Ⅲー9

「フーンフフフフーン フフフフーン フーンフンフフフフン」


最近また追加された朝の日課を、大怪盗3世の鼻歌交じりにご機嫌にこなす。ちなみに80’verがお気に入りだ。追加の日課は畑の水やり。ジャガイモを育てている。


「何かを作る、何かを育てるのは良いぞ。色んな事が見えるし分かってくる。」


「何を言ってる。」


「ん?遠い世界の思い出さ。準備できた?」


「ああ、問題ない。」


お!と思ったが虎徹が元ネタ知るはずもなし。さらっと流して、では行きますか。猪討伐へ。




冒険者達の一件があってから、2週間と少し。まともな狩りに行ったのは2回ほど。冒険者側の動きが読めなかったので、ほとぼりが冷めるまで外出は最低限に絞った。それ以外の時間は畑作りと家作りに精を出しことにした。


家の作り方は基本的にお社と一緒だが、完全な高床式にはしなかった。一人の空間も欲しいと言うことで長屋風の建物として間口を二つ作る。よく時代劇なんかで出てくるアレ。入ると土間があり50cmほど上げて板の間となっている。畳欲しい。い草はどこじゃ。湿地か?少なくともこの森林エリアにはなさそうだ。一部屋の広さは12畳ほど。虎徹の体が大きいから部屋も大きめにした。といってもまだ作成途中。さすがにまだ完成には至らない。夜もしっかり寝てるんでね。


どちらかと言えば畑を優先した。芋の数も早く増やしたい。畑の数はとりあえずの2面。使っているのはまだ1面だけ。湖の辺りの森の土を持ってきたり、キノコの林の土を持ってきたり。肥料にと思い、狩った獲物の骨を砕いて蒔いたり、ザリガニの殻を砕いて蒔いたりしたのだが、はたと気付く。これは加工ではなく、放置と見なされるのでは?と。お社の前に立ち、あれは加工した肥料です、と強く念じてみた。通じているかは不明。などということを、うねごとに変えて実験中。最近のお気に入り作業だ。




ウォーミングアップがてら軽く走って向かう。キノコ林に到着し、準備万端、後は待つばかりと言ったところで少し時間に余裕がありそうだ。


「なぁ、ちょっと大湖見てきていいか?」


虎徹に確認を取る。


「見回りか?」


あれから気にして、日に一度は遠目に様子を伺っている。張り付いているわけではないので、何かが見つかったわけでもない。気休めだ。


「ああ、ちょっと見てくるよ。」


「俺も行こう。向こうで出くわせば向こうでやる。」


「それもそうね。じゃ行きますか。」




足を大湖へと向ける。丘を越え、水面が見え始めた辺りで異変に気付いた。湖畔にある大きな岩の上。人影がある。


隣に目配せで知らせ、身を屈めた。


ついに調査隊でも送られたかと視界を広げ、他の影を探すも見当たらず。ただのソロ冒険者かと考えるていると、隣から答えが出た。


「あの槍使いだ。」


目を凝らし確認すると確かに特徴的な頭。槍もある。新調したのね。助けた時、槍は邪魔なので運んではいない。今や我が家の物干し竿である。いや、だって俺も虎徹も槍使わないし。あるんだったら返さなくていいよね?


