Ⅲー10

「いえ、はい。・・・・・。まさか!・・・・・。はい。いえ、そうではなくてですね。なんと申しますか、・・・・・。おっしゃっている事は重々。・・・・・。はい。わかります。わかります。・・・・・そうですね。その件につきましては私に落ち度があったかと。・・・・・いえいえ。そのような事は微塵も。・・・・・」




決してクレーム処理の電話ではない。・・・はずなのだが、俺の胸中は前世のそれをしている気分に苛まれていた。最初は。


相手の話をよく聞き、意図を伺い察し、なだめては同調し、同調しては宥めながら双方納得できる着地点を探す。まともなクレームなら(まともなクレームというのも大概だが)大抵の事は収まる。だが、クレームすること事態が目的となれば話が変わる。


そうなると、クレーム処理というよりは、かつての彼女を思い出す。デート当日、仕事で急な対応を求められ、ガッツリ遅れたその日。俺は延々となじられた。遅れたことから始まり、やれアレが駄目だコレが駄目だ。終いには決まって「私の事、好きじゃないんでしょ?」である。否定をすると、「じゃあなんで遅れたの?」に戻る。かまってちゃん爆誕である。




そんな俺は今、お社の中で正座している。もふもふフォンを片手に。一時間は優に越えているだろう。痺れているとも、足も腕も。相手は勿論、日那様。


帰還後、日那様のご意見を伺いたいと、初めてもふもふフォンを手に取ったのが事の発端。相手は神様になろうとしているお方。連絡手段があるにも関わらず、急に顕現を願うのは流石に失礼だろうと、アポイントを取ろうとしたのである。


ところが、繋がりはしたものの、ご機嫌は曇天の如し。「なぜ便りを寄越さぬ?」から始まり、「待たせるのが趣味なのか。」となり、「萩月や涼竹は呼ぶくせに。」を挟み、「妾は必要ないのか。」となる。勿論必要です。と弁解すれば、「では、なぜ便りを寄越さぬ。」である。完全に一致です。ありがとうございます。


「女性は向こう岸の存在だよ。」そう教えてくれたあなたより大人になりましたが、やはりわからないものです。


あなた準神様じゃないですか。そんな軽々しく連絡するとか無理っしょ?毎日参拝してるんですよ?くぅううううめんどくさい。・・・口が裂けても言えませんけど。


なだすかすこと追加で30分程。ついに本題に到達し、聞きたいことを聞き、その際は宜しくお願いします。と伝え終えるのに5分。これも自分が蒔いた種と言えるのだろうか。解せぬ。


お社に追加で作った棚にもふもふを置き、そのまま後ろに倒れた。


「猪運びの100倍疲れる。」






お社を出て外に目をやると、巨木の前で虎徹とすでに目を覚ましていたらしいレオナルドが座って対峙していた。すぐに声をかける。


《起きたか。》


《大分前にな。》


《そうか。待たせた。すまない。あと、悪かったな。》


《フン。で?理由は聞かせてもらえるんだろうな?殺すために態々運んだ訳じゃねぇんだろ?》


そう言うレオナルドの表情には焦りの一つも無い。肝の据わったヤツだ。死ぬ前の開き直りなんてのは当てはまらない。焦りもないが緩みも無い。


二人の近くに腰を下ろす。


「じゃあ話すぜ?虎徹。」


「わかった。俺に異論は無い。」


最後の確認を取り、レオナルドに向き直り話し始める。


《俺達は「鬼」だ。》


《「オニ」?ゴブリンには見えねぇが、聞かないモンスターだ。ま、言葉を話してる時点でモンスターなのかも疑わしいんだが。おまけに姿も人種に近い。こっちの銀色がいなかったら信じなかったかもな。》


虎徹をチラリと見るレオナルド。話を続ける。


《「鬼」は俺達二人だけ。今は。》


《ゴブリンから変化したってか?そりゃ凄ぇな。その筋の専門家に話したら飛んでくるぜ。》


《ゴブリンは虎徹だけ。初め、俺だけだった。》


正確には俺も元人間だけどな。


《ほお。種族を変える術があるってか。ますます興味深いね。》


《俺も独り。彼も特別なゴブリン。独りだった。》


《独り?単独種ってことか?確かに普通のゴブリンには見えなかったな。》


《独り。お前もだろう?》


眉間に皺を寄せるレオナルド。目を瞑り何かを回想しているのか。逡巡の後、僅かに顎を引き目を開けた。


《・・・・・ああ。独りだな。仲間も死んだ。金もくれてやった。神も捨てた。クソみてぇな世界を捨ててきた。最後に命を捨てに来た。槍を振るだけのただ独りの男だ。俺は。》


