014 新たな発見
「ねえ、エステラ。もしね……『もしも』だよ。この世に他の魔女がいて、私達の後に『2月17日を別の理由で雨にして欲しい』って神様に頼んだらどうなるの?」
「それは神様次第だよ」
エステラはサラリと答えた。まるで私が頓珍漢な質問でもしているような気持ちになるほど、淡々とした表情で答えるエステラに私は戸惑った。
「え、そんなのアリなわけ? 神様って魔女との約束をそんな簡単に破れるの?」
「オフィーリアって……何か思い違いしてない?」
……はて? 思い違い?
「神様はね、我儘で気まぐれで移り気。いい加減で適当。テクトに関して言えば、彼は依頼主の魔女が可愛いければ可愛いほど依頼を引き受けてくれる。男の魔女は相手にされない。もし私よりも可愛い子が後から依頼すれば、迷わずそっちの依頼を引き受けるよ」
……え。それって、本当に神様なの……?
「ユリアさんは気分屋。その時の気分で依頼を引き受けたり、引き受けなかったり。見た目やファッションのことで褒めておだててから依頼すると、割と気分よく引き受けてくれる」
私の崇高で公平な神様のイメージがどんどんと音を立てながら崩れていく。そうなのか、神様は我儘で気まぐれ……なのか。
「とりあえず、魔女の仕事のこと……少しはわかってもらえたかな?」
期待を込めたキラキラの瞳が2つこちらに向けられている。久々に仕事をした高揚感からだろうか。蜂蜜に濡れた月のような目は、今だけ蜂蜜増量中と言わんばかりに艶やかに煌めいている。
「わかった……のかな……非現実すぎて何とも……。けど、少しだけイメージは掴めたような気がする」
「私ね、人々を幸せにしたいんだ。だからこの仕事するの。泣いてる人とか、苦しんでる人は見たくない」
……けど、この仕事で得られる報酬って何なんだろう? 自己満足だけじゃない?
そんな疑問を抱きつつも、私はそのことを口には出せなかった。300年前、エステラが生きていた時代から彼女の心の中で大切にしてきた生き方を「自己満足」なんて言葉で表現するのは、あまりにも不敬な気がした。私が想像するに、300年前エステラは飢えに苦しむ人々、疫病に苦しむ人々を、現代に生きる私なんかよりもいっぱい見てきたんだろう。そんな人たちを減らしたい、人々を幸せにしたいと思う心は尊敬に値する。傷つけたくない。
魔女の水鏡なんかを片付けているエステラをおいて私はそっと彼女の部屋を出た。
……きっと魔女への手紙の内容も、300年前と現代とでは違うんだろうな……。
300年前は農民からの手紙が多かったのではないだろうか。豊作をお願いしたり、豊作になるよう天気の依頼も多かったのではないか。あるいは、医療が発達していない当時は、病気に関する手紙もたくさんあったのかもしれない。お金が欲しい、家が欲しい、車が欲しい、最新のスマホが欲しい、大画面の液晶テレビが欲しい……現代人のお願いは贅沢な内容が多く、そして生きていくことに直結はしていない。
そんなことを考えながらキッチンのラジオをつけた。そろそろ夕食の支度を始めなければいけない。
……今日はこの前のお肉を解凍してたっけ。それ使って何作ろうかな……。
――先日、落雷により破損したグライフの蹄鉄ですが、町議会で予算が可決され、早ければ初夏に新しい蹄鉄を取り付ける枠組みが……
ラジオからあの蹄鉄の話題が流れてきて、私は思わず手をとめてラジオの声に集中した。
――今回の蹄鉄の一件で、魔女文化に興味を持ち始めた人も少なくないみたいですね。
――今日は300年前の魔女裁判をはじめ、この国の魔女狩りについて長年研究を続けていらっしゃるルーリー・ヴィラールさんにお話を伺いたいと思います。
――グライフの魔女裁判に関して言うとですね、この国最後の大量魔女狩りであったと位置づけることができます。これ以降、小さな魔女裁判は各地で続きましたが、ここまで大規模な魔女狩りは以後ないと認識しております。
――それは、なぜなんでしょうか?
――理由のひとつに拷問禁止令があると私は思っています。その当時、この国では道具を使った拷問が禁止されました。そこで道具を使わない消極的拷問という拷問手段が使われていたのですが……
私はハッとして、自分の部屋に走った。
……私は馬鹿だ。大馬鹿者だ。法学部にいたくせに、こんな大事なこと忘れてたなんて……!
慌てて大学で使っていた本を取り出して、勢いのままページを捲る。
……そうだ……17世紀、拷問は禁止されていたんだ……。
つまりグライフの魔女狩りで処刑された人たちは、当時、国から禁止されていた「拷問」という違法な取り調べで自供を迫られたことになる。
私の身体がまた熱を帯びる。
……違法な取り調べ方法を使ったなんて……。
記録に拷問の記録がないわけだ。違法な取り調べをしたからこそ、それらを全て記録から消し、隠蔽した。手が震える。怒るべくして怒る、純粋な怒り。私は、ただ単純に許せなかった。
……ルーリー・ヴィラール、って言ったっけ。
私はラジオ局にメールを送った。フリーランスの物書きを装って、取材をしたいからヴィラール氏の連絡先を教えてほしい、と言うと、彼の仕事用のメールアドレスを手に入れることができた。
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