルームシェアを始めて4ヶ月ぐらいですけど、エステラとは結構気が合うんです。一緒に住んでて楽しいし、疲れないし、家に話し相手がいることも嬉しかったりして……」


 その一言に店長は眉毛を下げて、心底安心したような表情を見せた。


 「なんか、その……良かったよ。一昨年のご両親のことがあったからさ……オフィーリアが少しでも元気になってよかった。一緒に住んで楽しいと思える存在がいることって大切だよ。特にオフィーリアにはな」


 店長の優しさが心に沁みて、私の目にはうっすらの涙の膜ができた。


 「……で、こんなことを提案するのもあれなんだけど……」


 ……ん? 提案?


 ごほんと咳払いをして改まる店長に、私の体は少しだけ強ばった。真剣な店長の表情に緊張してしまう。


 「その……ホールだけじゃなくて、キッチンの調理もやってみないか?」

 「キッチンで……調理?」

 「ほら、この店って大学生のバイトが多くて、人の入れ替わりが激しいだろ。みんな就職決まったら、辞めていっちまうし。キッチンも年がら年中人手不足だ。だからオフィーリアさえよければ、社員になって、ホールとキッチン両方できるようになってくれたら、俺はすげー助かるんだ。昇給もボーナスもあるぞ」


 ……確かにエステラがいる分、経済面での安定は嬉しいかも。


 「とてもいいお話なんですけど、私、調理師免許とか持ってませんよ?」

 「研修はするから大丈夫だ。どうだ? 考えてみてくれないか?」


 ……考えるまでもない。


 「その提案、お受けします。私でよければよろしく願いします」


 アッサリと答えた私に、店長の顔は花が咲いたようにパッと明るくなった。


 「いいのか? 有難う! こちらとしても、すげー助かるよ。じゃあ来週から研修行けるか?」

 「へ? 来週?」

 「ああ、来週末から2週間。俺の実家キルダで泊まり込みの調理特訓だ」


 ……来週から? 2週間? しかも田舎で泊まり込み??


 「あの……店長の実家で、ですか?」


 研修はこの店の調理場で行われるものだとばかり思っていた私はかなり面喰らった。一番最初に考えたのは、エステラのことだ。エステラにはまだガスコンロは一人で触らせていない。彼女が触れる物と言えば、ケトルとトースターと電子レンジぐらい。


 ……現代に来てまだ4ケ月のエステラを置いて、2週間……行ける?  何か緊急事態が起こったらどうするよ? 研修……駄目だ、行けない気がする……。


 「あのぉ……店長」

 「どうした?」

 「その、ですね……エステラを一緒に連れて行く……なんてこと、できませんよね?」


 目を丸くして、店長が気まずそうな私の顔を見ている。


 「ルームシェアって言ってたけど、やっぱり……そんなに愛し合ってるのか。片時も離れられないぐらい……」

 「ちがっ……! 違うんです!」


 声が大きくなる。そして脳みそはフル回転で理由を考えている。


 「その、エステラはまだ未成年なんです。……その、2週間も1人にしておくのはちょっと不安があるというか……」


 事情を話しても店長は全く難しい顔をしなかった。いつもの人当たり良さそうな笑顔を浮かべて快く快諾してくれたのだった。


 「店長、その2週間、店は閉めるんですか?」

 「いや、閉めないよ。料理全般は俺の母親が教えてくれるから安心しろ。キルダ特産のハーブなんかもしっかり教えてくれるよ。俺が教わったようにな」


 ……店長のお母さん、か。ちょっと緊張するな……。とりあえずエステラを連れて行けるってところは安心だけど。


 バイトの後、アパートの戻った私は早速、来週末からの研修のことをエステラに話した。たった4ヶ月前に異世界のような現代社会に来たエステラにとっては、グライフとこのアパートが安全で安心できる場所であったに違いない。電車と船を乗り継いで、遠くに行くことに対して少し不安そうな表情を浮かべた。


 「大丈夫よ、私も一緒なんだから。キルダ島に着いたらね、フェリーターミナルのすぐ前にタクシー乗り場があるんだって。島内には一応バスも走ってるみたいだし」


 思えば300年前は電車もバスもない時代で、エステラはグライフを出たことなんてなかったはずだ。当時を生きていた人々の行動範囲はとてつもなく狭い。300年前と現代の違いを思いながら、ふいにストゥルーンがグライフを離れて遠くへ逃げることがどれだけ勇気の要る行動だったかを改めて感じた。


 「ねえ、オフィーリア。仕事道具持って行ってもいい?」

 「少しだけにしてよ。荷物はなるべく少なく行きたいの」


 エステラが持ち物を考え始めると、私はスマホでキルダのトラベルサイトを開いた。研修とは言え、なかなか行きにくい島に女2人で小旅行だ。心臓が小さくリズミカルに脈打ち、自分はワクワクしているんだと思い知らされた。


 同じ国でありながら、キルダは独自の文化もあってとても興味深そうだ。島には野生のウサギがたくさん生息していて、ウサギ肉を食べる文化があるらしい。季節によってはクジラやイルカの群れ、アザラシなんかが見えるという情報もあった。


 ……で、店長が前に行ってた地ビールね。


 2週間という限られた時間の中で、エステラとの小旅行を満喫すべく、私はキルダの旅情報を入念に調べた。

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