Ⅳー2
翌朝、泊まりを考えて、じゃがいもと麦の畑にせっせと水を撒く。小湖と拠点を往復すること数回。重さは何てことないが時間が勿体ない。早いところ井戸を完成させねば。
予定は洞窟探険だが、急ぎではないのでしっかりと朝の鍛練も行う。まだまだ未熟者だからな。一日でもさぼると腕が落ちそうで不安になる。
「大したもんだ。素振りの一振によくそこまで殺気を乗せられる。」
何やら視線を感じていたが、鷹迅が手を止めて俺と虎徹の素振りを見ていたらしい。
「ん?ああ。師匠が師匠なもんで。なあ?」
「フッ。そうだな。」
虎徹と二人。乾いた笑いが出る。
「涼竹、さん、だったか?そんなにか?」
「興味があるなら、進化したら稽古つけてもらえよ。頼んでやる。なぁ虎徹。」
「世界が変わる。」
虎徹が遠い目をしている。
「虎徹がそこまで言うか。そりゃ一手御指南頂きたいね。」
知らないって不幸よね。だが、鷹迅君は最早俺達と一蓮托生なのだ。同じ世界を見てもらおう。
「おう。任せておけ。きっと笑顔で引き受けてくれるぜ。気に入られれば、槍の一つや二つ貰えるかもな。」
武器も衣服も死んだ分だけ増えるからな。
「そうか。筋力が上がったら槍が合わねぇだろうなとは思ってたんだ。精々気に入られるよう気張るとするか。」
頑張れ。骨は拾ってやる。リアルに。
切りの良いところで稽古を終え、準備しておいた背嚢を背負い出発。準備と言っても干し肉とジャガイモ、ピッケル、水筒ぐらいなものだ。水筒はお手製で木製の物。最近工作スキルがメキメキ上達中。必要に駆られればってやつね。
道中やはり出くわすゴブリンを斬り倒しながら進む。魔核のみ抜いて死体は放置。抜いた魔核は鷹迅へ。俺と虎徹にとって、ゴブリン程度の魔核は最早魅力を感じない。
ゴブリンと言えば、このあいだ初めて雌がいるという事実を知った。俺がこの事実に驚いていたら
「雄と雌がいなくてどうやって増えるんだよ。」
と鷹迅の談。
「え?異種腹に産ませるとか?他の人種を拐ってきて。」
元の世界のファンタジー通説を披露したところ、
「まじかよ。なんだその発想。ヘンタイだ。」
「ありえん。理解できない。ヘンタイだ。」
鷹迅と虎徹に揃ってヘンタイ呼ばわりされた。誰だ!ヘンタイなんて言葉を教えたのは!・・・俺だ!
「馬鹿なッ!ゴブリンと姫騎士くっころさんとか、すでに古典と言っても過言ではなかろうがッ!」
と勢いで食い下がったところ、非常に残念なものを見るような目で見られ、その日一日二人に優しくされた。
とまあ、そんなどうでもいいことは置いておいて。
ゴブリンの繁殖の話を聞いて、大変気になることができた。管理者によって生み出された個体と、交配によって生まれた個体には違いがあるのかと言うこと。モンスターである我々にも充分関係がある。仮に、両者が同じ性質を持っていたとすると延々増え続けることになる。増え過ぎたらどうなる。放出される?これもあり得る。だが蜂の子はどうだ。あれだってモンスターのはずだ。だが同じ場所を掘っても出てこなかったはず。管理者側に立てば、一定数のリスポーン個体だけいる方が管理はしやすそうだが。要確認事項とした。
3人で森の中を進む。道も半ばというところで何か違和感が。見られてる?
