第四章

Ⅳー1

「全てのモンスターに墓を掘る。」


ザクッ


「俺達3人で墓を掘る。」


ザクッ


「墓でこの世を埋めてやる。」


ザクッ


「掘っても掘っても足りないくらい。」


ザクッ


「掘っても掘っても掘っても掘っても・・・・」


ザクッザクッザクッザクッ




「おい、何恐ろしいことブツブツ言ってんだ。」


ザクザクと夢中で穴を掘り進めていると、ふいに上から声が掛かった。くいと見上げれば、オレンジ髪のちびっ子が穴の上から見下ろしている。


「お、帰ったか。お帰り。」


身体能力を活かし、ぽんぽんと穴を昇り地上に出る。角を2本生やし、長いオレンジ色した髪を後ろで結わえた小鬼が、槍を片手に立っていた。後ろには獲物を担いだ虎徹も一緒だ。


「虎徹もお帰り。」


「ああ。」


オレンジの小鬼がしかめっ面で言う。


「人が狩りから帰ってきてみれば、穴の中からブツブツ聞こえるしよ。気持ち悪いから止めろ。」


「いや、なんつーか、合いの手?」


「そんな恐ろしい合いの手が有ってたまるか。」




この小鬼。元レオナルドである。そう。鬼になったら生えたのである。髪が。いや、元から剃っていただけらしいが。


半日ほどだろうか。青紫色の毬となっていたレオナルドは、見事小鬼となって出てきた。レオナルドの面影を残した目つきの悪いガキンチョ。そんな第一印象を受けた。特徴的だった頭には、暗めの橙色した長髪が、わさぁと暴れており本人も驚いていた。どうやら子供時分はこんな感じだったらしい。さらりと聞いたが、過酷な少年時代で髪を切る術もなく、好き勝手に伸びる髪を結わえていたらしい。本人は髪を切り落としたがったが、俺が「元の面影がある。進化したら怪しまれるかも。」と言うと、しぶしぶながら長髪スタイルを受け入れた。


そして名を『鷹迅ようじん』と改めた。


本人から名を変えたいと言ってきた。「レオナルドでいいじゃん。つるっとしてた時よりしっくりくるぜ。レオ様(笑)」と言うと、俺が心の内でからかっていたのを察知したのか跳び蹴りしてきた。捨てられる物は、全て捨てたいらしい。気持ちは分かる。それに、顔も似て、槍使いのレオナルドとくれば、気付く者は気付くかもしれん。


色々聞いている内に、『ハゲタカ』という二つ名を持っていたことが分かった。禿鷹のことらしい。「じゃあ、禿鷹でいいじゃん。」と言い、意味を伝えたらまた跳び蹴りしてきた。ちょっとからかっただけじゃないか。というわけで、練って捻りだしたのが『鷹迅』。字を書いて意味を教えてやったらようやく納得した。その際、「その文字は何だ?」と聞いてきたので、「神様に教わった文字だ。」と言ったら納得していた。


レオナルド改め鷹迅であるが、かなり頭の回転が速い。学があるわけではないらしいが、思わず唸ってしまうほどだ。俺と互いに言語を教え合う事にしたのだが、すぐに身につけてしまった。洞察力も優れているのだろう。俺と虎徹の会話からも大分吸収しているようだ。多少イントネーションが違っていたり、少ない語彙に苦労することがあるが、直ぐに解消されるように思う。


鷹迅が加わってくれたおかげで、かなりの量の情報を得ることができた。神の事や、世界の事。国の事や、ダンジョンの事など多岐に渡る。これからの行動指針の決定に大いに役立つことは間違いない。




情報は得たが、現在の俺達に方針の変更はあまりない。


①ダンジョンの探索を進める。

②鷹迅の進化を促す。

③住環境の充実を図る。


あれから2ヶ月ほど。3点を直近の重点目標に掲げて行動している。


このフロア(外の世界風に言うと、第6解放層森林エリアと言うらしいが。)の探索については、目に見える範囲は大方終わった。予想通り、およそ30㎞前後の四角形の箱庭。それがこの大地の正体。鷹迅に確認すると恐らく合っているとのこと。


