029 再訪

 「こんにちは、ルーリーさん」

 「ああ、オフィーリアさんにエステラさん! よくおいで下さいました」


 「さ、入って、入って」と興奮気味に研究室に招き入れるルーリーさんに、私たちも笑顔で応えた。なんとなくだけど、ルーリーさんと私たちは既に魔女ネタ好きの友達のような関係になってしまっているような気がする。そう思えるほど、私たちの間に流れる空気は緊張感がなくて、もっと言えばリラックスムード全開だ。


 招き入れられた研究室のコーヒーテーブルには既にお茶菓子が用意されていて、部屋もほんのりと温かい。私たちの訪問に合わせて暖房を入れてくれていたことが容易に察せられた。


 「おっしゃった通り、また来てくださって嬉しいです。どんなものを書くか気持ちは決まってきましたか?」

 「いえ、まだ全然......。調べれば調べるほど魔女文化の奥が深くて......書くことよりも調べることばかり楽しんでしまっています」


 ルーリーさんは白髭をお撫でながら、また「ほっほっほ」とサンタクロースのように笑った。


 「私も同じですよ。調べれば調べるだけ、自分の知らないことがわかる。それが面白くて楽しい。オフィーリアさんも魔女オタクの世界に入ってきましたね。ほっほっほ」


 エステラに与えられた時間は2時間。私は自分の焦りを悟られないようにルーリーさんに切り出した。


 「......で、前におっしゃっていたアスキン牢獄副所長の息子さんの日記......修復作業が終わったとか?」

 「ええ、そうなんです!」


 興奮した様子でルーリーさんは自分の机からトレイに入ったノートを持って来た。ライル・グッドウィンの日記に比べると少し薄くて質素な感じのノートは、300年前のものだけあって黄ばんでいて、少しでも捲ると破れてしまいそうなぐらい繊細な物に見えた。


 「この日記を書いた息子さんの名前とかってわかってるんですか?」

 「ライル・グッドウィンには3人息子がいた、ということは前回お話しましたよね? シャール、ユージーン、それからストゥルーンです。そのうち牢獄の夜番をしていたのはシャールとストゥルーンと言われています」


 予想通りストゥルーンの名前が出てきて、私の心臓が激しく脈打ち始める。この緊張と興奮を隠し通せているだろうか。隣に座っているエステラにすら目を向けられない。


 「この日記はストゥルーンが書いたものです。内容からみてストゥルーンのものでまず間違いないでしょう」


 ……やっぱり。


 ルーリーさんの言葉に心臓がどくんの大きく音を立て、それからは小刻みにどくどく私の身体全体を打ち続けている。


 ……300年の時を経て、エステラがストゥルーンと再会する……。


 「......見せて頂いても?」

 「ええ、もちろんです。今日はそのためにお越しいただいたのですから」


 私とエステラは差し出された白い手袋をして、そっと日記の表紙を捲った。隣に座るエステラが私の方へと顔を寄せて日記を覗き込んでいる。まるで東洋の和紙のような柔らかくて薄い紙は1ページ捲ることすら緊張するほどに繊細だ。破ってしまわないように、丁寧に丁寧に扱う。


 日記の中に並んでいる字は、まるで女性の文字かと思うほどに達筆で書き慣れた印象を受けた。それはこの日記を書いた人が、しっかりと教育を受けて育った上流階級の人間であることを無言で物語っている。ライル・グッドウィンの日記に比べると、1ページに書かれている文字数が極端に多く、この日記が彼の心の中の叫びを全て受け止めていたのではないかと思わされた。


 時計を見ると2時20分を指していた。


 ……あと1時間40分で読みきれるかな……。


 私はさっそく日記を読みはじめた。

 

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