011 資料室

 入り口を抜けると、大きな吹き抜けになっていて自然光が優しく館内を照らしている。私とエステラは国立図書館へ来ていた。壁一面を覆いつくした古びた焦げ茶色の本棚が私たちを迎えてくれた。




 「もう調べてはいるんだ。3階よ」




 私たちは館内中央にある階段を上って、目的地である3階を目指した。エステラは図書館という施設を知らないらしく、またこんなに大量の書物を目にしたこともないと言って、ただただ目を丸くしながら館内を見渡していた。




 「資料室……ここだわ」




 3階の一番奥にまるで壁と見間違うかのような木製のドアがひっそりと佇んでいて、そこには「資料室」「持ち出し・貸し出し禁止」「飲食禁止」など注意書きがあった。重厚な木製のドアはずっしりと重く、開閉すると鈍く木が軋む音がした。




 「誰もいなさそうね」




 私たちは一番奥まったところにある閲覧机に鞄を置くと、ノートやペンを取り出した。




 「エステラは暇だと思うけど……ここにいる? 館内だったらどこでも行っていいよ」


 「ううん、私もここにいる。手伝えることがあれば手伝いたいし、することも一応用意してきてるんだ」




 私の読み書きレベルじゃ手伝えることは少ないかもしれないけど、と舌をペロリと出したエステラに私は不覚にもドキリとしてしまった。別にそんな趣味じゃないのに。エステラが可愛すぎるのが悪い、ということにする。動揺を隠すため私は早速、資料を探し始めた。時代や年代別に資料が並べられてあったので、お目当ての資料は案外簡単に見つかった。




 「すごい……! 魔女裁判の資料なんかもここにたくさん残ってる! あ、これ裁判記録? え! すごい、これが記録で……こっちが関連資料?」


 「オフィーリア、そんな興奮してどうしたの?」


 「すごいよ! 200年も300年も昔の記録がこんなにしっかりと残ってるんだもん」




 エステラは私の手にあった1600年代の裁判記録をチラリと見たけれど、あまり興味もなさそうに「ふーん」と別の棚へと歩いて行ってしまった。




 ……きっとエステラにはこういう昔の記録の価値、なんてものもわからないんだろうな。




 エステラの話を聞く限り、300年前の人々は「今」「その瞬間」「その日1日」を生きることだけに必死で、過去のことなんて気に留めることなんてなかったのだろう。エステラはそんな人々の生活を少しでも豊かにするために白い魔女になりたかったのだ、と言っていた。




 「えっと……1697年グライフの……これだわ」




 私はお目当ての裁判記録のページを開いて閲覧机へ座った。




 「ここの記録もネット通りね。告発されたのは全部で32人、有罪判決で処刑されたのが8人。エステラの名前はない――か」




 ……この裁判、全員がアスキン牢獄で取り調べを受けたのね。えっとアスキン牢獄の所長がロバート・W・ショー、副所長がライル・A・グッドウィン、取り調べを担当したのが10人ほど。裁判官は……




 「はっくしょん!」




 大きなくしゃみに顔をあげると、いつのまにかエステラは私の隣に座っていて、机の上に山盛りの紙を出していた。若干、いや割とたくさん埃が舞っている。




 「何してるの?」


 「ん――……私にできることって少なそうだから、仕事することにする。手紙の仕分け」


 「……手紙の仕分け? その手紙ってまさか……」


 「これだよ? この前、地下室から持って帰ってきた」




 ……やっぱり捨ててなかったのか……!




 私にとってはゴミの山にしか見えない手紙の山を見て、どっと疲れが襲ってきた。出発前に大きめの鞄を貸してほしい、と言うし、貸してあげたリュックサックはやけに膨らんでるし、不思議に思っていたのだ。この大昔に書かれた手紙を仕分けてどうしたいと言うのか。




 「あ、この手紙……」




 私は紙の山からチラリと顔を出している、比較的新しそうな封筒を引っ張り出した。




 「この手紙、新しそう……ほら、ここに現女王の切手が貼ってあるでしょ」


 「切手? 切手って何?」


 「手紙を出す時にお金を払った証拠」


 「で、この切手に描かれているのが女王様なの? 今の?」




 エステラはその封筒をびりびりと乱暴に開けた。可愛い顔して封筒の開け方は雑だ。




 「えっと、なになに……」




 手紙を読み始めるエステラと一緒に私も紙を覗き込んだ。




 『魔女様  突然のお手紙、大変失礼いたします。人々の望みを魔術でかなえてくれる魔女がいるという噂を耳にし、半信半疑でこの手紙を書いています。私は17歳の学生です。生まれて初めて彼氏ができ、2ケ月前に初体験しました。初めてで舞い上がったせいもあり、避妊していません。それから生理が来ていません。2週間前に妊娠検査薬を試したところ陽性反応が出ました。それを彼に言うと、別れて欲しいと言われ、それからは口も聞いてもらえません。親にもこんなこと言えません。堕胎したいです。堕胎して何もなかったことにして、大学にも行きたいし、その後、就職して社会経験も積みたいです。魔女様、どうか力を貸してください。』