「なぁ、何か感じないか?」
「いや、特には。」
「何か気になるのか?」
鷹迅と虎徹は感じないらしい。
「んー。背筋にゾクゾクくるというか何と言うか。」
「ハッ。あいにく俺は小宇宙とやらを、産まれてこのかた感じたられたことはなくてね。」
ぐ。鷹迅め。この前からかったこと根に持ってるな。
「小宇宙?なんだそれは?」
乗らなくていいよ。虎徹さん。
「なんでも琥珀は第六感とやらを超えたセブンセ
「悪かった悪かった。控えるってそういうのは。気のせいだ気のせい。」
とも思えないんだけどなぁ。
ゴブリン山に近付いた頃には夕暮れとなっていた。一晩休んで、明け方に突入ということに。
適当に開けた場所を選び野営の準備をする。簡単な食事をとったら、交代で睡眠を取る。俺、鷹迅、虎徹の順で見張ることに。まぁ、皆野宿は慣れっこなので、何かあったらすぐに起きるんだけどね。念のためだ。見張りを終え、鷹迅を起こし、木の根を枕に目をつむる。
微睡みから覚醒して行く。うっすら目を開けると、ぼやけた視界に暗がりが入り込む。目覚めはいつも夜明け前。不思議はない。ただし、最近見慣れてきた天井が今日はない。黒い塊と、木の枝と葉と・・・塊?パチパチと瞬きを繰り返し焦点を合わせていく。
「ん?ん~?・・・・・。だああああああああッ!」
驚愕すべきものを理解し、大声上げて転がった。
「なんだ!どうした!?」
寝ていた鷹迅が飛び起きる。
「敵か!無事か!?」
少し離れていたらしい虎徹が走り込んできた。
「あ、あれ!目の前に!ッ・・・ハァハァ。ぶら下がって目の前に。起きたらいて。死ぬかと思った。」
未だに心臓が早鐘のように打たれ落ち着かない。
「蜘蛛かッ!」
鷹迅が叫ぶ。
目を開けたら目の前に顔があった。人の顔に形は近いがパーツは大分違う。目は大きな二つの目の横に小さな目が左右に続き、口元は左右に開きそうな
俺を驚かせた生物は、ツーッと音もなく上昇し、今や樹上から俺達を見下ろしている。下半身は蜘蛛。上半身は人の形をしている。曲線を伴った人の体は女性的なものを感じさせたが、その大部分は甲殻に覆われ鎧のように見えた。
「すまん。離れ過ぎた。」
大太刀片手に虎徹が謝る。
「ああ。大丈夫だ。怪我はない。はあぁびっくりした。心臓止まるかと思った。」
「俺も全く気付かなかった。くそっ。気配察知にゃ自信があったんだがな。あいつ、端にいたアラクネだろ?」
樹上を見上げ、槍を構えながら鷹迅が問う。
「そう見えるけどな。こんなところで何してるんだ。もしかして昨日の違和感はあいつのせいか?」
「どうする?殺すか?」
言いながらじわり前に出る虎徹と鷹迅。
どうしたもんか。死ぬ程驚いたけど、危害は加えられてないんだよな。んー、魔核は欲しいけど敵意がない相手ってやりづらい。アラクネは身構えるでもなく、じっとこちらの様子を見ている。
その時ゆっくりと空が白み始めた。空を見て思う。
「・・・なぁ。殺すのは止めないか?」
「甘過ぎやしねぇか?やつの気配を殺す能力はなかなかのもんだ。また同じ事をされても面白くねぇ。」
「理由を聞こう。」
「まぁなんつうか、敵意もないみたいだしやりづらいのが一番。あと、俺の知ってる格言で、朝蜘蛛は殺すなってのがあってな。ただそれだけ。」
「なんだそりゃ。」
呆れ顔で鷹迅が言う。
「んー、験担ぎみたいなもんかな?蜘蛛は益虫みたいに言われてたし。」
「虫ではない。モンスターだ。魔核はいらんのか?」
虎徹に突っ込まれた。
「それを言われると弱いんだけどさ。」
「験担ぎねぇ。ま、そうしたいならいいんじゃねぇか?俺も自分のルールは守りてぇ方だしな。琥珀にまかせるわ。」
