016 エヴリーナ・ゴッドリーフ

 「エヴリーナおばさんは、私の母さんと同い年でね、2人ともグライフで生まれ育ったから子供の頃からすごく仲良しだったの。


 グライフの大農家に嫁いだ後も2人は仲が良くて、よく道端で世間話をしてたのをよく覚えてる。おばさんの嫁いだ先の農家はグライフでは誰もが知ってるぐらいの大きな農家だったから、領主一族との繋がりも深かったのよ。ほら、農作物を領主様に納めるでしょ? その繋がり。エヴリーナおばさんが領主様の屋敷で働くことになったのも、そのコネがあったからみたい、て母さんが言っていたわ。


 まだエヴリーナおばさんが屋敷で働いていた時に、町で春節祭があったんだけど、私もおばさんの紹介でジョセフ・ショー様とその一族にご挨拶できることがあったの。私は最初、町の人たちと輪になってダンスを踊っていたんだけど、そしたらエヴリーナおばさんがやってきてね。「領主様がお呼びだから、ついていらっしゃい」って。ええ、そうよ、私は領主様に謁見したことがあるの。あの時はすごく緊張したなあ。うん、挨拶程度だけど話したわ。……というか、領主様に聞かれたことに答えるだけだったけどね。聞かれたこと? 名前とか年齢とか……あとは職業とかかな。勿論、魔女見習いってことは言ってないよ。あの時は、産婆の母の手伝いをしてる、って答えた。領主様やその周りの方たちは笑顔で私を見ていたわ。「そうか、そうか」と笑顔で頷いている人もいれば、「お若いのに感心なことだ」とか呟いてる人もいたかしら。


 え? そこにいた人? ジョセフ・ショー様と奥様でしょ、あと上流階級っぽい人が何人かいたけど……直接挨拶したのは領主様だけだったから、他の人は素性も名前もわからない。けど格好や立ち振舞いからして上流階級の人ってことは間違いないわ。私みたいな平民が領主様に直接言葉を交わすことなんて、普通は絶対にできないことだから、手も声も震えたよ……。エヴリーナおばさんが、私の耳元で「最初にカーテシーするのよ」て教えてくれてね。カーテシーなんてしたことなかったから、自分がちゃんとできてるのかどうかもわからなかった。それでも、あのひと時は私の人生で1、2を争うぐらいキラキラした思い出よ。


 後から聞いたことなんだけど、領主様とその弟だったっけ……が春節祭にいた私を見て「あの美しい娘は誰か」と周りにお尋ねになったとか……。それを聞いた母さんは爆発でもしそうなぐらい興奮してたよ。「エステラが領主一家の誰かに見初められたのかもしれない!」って一晩中大騒ぎ。


 そのあと、エヴリーナおばさんは屋敷の仕事を辞めて、また農家に帰ってきたの。理由は聞いてない。母さんもたぶん辞めた理由までは知らないんじゃないかな。


 私がアスキン牢獄に連れていかれた時には、エヴリーナおばさんは既にそこにいたから、私よりも先に拘束されたんだと思う。牢獄でおばさんとは1度も言葉を交わさなかった……、て言うか交わせなかった。おばさんは、かなり傷めつけられていて、誰かと話す気力も体力もなかったように見えたわ。


 ただ1回だけ……、私が初めてアスキン牢獄に到着して独房に連行される時に、おばさんの独房の前を通ったの。鉄格子越しに私を見たその時1回だけ、目に涙を光らせて「エステラ……」て名前を呼ばれた。呼ばれた、と言うよりは呟いた、て表現の方が合ってるかな。


 おばさんの叫び声は牢獄にいる間、何度も聞いたよ。手は砕けて、血塗れだったし、死人のような精気の宿っていない目をしていたわ。


 処刑されるところも私は見届けたの。エヴリーナおばさんが最初だったから……。ごめんなさい、涙が……思い出すとやっぱり辛くて……。処刑前は、もう以前のおばさんじゃあないみたいで。「グライフの民を1人残らず呪ってやる」とか「ここに集った罪深きグライフ町民に、末代に渡って訪れる怨念を」とか……男の人が数人がかりで連行しないといけないほど、暴れて叫びまわってた……。そうよ、ギャローグリーンでの公開絞首刑。人数? かなり沢山の人が見に来てたよ。ギャローグリーンが人で溢れかえってたもの。


 これが私の覚えているエヴリーナおばさんの全てよ」


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