 現代のような教育を受けていないエステラは読むのも時間がかかる。時々、私に「妊娠検査薬って何?」とか「陽性反応ってどういう意味?」とわからない部分を聞いてくる。手紙を最後まで読んだエステラは「ふう」と小さくため息をついた。




 「何、この手紙。こういう無責任な人、本当に腹が立つ」




 同情する気持ちになれなかった。恋愛で盲目になって望まない妊娠をして、それで堕胎したい、だなんて。この世には生まれてこられない命がある。望まれない命もある。子どもが欲しいのにできなくて苦しんでる女性やカップルがいる。望まない妊娠で生まれてきても、親に虐待される子どもがいる。命の問題は複雑だ。




 「そんなの相手にする必要ないよ、エステラ。その人個人の問題でしょ」


 「けど……完全に無視はできないよ」


 「なんで? だって、その子避妊すらしてないんだよ? それで妊娠したって、完全に自業自得じゃん」


 「ねえ、オフィーリア。その避妊って何? どうするのものなの?」




 ……うっ……。そうきたか……、エステラの時代は避妊もないんだもんね……。そりゃやり方もわからないよね……。




 私は項垂れながら、なるべくエステラがわかるように丁寧に避妊とは何か、どういった方法があるのかなどを話した。




 ……思えば、昔の人って避妊しないし、子供ができたら産むしか選択はなかったんだよなあ……。




 エステラは「望まない妊娠を避ける」という発想に驚きながら、手紙を横によけた。




 「エステラ、それどうするつもり?」


 「ん――、とりあえず全部仕分けてから考える」




 そういうと、エステラはまた違う手紙の封を雑に開けて中身を確認し始めた。私も裁判記録に戻り、大事な情報はノートに書きとった。


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アスキン牢獄 


所長      


 ロバート・W・ショー




副所長     


 ライル・A・グッドウィン




取り調べ担当者 


 ヨアン・ドノヴァン


 レノックス・コリン


 アリスター・ボールドウィン


 へ―ミッシュ・カーライル


 アンガス・チャールトン


 パトリック・ブキャナン


 マルコム・ヘイスティ


 ガブリエル・スペンサー


 ラクラン・ファーガス


 マッカーイ・ハミルトン




被疑者            


 エヴリーナ・ゴッドリーフ


 ルベン・リンジー


 オスカー・リンジー


 エヴァン・サヴル


 ヘンリエッタ・カークランド


 セレーナ・バッカス


 キース・チャンドラー


 グラント・バーグマン




 ……エステラ・ジェラルディーン?




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 私は被疑者の一覧をノートに書き取ると、その一番下に記録から抜け落ちているエステラの名前を書き足して、終わりに疑問符をうった。




 ……所長の苗字がショー、ということは領主の血縁者なのかな? ここにエステラの手紙にあったストゥルーンの名前がないということは、下っ端の役人の名前は記録はされてないってことか。




 私は気を取り直して、取り調べや裁判の記録をたどっていく。どれも紙1枚か2枚程度の短い記録だ。


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 エヴリーナ・ゴッドリーフ(39歳) 近隣住民による告発 


 職業:不詳


 取り調べ担当:ヨアン・ドノヴァン


 取り調べ方法:聴取、針刺し


 自供:なし


 魔女マーク:有り(左内腿)


 備考:近隣住民証言「夜な夜な魔術により家畜を殺している」「家から異臭」


    「家の周りで猫が大量死」「住民に『呪ってやる』と脅迫」


 裁判官:ベル=ブランド・O・ファーガス


 判決:極刑


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 書き書き、書き書き……次のページへ。また書き書き、書き書き……次のページへ。この繰り返しだ。ちなみに写真撮影が許可されている資料は携帯のカメラで撮影した。テクノロジー万歳。




 ……記録は残ってはいるものの、やっぱり詳しく調べようとすると情報が少ないなあ。




 「……バート……ショー……」




 微かな声に顔をあげると、私のメモ書きにエステラは目を落として固まっていた。




 「エヴリーナ・ゴッドリーフとリンジー兄弟の他に思い出した人でもいる?」


 「ん……。そのロバート・ショーって偉い人……」


 「アスキン牢獄の所長だった人ね。この人、ショーっていう苗字だけど領主ジョセフ・ショーと血縁関係にある人かしら?」


 「……わからない……けど、この人……すごく嫌な人……」




 それ以上は突っ込まなかったけど、エステラが小刻みに震えているのを私は見逃さなかった。

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