やはり、独りなのだ。こいつは。俺の腹は決まった。


《捨てる命。売らないか?俺に。俺達に。》


一瞬固まった彼は、急に喉をならして笑い出した。


《くっくっくっく。やると言って投げてみりゃあ断られ、今度は売ってみないかとはね。で、お代はいかほどよ?》


《新しい命。「鬼」になれ。お前が三人目の鬼だ。》




固まって身動きしないレオナルド。


話せる範囲で可能な限り話す。一方的になってしまったが、覚えたての拙い言葉で目を見据えて話す。語彙も足らず、どれほど伝わっているかわからないが、真剣さは伝えたい。


神になろうとされている方に生み出された、この世界に存在しなかった生物。それが鬼。ダンジョンに縛られては居るが、この世界の新しい種になろうとしている。生み出した方を祀り、神へのきざはしを昇られる、その一助となろうとしている。今その目に見えているこの地だけが俺達の成果である。そして、目差す先は、決して独りでは辿り着くことができない。だから、辿り着くための力を欲している。


《共に行こう。俺達は強い心を感じた。お前に。一番は彼だ。お前が強いと。お前となら共に戦える。そう言った。》


彼が虎徹を見た。


「彼に、虎徹が彼を認め、共に戦えると言ったと伝えた。」


俺の言葉を聞き、虎徹はレオナルドを見つめ大きく頷いた。




《少し。少しだけ時間をくれ。》


そうレオナルドは答えた。




そう言った彼に、水と、塩と山椒だけで味を付けて焼いた猪肉を出し、俺達はその場を離れた。


答えを待つ間、二人で氷室の拡張に勤しむ。猪が入りきらない。内臓を湖の連中にやるのも惜しかったが、この通り肉の収納だけで目一杯。しばらく猪狩りは禁止だな。コンソメ味は気になるが、どうせ暫く調味料に回ることはない。


「悩んでいたな。」


後ろで壁を削っていた虎徹が話しかけてきた。


「まぁな。自分がモンスターになるなんて考えたこともないだろ。思うことは多いんじゃないか?狩る側から狩られる側になるわけだし。人間視点でだけど。」


俺だって狩られる自分を想像して絶望したもんだ。


「そういうものか。」


「もし虎徹が、明日から人間になれって言われたらどうよ?しかも種族は二人だけだ。」


「ん?それは・・・、悩むかもしれん。」


「俺も、・・・悩むかもなぁ。」


自分でも考えてみる。馴染めはするだろう。するだろうけど、もう腹括ったしな。逆にすぐ断るかもしれん。そもそも愉しいのだ。人間だった頃より。


「うん。悩まないかも。断るわ。俺。鬼の方がいいや。」


「ああ、考えてはみたが鬼がいいな。」


馬鹿なことを考えたと、二人で腕組みしながら笑っていると、空に茜が差してきた。






作業を切り上げ穴から出ると、巨木を見上げるレオナルドがいた。俺達に気付き振り返る。


《そこそこ食えるな。悪くない。》


彼の視線を追うと、骨だけになった猪肉。しっかり食ったらしい。


《だが、酒が欲しくなる。無いんだろう?》


《ああ、まだない。》


俺だって欲しいわ。いずれ酒造りは挑戦しようと思っていた。


《・・・そうか。》


一呼吸置いた後


《条件がある。早めに酒作ろうぜ。・・・一緒によ。》


自分の口端が緩むのが分かる。虎徹に知らせる。


「鬼になるってよ。あいつ。」


「そうか。なるか。」


虎徹は頷き、レオナルドに歩み寄った。ぐいと大きな拳を前に出し、一言。


「虎徹だ。」


《彼の名前だ。コテツ。》


突き出された正拳に対し、上に向かせたままの拳でぽんと合わせたレオナルド。


《ああ、よろしくな。》


言葉少なに通じ合った。

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