ここのダンジョンは、このフロアの様に大きく開けた解放層と、迷宮層と呼ばれる、壁に仕切られ罠も点在する迷宮に分けられているとの事。迷宮層が2層の次に解放層と、順に重なっているそうだ。この6層は上下とも迷宮層に挟まれていることになる。


探索による発見は、初めてみるモンスターが数種類と、ゴブリン山から流れる川(以前辿ったものとは別の流れ)が、大小二つの湖からでる水の流れと合流し、川幅のある河川が出来上がってていた。後は基本的に山深い森の中といったものだった。


何体か気になるモンスターがいた。一体は南西の角に辿り着いた時に発見した、アラクネみたいなモンスター。みたいなというのもこのアラクネ(仮)。南西の上空に巣くっているのだ。角を利用して。角を確認する際、ふいに見上げなければ気付かなかっただろう。端から見れば宙に浮いているように見える。大きな蜘蛛の体に、人型の上半身が付いているように見えるのだが、如何せんビルの4、5階程の高さに居るため今一つ確認できない。目は合ってるような気がするんだが、何もしてこない。一度、目を合わせてから立ち去ろうとして、再度振り向いたら僅かにビクッと震えたように見えた。多分にこちらを認識している。


二体目は、火吹き馬のでかいのがいた。森の中に単独で。世紀末覇者と添い遂げるに相応しき風貌である。群れからはぐれたにしては距離が大分ある。こちらが発見し近付くと威嚇するでもなく、距離を取ろうとする。臆病なのかと思えばそう言うわけでもない。放電猪とガチンコ勝負をしていたことがある。角と牙を打ち合い、身体をぶつけ合い両者譲らず。結果は日没サスペンデッド。水を差すのも無粋なので静観していた。


三体目が虎徹の言っていた、大きいバッサバッサである。鷲獅子。グリフォンであった。鷹迅も初めて見たという。ゴブリン山の頂上付近はこいつの縄張りだった。かなり広いのだが恐らく一体だけだと思われる。息を潜め観察したが、こちらに気付いているのかいないのか。うずくまり眠るような姿勢から動かなかった。やはり翼を持つが、このエリアを何かが飛んでいるところを見たことがない。近場でしか飛ばないのであろうか。鷹迅の進化を待って3人で挑むかという話になっている。


後、気になるほどではないが、俺達が食っていた芋虫は蜂の子らしい。夜に木にとまり地面に何か突き刺しているデカイ蜂を見かけた。今のところ、気になるモンスターはそんなとこだ。




そして俺が何をしていたかと言えば、改めて井戸を掘っているのだ。下の地底湖に狙いを定めて掘っている。恐らく当るであろう岩盤は虎徹先生にお任せだ。とにかく水が必要なのである。3人に増えたのもそうだが、畑にまく水も必要だ。それに酒造りにはなんと言っても水である。


萩月さんに酒造りの御指南をお願いしたところ、糖化や発酵をさせる為に麦芽が必要だと言われた。ぐぬぬと唸っていると、「はい、これ小麦の種ね。育てたらまた呼んで。」と言い、こちらが呆けている内に帰ってしまった。天然なのか態とやっているのか本当にわからない。頼めば稲すらもらえるんじゃなかろうか。返せって言われたって返さねぇからな。


そんな訳で、少し離れた場所を開墾し、小麦用の畑を広げている。ジャガイモももっと増やさねば。


二軒長屋はもう一棟建て、部屋は4つ。空き部屋一つは鹵獲品やら道具やらを突っ込んだ倉庫となっている。「まさかモンスターになってから自分の家を持つとは思わなかった。」というのは鷹迅の談。ま、いずれもっといい家建てようぜ。




そして鷹迅はひたすらに狩りである。武器はもちろん槍。小鬼になったことで短刀が付いてきたが、幸いなことに、物干し竿と化していた愛用の槍があったのでそれを使っている。防具は俺のお古の青い蛮族装備を改造して着用。木っ端冒険者共からの鹵獲品で好きなようにいじったようだ。


まずは進化して俺達と並ばないと話にならない、と息巻いている。案内がてら虎徹も付き合って主に二人で出かけることが多い。その間俺は拠点作りに精を出すのがここ最近の流れ。もちろん鍛錬は一緒にやっている。




