015 向き合わなければならないこと

 17世紀には拷問は禁止されていたことを忘れていた私は、残りのラジオを全て聞き逃してしまった。



 ……やっちまった……。何か他にも有益なこと話してなかったかな……。



 大学の教科書で確認したところ、17世紀は道具を使った拷問は全面的に禁止されていて、エステラが生きていた17世紀末期は「水責め」や「歩行」などの道具を使わない消極的拷問と呼ばれるものさえも禁止になっていた。ただ実態としては、その法律はうまく機能せず、消極的拷問はそれ以降も取り調べ裏で自白を迫らせるために続けられていたらしい。



 ……エステラ以外に捕まった人たちはどうだったんだろう?



 エステラに聞いてみよう、と思ったけど、その考えが頭に浮かんだ瞬間に実行に移すか躊躇われた。拷問の話は正直あまり聞きたくない。



 ……けど、それじゃ駄目なんだよね、きっと。調べるっていうのは、自分の聞きたいこと、聞きたくないことに関係なく全ての情報に向き合わなければいけないんだよね。



 父さんと母さんが生きていた頃、書斎に「絶対に触っちゃいけない棚」というものがあった。大きくなってからわかったのは、そこに裁判の資料などが入っていること。勿論、重要な書類だから、という理由もあっただろうが、私が残酷な物を見ることがないようにと、両親が配慮したのだろう。両親も裁判の中で、きっと見たくもないような残忍な写真や証言と向き合わなければならなかったのだろう。



 私は「うしっ」と自分に気合いを入れて、夕食時にエステラに聞いてみることにした。



 「エステラってさ……取り調べ受けてる時に……その、拷問された……んだよね?」



 カトラリーを口に運ぼうとしていたエステラの手が固まった。そして蜂蜜に濡れたお月さまが2つ、ゆっくりと私の方へと向けられた。エステラの表情は変わらないのに、その瞳から蜂蜜色だけが抜け落ちて、冷たく凍りついたような目へと変わっていく。



 「うん。された」



 表情だけ見ると、悲しそうでも辛そうでもない、いつものエステラの顔だ。淡々と答える口調もいつもと変わらない。



 「他に捕まった人たちも拷問されたのかな? 知ってる? 他の人たちのこと……」



 私が訊くと、エステラの顔が少しだけ陰ったような印象を受けた。ただでさえ辛い拷問の体験。自分の周りに生きていた人の幸せを一番に願っていたエステラにとっては、自分が拷問されたことよりも、むしろ自分の周りの人が拷問されて苦しんでいる姿を見ることの方が辛かったのかもしれない。エステラは、苦しんでいる人や悲しんでいる人を見たくない、できるだけ多くの人を幸せにしたいのだと言って、魔女の仕事をしていたのだから。



 「私と同じ拷問方法をされたのかはわからないけど……それでも拷問は受けてた、と思う。エヴリーナおばさんの手は砕けて血塗れだったし、足に火傷を負って爛れちゃってた人も見た」



 ……やっぱり、拷問は裏で行われてたんだ。けど法律では禁止されていたから、記録には書かれていないのか。



 「独房に入ってる時に、聞いたこともないような叫び声が聞こえるの。私は母さんの産婆の仕事を手伝ったこともあるけど、出産の時に女性が叫ぶ声とは全然違う叫び声……。痛みと苦しみを訴える魂からの叫び声……あの声は本当に聞こえてくると恐怖を感じた」



 「なんとなくだけど、わかるような気がする」と言ったら失礼すぎるだろうか。そんな声、実際には聞いたこともないけれど、それでも簡単に想像はできるような気がするのだ。エステラが牢獄で取り調べを受けている時の話を聞く時、私はどのような反応が適切なのかわからず、リアクションがとれずにいた。



 「さっき名前が出てきたエヴリーナおばさんって人だけど……エステラとは親しい人だったの?」

 「うん。エヴリーナおばさんは、ずっと領主様のお屋敷で働いていたんだけど、私が拘束される半年ぐらい前かな……に領主様のお屋敷の仕事を辞めて戻ってきたの」

 「え、エヴリーナ・ゴッドリーフの職業は農家って記録にはあったけど……?」

 「そうよ、領主様のお屋敷での仕事を離れてからは家業の農業を手伝ってたわよ」



 ……私の心の中で、何かがまた引っ掛かり始めた……。



 私が読んだグライフ魔女狩りの記録によると、ことの発端は領主ジョセフ・ショーの11歳の娘リリーがある夜、召し使えの女性がキッチンで牛乳を盗んだのを目撃するところから始まる。リリーは牛乳が盗まれたことを母親に報告。その直後、町民の間で「魔女らしい」と噂される人物に偶然遭遇する。それから1週間ほど経ったころから原因不明の体調不良に見舞われた。医者に連れて行くも、原因はわからず。リリーの症状は悪化し、口から髪の毛や炭を吐き出す、といった奇怪な現象が起こるようになった。そこで領主と医者と教会のトップが協議した結果、魔女の仕業ではないか、という結論に至った。そしてグライフの魔女狩りが始まった。



 ……なぜエヴリーナ・ゴッドリーフは領主の屋敷に仕えるのを辞めて戻ってきたんだろう……? まさか屋敷で牛乳を盗んだのって……。はたまた牛乳騒動の直後に娘が出会った「魔女らしい」と噂の人物……?



 「ねえ、エステラ。エステラはグライフの魔女狩りがどうして始まったのか知ってる?」

 「ええ、ちょっとだけ。ストゥルーンが教えてくれたから……」

 「ストゥルーンはあなたにどんな説明をしてくれたの?」

 「領主様の娘が原因不明の病にかかって……色んな医者が診たけど誰にもわからなくて、魔女の仕業だってことになった……って」



 ……合ってる。



 「ちなみに、領主の娘の体調が悪くなる直前に、屋敷であった牛乳騒動は聞いたことある?」

 「牛乳騒動? ううん、知らない」



 ……よし、エヴリーナ・ゴッドリーフから調べてみるか。



 「エステラ、知ってる限りでいいからさ、そのエヴリーナおばさんのことで覚えてること全部話してくれない?」




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