025 ガス代と電気代

 おかしい。おかしすぎる。

 私はダイニングテーブルに座って、コーヒーを飲みながら書類とにらめっこしていた。


 「どうしての、オフィーリア? そんな難しい顔して……」

 「変なのよ」

 「何が?」

 「ガス代と電気代が」

 「? ガスダイとデンキダイって何?」


 私は先月のガス代と電気代の支払明細をエステラの顔の前に突き立てた。


 「不気味なぐらい安すぎるのよ……!」


 ガス代と電気代が先々月の半分以下になっていた。普通に考えて、エステラと一緒に暮らし始めてからはガス代と電気代は上がるはずだ。しかも1年で1番寒い季節。毎日のようにヒーターをつけてる。ガス代が半分以下になるなんで、まず有りえない。


 よくよく考えると、私の預金残高はこの1ヶ月で増えている。年末年始は、バイト先に間違って配達された食料品がもらえたり、チャトにカレーをもらえたおかげで食費は全然かからなかった。にしても、預金は増えすぎな気がする。こんな不可解なことがあるのか。謎すぎる。


 「ん~……もしかしたら、お守りの石が色々と助けてくれてるのかも」


 はっとして私は首に下げているお守りの石に軽く手を当てた。心地よく熱をもってる不思議な石だ。


 「私が魔女の仕事をしたらね、石の効力は上がるんだ。だから私、もっともっと魔女の仕事、頑張るね」


 魔女の仕事をしたら石の効力が上がるって……どんな仕組み?


 ガス代と電気代が不可解なほど安いのも理解できないけど、エステラが言うことはもっともっと理解できない。


 ……まあ、エステラの発言が理解できないのは、今に始めったことじゃないから別にいっか。


 それでも念の為、ガス会社と電話会社に請求金額が間違いではないか問い合わせてみることにした。


 「ええと、オフィーリア・ファーガスさんですね。ええ、数日前にお送りした請求額で間違いございませんよ」


 電話の向こうの男性はさわやかな声でそう答えた。やっぱり腑に落ちない、と思いつつも、確認もしたわけだから、これ以上できることはない。ラッキーだと思って、額面通りの金額を払うことにした。


 「ねえ、エステラって私がバイトの時はどれぐらい魔女の仕事してるの?」


 もし食費もガス代も電気代も魔女の仕事の対価として安くなっているんだったら、私はエステラが普段どれぐらい『魔女の仕事』をしているのか気になった。


 「え~っと……1日に2~3件ぐらいかな? この前、地下室に籠ってた時は1件だけだけど……。ほら、覚えてる? 17歳の堕胎したい、って手紙……」

 「え、あの依頼に何かしたの? あんなの放っておけばいいのに……」

 「うん。かなり厄介だったけど、神様と交渉して一応解決したよ」


 ……え。堕胎させたの?


 私はほんの一瞬だけエステラを軽蔑した。避妊もせず妊娠した無責任な少女の堕胎に手を貸すなんて、と。


 「エステラ、その……堕胎、させた……の?」


 勇気を振り絞って聞いた私を見て、エステラは呆れたように息を吐いた。


 「生まれてくる新しい命を殺すことはできなかった……。だから神様に手伝ってもらって、子供を望んでいる女性のお腹に赤ちゃんを移動させたの。あの少女には直に生理が訪れる。彼女は『あれ? 生理きた? 妊娠してなかったのかな?』ぐらいに思うかしら」


 命が殺されずに済んだことには安堵したけど、その少女に対する嫌悪感は残った。


 「けど、それだったらあの少女は安心してまた同じことするかもよ? で、また妊娠するよ! そしたら、またエステラは命を移動させるの? あの子は何も学ばないし、責任ある人間にならないじゃない」

 「……いや、それなりの対価はあるの」


 エステラは真面目な顔をして言った。凛とした彫刻のように美しい女性になった。


 「命を移動する時にね、どうしてもお腹の中に傷がついちゃうの。だからあの子は将来『子供が欲しい』と思っても、できにくいかもしれない……。全くできないわけじゃないのよ。ただ可能性が少し下がるだけなんだけど」

 「それって、そうしないと赤ちゃんを移動できなかったってこと?」


 エステラは静かに頷いた。そして、少しだけ悲しそうな哀愁を帯びた瞳で遠くに視線を移す。私は何て言ったらいいのかわからない。その少女も知らないところで対価を払っているんだと思ったら、それ以上は非難する気になれなかった。


 「いい経験だったよ。この件で初めて会えた神様もいたし、あんなにたくさんの神様と一緒に1つの仕事をするの初めてだったから……」

 「新しい神様、ってどうやったら会えるものなの?」

 「今回は、記憶の神様サヌーザのコネを使って、母体の神様と移動の神様に会うことができたの。会ったことのない神様に会うのは、やっぱり仲のいい神様のコネが大きいかなぁ」


 ……知ってる神さまのコネ……! 


 新しい神様に会う方法が妙に現実的で、私は「魔女の仕事もラクじゃないんだな」なんて社会人に対して抱くのと同じような気持ちを抱いた。


 「私も少女にはこれから責任を持ってもらいたくて、記憶の神様サヌーザに頼んで、少女の心に、今回の件で感じた後悔や恐怖なんかを刻み込んでもらったの。後悔の神様や恐怖の神様の協力も得てね」


 ……記憶の神様に母体の神様、移動の神様に後悔の神様に恐怖の神様……!


 1晩帰ってこなかったエステラがどれだけ大きな仕事をしていたのか、想像するだけで気が遠くなった。


 ……てか、神様の数多すぎやしない? 神様ってどれだけ存在するの?


 考え始めると、笑いの神から筋肉痛の神、酔っぱらいの神なんかまで存在しそうな勢いではないか。


 ……やっぱりエステラの世界がまだ掴みきれない……。


 まるで小さな子供が想像を駆使して一生懸命喋っているのを見守る母親のような気持ちで私はエステラが最近した仕事の話を聞き入った。

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