031 夜番の日記Ⅱー父の怒りと手紙ー
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ここ2、3日、父が荒れているように見受けられます。酒の量が増え、よく自分の書斎に籠っているようで、母に心当たりを尋ねられました。父が荒れるとなれば、仕事関連のことに決まっています。一体どうしたんだろうと思っていると夕刻、仕事から戻ってきた父に呼ばれました。
「昨夜は夜番であったな、ストゥルーン?」
「ええ、あの、父上はあの少女のことをご存じだったのですか」
少女がどのような成り行きで魔女の嫌疑をかけられているのか聞こうと思ったのですが、その話題になると同時に父はとても厳しく怖い顔をして静かに言いました。
「いいか、あの少女には関わるな。彼女と関われば関わるだけ、お前は不幸になる」
「ど、どういう意味ですか、父上? 」
魔女狩りに批判的な父は、いつも所長がいない時であれば、拘束されている人々にできる限りのことをしてあげなさい、と言っています。投獄された人が水を欲しているならば、水を与えなさい、パンが余っているようなら与えなさい、と。なぜ彼女にかんしては「関わるな」というのでしょうか。私は不思議でならなかったので、直接父上に尋ねました。すると父は低い声を深い海に潜めるようにして言い放ちました。
「彼女は有罪確定だ。処刑は免れぬ。彼女を告発したのは他でもない所長だ。あの男は狂っている……! 底知れぬ嫉妬心と独占欲と執着心が彼自身を狂わせて、悪魔と取り引きでもしたに違いない……! 誰にも彼女は救えぬ……!」
歯を食いしばり、拳を静かに震わせ、言葉を振り絞る父の言葉から、うっすらとしたこの1件の背景が見えた気がしましたが、それはまだ輪郭の見えないぼんやりしたもので、これから何が起こるのか半信半疑でした。何より、あの美しい少女に過酷な拷問という運命が待ち受けているという実感がありませんでした。
夜、彼女と約束した紙と万年筆とインクを上着の中に隠し持ってアスキンへと向かいました。私が着いた時、彼女は独房の奥で寝ているようでしたが、私に気が付くとすぐに鉄格子の前までやってきました。彼女の姿をみて、私は少し安心しました。彼女の手や顔には傷1つなかったからです。まだ取り調べは始まっていないようです。
「紙と万年筆を持ってきたよ」
紙と万年筆とインクを差し出すと、彼女は琥珀色の瞳を潤ませて、この世のものとは思えないほど美しい笑顔を私に向けました。
彼女は私のすぐ横にある火の明かりを頼りに、子供のような慣れない手つきで手紙を書き始めました。ぱちぱちと焚き木の燃える音と、彼女の立てる小さな音だけが空間を支配していました。その間、私はずっと考えていました。
――所長が告発?
――底知れぬ嫉妬心と独占欲と執着心?
――処刑は免れない?
今回の魔女狩りは、領主様の娘の原因不明の病気に端を発したはずです。この美女が何か関係しているとでもいうのでしょうか?
夜が明ける時、彼女はインクが乾いた手紙を丁寧に折りたたんで、届け先と一緒に私に渡しました。
「どうか……どうか母さんによろしく伝えて……。私は大丈夫だって。たぶんすぐ家に帰れると思うから心配しないで、って」
――彼女は家に帰れることはない。
彼女の言葉に私は心臓を鷲掴みにされた気持ちになりました。私は「必ず今日中に届けよう」とだけ言って手紙を受け取りました。
夜番が終わり、まだ朝霧の濃い間に私は彼女の手紙を届けに行きました。扉をノックすると中から温和で優しそうな中年の女性が恐る恐るドアを開け、不思議そうに私を見上げます。
「娘さんからの手紙です」
そう言って手紙を差し出すと、彼女は目を覚ましたように機敏な動きで、私の手から手紙をもぎ取りました。乱暴に手紙を広げると、目を見開いたまま書かれた字を追っていきます。
「あの子は……? あの子はアスキンに入れられちまったのかい?」
「ええ」
「なんで……! どうして……! 有罪になるのかい?」
「まだ取り調べも裁判も始まっていないので何とも……。ただ希望は……薄そうです」
「……ああ、なんてこと!」
女性はその場で肩を震わせて泣きながらしゃがみ込みました。
「金だろ? 金があれば無罪にできるんだろう?」
「……お嬢さんの件については……残念ながら、私にはわかりかねます」
「なんでだい? いつもいつも、金さえあれば無罪放免になるじゃないか」
「……お嬢さんの件では、密告者がかなりの権力者だと噂されております」
私の言葉を聞いて、女性の目から希望や光が一瞬にして消え去り、死人のような目になりました。
「では、私はこれで失礼」
まるで逃げるように、私は彼女の家を後にしました。
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