037 夜番の日記Ⅷー小さな紙の包みー
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明日はいよいよ裁判が始まります。裁判長をベル=ブランドさんが務めるようです。父上がベル=ブランドさんのことは公平でいい裁判長だと言っていたので、彼ならもしかすると彼女を無罪にしてくれるのではないか、と私の期待は少しだけ膨らみました。
昼前、父上に折り入って私の気持ちと今後の計画を話しました。彼女を心から愛していること、彼女が有罪になった場合のこと、無罪になった場合のこと……。
父上は決してうろたえず、私の話した内容を受け入れてくれました。そして、彼なりの最大限のサポートを約束してくれたのです。彼女と関わるなと言い続けてきた父でしたが、やはり我々は同じ信念を持っていたのだと改めて確認することができました。
私は彼女が有罪になった場合と、無罪になった場合の準備を始めました。
昼過ぎ、私は彼女の母親の元を訪ねました。彼女の母親は私を見ると、少しだけ安心したように息を吐いて、目を細めました。
「こんにちは。娘さんに何かお渡しするものや伝言はありますか? あれば預かります」
「ええ……じゃあ、これをお願いできるかい?」
そう言いながら小さな紙に包まれたものを差し出してきました。その小さな紙の包みを受け取る時、私の身体は変に緊張しました。これが彼女の頼んだ「死ねる薬」なのでしょうか。これを渡してしまうと、彼女にはいつでも死ねるという選択肢ができてしまう。私の心はひどく動揺しました。
「あんた、ストゥルーンと言ったね?」
なぜか声を出して返事ができず、私は返事の代わりに視線をまっすぐ彼女の母親に向けました。
「あの子の様子はどうだい?」
「……かなり厳しく取り調べられているようです」
「……そうかい」
俯き加減で溜息をつくと、彼女の母はぽたぽたと涙を流し始めました。
「私は最低な母親だよ。愛娘1人守ってあげることもできなかったし、助けてあげることもできない……」
「それは……私も同じ気持ちです」
温かく優しい目がこちらに向けられ、涙を流しながら彼女の母親はぎこちない笑顔を浮かべました。
「あの子を好いてくれているんだね。ありがとうね。アスキンであの子によくしてくれて」
自分がおかしくなってしまうそうでした。目の前の女性は、何の罪もない自分の最愛の娘を助けてもくれず、今から死ねる薬を渡す私に、温かい目で感謝しているのです。私は本当にこの言葉を受け取るべき人間なのでしょうか。
「本当に……本当にこれをお嬢さんにお渡ししても?」
先ほど受け取った紙の包みを出して、私は確認しました。
「あの子から頼まれたものだからね……。使うも使わないもあの子次第だよ。親は選択肢は与えても、決定権は子に委ねるものさ」
「わかりました」と言い、私は彼女の実家を後にしました。
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