そう言って鷹迅は武器を下ろした。続いて虎徹も大太刀を鞘に収めてくれた。
「悪いな。なんか付き合わせたみたいで。」
「いや。気の乗らない戦いなどしない方が良い。勝っても負けても大して得るものがない。」
虎徹ならではの至言ですな。
「ありがとな。今回は俺が我が儘を言っちまったが、二人も思ったことは遠慮なく言ってくれ。俺はこれからも言いたいことはどんどん言うぞ。」
「生憎と遠慮なんてものは、どうやら母親が生み付け忘れたらしい。」
「俺は自分の道を行くだけだ。」
それぞれらしいお言葉。ったく憎たらしいやつらだぜ。
「そうかよ。気ぃ使って損した。」
「お、そうだ。どうせ気ぃ使うなら朝飯用意してくれよ。」
「それはいいな。」
「はいはい。喜んで。」
男三鬼でニヤニヤして気持ち悪いったらありゃしない。・・・フフッ。
食事の準備といっても大した事はない。木の枝を削って串を作り、そこに洗っておいたジャガイモを刺して焼くだけ。味付けに塩と山椒、お好みでニンニクとバジルの風味パウダーをかければ完成。後は干し肉を添える。だが、今回の干し肉はひと味違うぞ。イノシシジャーキーに挑戦したのだ。塩水につけ込み、山椒とバジルとニンニクで風味をつけ、更に香りの良さそうな木片で燻した特別製だ。どうだ!
「だからよ。なんでお前は酒が飲みたくなるようなもん作るんだよ。」
水をちびちび飲み、ジャーキーを囓りながら鷹迅が愚痴る。
「芋にも合うな。もう少し貰おう。」
食い気が勝る虎徹。
「仕方ねぇだろ。調味料が限られてんだから。文句垂れんな。」
そう言いながら、ふと上を見上げてみる。
うわ。めっちゃ見てる。・・・興味があるのかね。
焼きジャガイモ串にジャーキーを刺してアラクネに掲げてみる。
「おーい、食うか?」
「おいおい。餌付けすんのかよ。」
「食ってるところを無言で見られるのって落ち着かなくないか?」
「まぁわからんでもないが。」
ほいッほいッと串を掲げていると、ツーッと音も無く下がってきた。近くで見ると結構デカい。体高で2m以上ありそうだ。首をかしげながらも恐る恐る串を受け取るアラクネ。また音も無く上に戻っていった。食べるかなぁとチラチラ見ていると、クンクン匂いを嗅いだ後、顎脚マスクがガパりと開いて食べ始めた。黙々と食べている。食えないことはないらしい。
食事と後片付けを終え、いざ出発。後ろを振り向かず、前に突き進むのだ。
「いやー、洞窟探険なんて心踊るなー。はっはっはー。」
「おい。」
鷹迅が槍の石突きでケツをつついてくる。
「なんだい?鷹迅君?ケツをつつくのはやめたまえ。」
「気付かないフリするな。あれ。どうすんだよ。」
顎で後ろに目線を促す。
やっぱりダメすか。まぁ、気付いていたんですけどね。付いてくるんですよ。アラクネが。
「餌付けなんかするからだろうが。琥珀が責任取れよ?」
ため息吐きつつアラクネに向かう。
「どうした?何か用か?俺達は今からあっち行くから、君はそっち。いいか?俺達あっち、君そっち。あんだすたん?危ないから、な?」
身振り手振りで伝えてみる。
微動だにしない。・・・駄目だ。あれは全く解ってない。
「よし。諦めよう。」
「早えな、おい。」
「諦めもまた肝心なのだ。気にしないようにしよう。あいつもモンスターだ。痛い目みて覚えることもあるさ。な!虎徹。」
「距離も取っているし、邪魔にはなるまい。自分の身は自分で守るだろう。モンスターとして生きているのだ。理解はしているはず。」
流石虎徹さん。モンスター目線の発言は重みが違う。と言う訳で、ゴブ山探険隊。気を取り直して出発。
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