022 見つけた名前
心臓がうるさく脈打ち始め、瞬きすることさえできなくなったのは、私がルーリーさんと談笑しながら古い日記をめくっている時だった。身体が金縛りにあったように硬直し、目の前にいるルーリーさんやエステラの声が遥か遠くに聞こえる。自分の心臓の音がうるさい。
……あった。……エステラの名前……!
ついに見つけた。魔女狩りや魔女裁判の記録からきれいさっぱり消し去られたエステラの名前が。1697年、アスキン牢獄の副所長をしていた人の日記の中に。
手が震える。疑っていたわけではないけれど、やっぱりエステラは1697年のグライフ魔女裁判で処刑され、おそらく意図的に記録から名前を消し去られたんだ。ぼんやりと信じていたことが、確証へと変わった。
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自分の目を疑いました。今日、アスキン牢獄へ連行されてきたのはグライフで一番の美女と称されるエステラ・ジェラルディーンでした。グライフで彼女の名前を知らない人間などおりませんから、私ももちろん知っています。私の息子たちが、どうにかお近づきになれないものかと憧れているあの少女が、魔女の嫌疑を受けて連れてこられたのです。何ということでしょう。とても信じられませんでした。
それから、所長は私に不思議なことを言いました。エステラの取り調べは所長が直々に行うこと、他の者は絶対に所長の許可なく、また所長なしで彼女の取り調べを行ってはいけないこと、彼女の罪は重く、かなり強力な証言者が存在することから有罪になるであろうこと、そしてもし私が「変な真似」をしたら、私も魔女の嫌疑をかけられるかもしれない、という脅しに近いものでした。あの少女が心配でなりません。
しかし、私に何ができましょう? 私があの少女の魔女嫌疑を晴らそうとしたり、極刑を免れるよう動くことはできないのです。そんなことをすれば、私だけではなく家族全員が魔女の嫌疑をかけられ処刑されてしまうことになるかもしれないのですから。しかし、私はあの少女の運命がどうしても気がかりでなりません。せめて秘密裏にでも私にできることがあるといいのですが……。
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その後のページもめくってみたが、エステラの名前が書かれていたのは、この1ページだけだった。
……所長が直々に取り調べするのって、異例だったのかな? この日記から察するにそういうことだよね? それからこの書き方だと、エステラがアスキン牢獄にやってきた時から、エステラの有罪はほぼ確定してたってことっぽい? 強力な証言者って誰だ? この時点で、副所長はまだエステラ拘束の背景を十分には知らないっぽいな……。
私の中で、アスキン牢獄の所長ロバート・ショーがとても怪しい存在に思えてきた。彼がエステラ拘束・処刑の背景を知っている。最悪の場合、黒幕かもしれない。
「ルーリーさん、すみません」
エステラと談笑しているルーリーさんに日記を見せた。
「あの、このページの日記なんですが……」
「ああ、エステラ・ジェラルディーンの記述がある……」
何度も日記を読み込んでいるのであろうルーリーさんは「何でもどうぞ」とどんな質問でも受けてくれるような表情で、私に向かって座りなおした。
「副所長は日記でこのエステラ・ジェラルディーンのことを案じているようですが、このエステラがその後どうなったかわかりますか?」
隣でエステラが軽く固まっているのがわかった。
「残念ですが、この日記にエステラ・ジェラルディーンの名前が出てくるのは、この1ページだけなのです。この日の日記から察するに、彼女は有罪が確定していて処刑される運命であったようですが、裁判記録にも処刑記録にもエステラ・ジェラルディーンという名前は残っていません。おそらく身内か誰かが金を積んで秘密裏に無罪・釈放となったのでしょう……」
……違う。
私は心の中で言い放った。エステラは無罪が認められて釈放なんてされてない。拷問を受けて、有罪判決をうけて処刑されたんだ。殺されたんだ。おそらく権力者によって。
私の中でまた熱いものが渦巻き始めた。
……どうして所長が直々に取り調べをすることになったのか。
……なぜ最初からほぼ有罪が確定していたのか。
……強力な証言者とは誰なのか?
……そして、なぜ記録からエステラは消されたのか。
エステラの件は、権力者たちの間で何かがあったことは疑いの余地がない。怒りと嫌悪感で吐き気がする。
「当時、魔女の嫌疑をかけられて無罪になった人間って、どのように無罪になったんですか? やっぱり今おっしゃったようにお金なんでしょうか?」
「金か権力でしょう。権力者や聖職者に金を積む、もしくは権力者に金を積んで牢獄の所長や裁判官に圧力をかけてもらう……方法はきっとそれぐらいでしょうな」
……所長のロバート・ショーは調べてみる価値がありそうだな。前にエステラ自身も言ってたし――「そのロバート・ショーって人……すごく嫌な人……」って。
「ルーリーさん、今日は本当にありがとうございました。色々と書くアイデアが浮かびました。で、あの……またここに来てもいいですか? もっと魔女のお話、聞かせていただけないでしょうか?」
ルーリーさんはにっこりと目を細めて、大きく頷いてくれた。
「もちろんです。また来てください。私もラジオや取材を受ける時以外は、いつもこの研究室にいますから。私も魔女の話ができてとても楽しかったです。ところで……」
私たちが立ち上がるとルーリーさんはエステラを呼び止めた。
「エステラさん……エステラさんのご苗字は?」
……どきり。
副所長の日記にエステラのフルネームが書かれてあった。ここでエステラが何も考えずにフルネームを言ってしまうのは非常にまずい。
「エステラは、私の妹です。なので苗字も同じファーガスです。エステラ・ファーガス」
「そうですか」
「エステラの苗字が……何か?」
「いいえ、大したことではありません。オフィーリアさんもエステラさんも生まれはグライフ……なんですよね?」
……急に何なんだ、この質問。
エステラの正体がばれたのか? それとも勘付かれているのか? 私はエステラが余計なことを話さないようドキドキしながら答えた。少しだけ気味が悪いというか、ちょっと怖い。
「生まれたのはアスキン郊外のウェイアーですけど、医療区域上ではグライフ出身ってことになってます」
背中に悪寒が走って、一刻も早くこの場から逃げ出したい気持ちに駆られる。懸命に笑顔を作るが、引き攣らずに笑えているだろうか。
「実はね、アスキン牢獄副所長ライル・グッドウィンには3人の息子がいましてね。その息子たちの日記も残っているのですよ」
……息子?
「その3人の息子のうち2人はアスキン牢獄で夜番をしていたようです」
……それって……
「その日記の中に、エステラさんと同じような風貌の少女が出てくるんです。優しく明るいベージュ色の髪に、艶めく琥珀色の目をした少女がね……。エステラさんを見ながら、その少女はきっとあなたのような雰囲気だったのかなあ、と考えてしまいました」
……アスキン牢獄の夜番としていて、エステラを知ってるのって……まさか……
「まだ修復途中なので、お見せできる状態ではないんですが、また修復が完了したらぜひ見にいらしてください」
その日記の修復が終わったら連絡をくれるようにルーリーさんに丁寧にお願いして、私たちは研究室を後にした。
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