ダンジョンにも変化が起きた。まず第一に冒険者が激減した。まったくいないわけではないが、目に見えて減っている。拠点の動きを観察したところ、どうやらこの6層を避けているような動きがある。5層からの転移階段から7層への転移階段へすぐに向かう冒険者をよく見る。仮に留まっても休憩だけなどが多い。霧のゴーストや、集団失踪は噂になっていたという。冒険者ギルドなるものが動いているとも聞いた。危険と判断して避けているのだろうか。こちらとしては来ないでくれた方が有り難いがね。


第二にゴブリンがやたら広範囲に出没している。ほぼ全域と言っていい。これも冒険者が減った影響なのかもしれない。ところ構わずモンスターを襲っている。強い個体もでてきたように思う。拠点の近くにも出没する為、少々目障りだ。


第三に太陽と月が出た。完全に見せかけだが。提案を採用してくれたようだ。月が面白く、西に太陽が沈むと東から月が昇る。太陽と同じ軌道を通り夜を照らすのだ。太陽も月も規則正しく同じ軌道を通る為、空を見上げれば、雲が隠さぬ限り時を知ることができる。体感ではあるが、昼と夜の長さは半々といったところだろう。




「何か変わったことは?」


衣服の土を払いながら、拠点の外の様子を聞いてみる。


「大して変わらねぇな。強いて言えばゴブリンが多い。おかげで魔核には困らねぇがな。」


そう言って、ガブリと黄色く光る魔核にかじりつく鷹迅。


「やはり冒険者がいなくて間引きされないのが原因かね?虎徹の見解は?」


大太刀の手入れを始めていた虎徹に聞いてみる。


「わからんが、違和感はある。」


「違和感?」


「ゴブリンは本来怠け者だ。食っては寝てを繰り返す。だが今は必要以上に狩っているように見える。」


「どういう心境の変化だ?こちらに対しては?」


「見つけりゃ襲ってくるな。全て返り討ちにしているが。」


そう言って、水を頭から被り汚れを落とす鷹迅。


「てことは、食料に限った話じゃないのか・・・。ゴブリンね。なぁ虎徹。巣穴の奥は広いんだよな?」


「ああ。どれ程かはわからないが、かなり奥まで続いている。」


「鷹迅はあの穴の中に入ったことあるか?」


「いや、鉱石目当てのやつらがよく入ってたが、俺は興味なかった。当たり外れが大きいらしくてな。運が良ければ宝石の原石やらの希少鉱物。悪けりゃ鉄やら銅ってとこらしい。奥まで行ったやつの話は聞いたことねぇな。それに採掘ならここより効率のいいとこがある。」


「え?鉄と銅でるの?」


「らしいな。」


俄然興味でてきた。


「行くか。ゴブリン山。」


「あ?狭いし槍振りづらいじゃねぇか。」


まさか鷹迅君、反抗期?


「酒を作るのに金属が欲しい。」


「よし。行くか。」


素直で良い子の鷹迅君。


「という訳で、ゴブリン山に潜ろうと思うが虎徹はどうよ?」


「問題ない。俺も一度奥まで行ってみたいと思っていた。」


「よし、じゃあ決まりだ。そこそこ広いらしいから準備して明日出よう。まずは中がどうなっているか洞窟探険と洒落こもう。ついでにゴブリンの行動の変化の理由が分かれば儲けもんだな。ところで、鷹迅の進化の具合は?」


「ああ。順調だと思うぜ。大分熱の広がりが長引いてきやがった。こうなればもう少しなんだろ?すぐにお前らに落ち着いてやるよ。」


そう言ってニヤリ笑う鷹迅。


早いな。だが、冒険者としてもかなり経験を積んでいたらしいし、その前も過酷な環境を生き抜いてきたとも言っていた。進化の際の器としての条件を満たしていてもおかしくはない。


でもちょっと悔しい。ので、鷹迅の前に立つ。


「なんだよ。」


すかさず脇の下に手を滑り込ませ、持ち上げる。


「ほーら高い高ーい!ほーら早く大きくなれよー。ほーブッ


顔面に足跡が付いた。

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