それより随分と早く戻って来たな。体はもういいのか?傷はともかく、血も失っただろうに。劇的に回復できる手段でもあるのだろうか。


「何してんだろうな。」


「わからん。」


「邪魔だな。」


「ああ。」


これから俺達は猪狩りに勤しむのだ。あいつの勝手と言えば勝手なんだが、何もしてないなら退けて欲しい。あんな所に居座られて猪が気まぐれを起こしても困る。


「話しかけてみるか?」


「任せる。」


最悪俺が引き離せばいい。今日の主役は虎徹だ。




念の為、霧を広げながら近付いて行く。するとすぐにヤツが気付いた。


《何、してる?ここで。》


相変わらずの片言で話しかける。槍使いは座ったまま振り返り、俺達を確認すると、自由が利かないのか、やや難儀しながら立ち上がる。


《よぉ。待ってたぜ。》


《帰れ。向こう行け。》


《やっぱり話せるんだな。驚いたぜ。》


ちっとも驚いた表情してねぇだろうが。噛み合わないやっちゃな。


《行け。用ある。》


《俺もお前らに用があって来たんだ。つれなくするなよ。》


そう言うとヤツは、岩から飛び降り俺達と目線を合わせた。着地の際に顔を僅かに歪めた所を見るに、万全というわけではなさそうだ。


《なぜ助けた。お前ら何者だ。》


表情を引き締め俺達を睨み付ける。


さて、どうしたものか。虎徹を見ると彼もまた真剣な眼差しで槍士を見ている。んー、・・・ここは乗ってやるか。


《助ける言った彼だ。お前いい戦士。それだけだ。》


《・・・お前らはモンスターなのか?》


《そうだ。》


《ハッ。モンスターが人語を解するかよ。世も末だね。》


鼻で笑いはしたが、存外驚いた様子が無い。


《驚かないか?》


《そいつの目。知ってる目だ。お前ゴブリンなんだろ?あの時の。俺に何度も挑んできた戦い狂いのゴブリン。半信半疑だったが確信した。間違いない。》


虎徹を指さし言い切った。


「琥珀。なんと言ってる。」


「虎徹がゴブリンだったんだろう?ってさ。何度も挑んできたのを覚えてると。目を見れば判るんだと。凄いねこいつ。」


「ああ、だから挑んだ。」


虎徹は槍士を見据え頷いた。


《やっぱりかよ。随分と立派になったもんだ。》


「見違えたって。」


はい。完全に同時通訳ですね。


「何しに来た?俺に用なのか?」


《俺にようか?何の用ある?》


ドンッ


突如槍士が槍の石突きを地面に叩きつけた。


《俺の名はレオナルド。通称ハゲタカ。見ての通りのちんけな槍使いよ。助けてもらった礼のついでにもひとつ甘えさせちゃくれねぇか?ゴミ溜めみてぇな人の世に、最早未練の一つもありゃしねぇ。最後に残ったのはこれ一本。死出の旅路にいっちょ死合ってくれや。》


そう言ってレオナルドと名乗った男は槍を構える。


こいつ死にに来たのか。最後の相手に虎徹を選んで。・・・ちゃんと意を汲んで通訳してやらねぇとな。


「虎徹と命をかけて戦いたい、そう言ってる。死を覚悟しているようだ。むしろ死にたいと言ってるように聞こえる。」


「死にたいと言ってるやつが、良い戦いをできるとは思えない。」


「そうだな。良い戦いにはならないだろうな。」


その点については、涼ちゃんに骨の髄まで思い知らされた。虎徹に完全同意。そんな虎徹はレオナルドに向かい首を振った。


《なんだよ。もう俺じゃ役不足だってか?ああ?》


《違う。お前死にたいだけ。相手しない。戦い意味ない。》


《だから礼だっていってんだろうが。何度も俺に殺されたんだろ?どういう仕組みかしらねぇが、殺される度に甦って挑んできたんだろ?てめぇの仇はてめぇで取れや!》


安い挑発。


「何度も虎徹を殺した。だから俺が憎いだろう、と。だから殺せと言ってる。」


「俺が弱かっただけだ。憎くはない。」


《彼、弱かった。それだけ。お前悪くない。》


《んだ、そりゃあ!キ○タマ付いてんのかテメェ!》


「それでも雄かと。」


「雄と戦士は関係ない。雄だろうと雌だろうと良い戦士は良い戦士だ。」


《キ○タマ関係ない。男も女も良い戦士に関係ない。》


《んなこと言ってんじゃねぇ!!》


はぁ。疲れてきた。と愚痴をこぼしそうになったその時。




ダッバァァァァ




はい。時間切れ。


《用が来た。少しあっち行け。》


音に振り返ったレオナルドは音の正体を確認した。


《バケモノ猪かよ!こんな時に!くそッ!》


「じゃあ虎徹。あっちはまかせた。俺はこいつ連れてくから。」


「ああ、頼む。」


そう言ってレオナルドに向き再度告げる。


《あっち行くぞ。一緒に来い。》


《あ?あれどうすんだよ!》


《あれ。彼の相手。あっちこい。》


強制排除、とレオナルドの懐に潜り込み、そのまま腹を肩に担ぎ飛びあがる。


《ぐォ、何しやがる。》


めんどくさいのでそのままに。50mほど離れてから転がす。


《おい!あいつ一人でやるのか?馬鹿かお前ら!》


《ああ、問題ない。黙って見てろ。》




そんな間にも放電猪はぐいぐいと水を掻き分け泳いでくる。もう度も殺されているのに食い意地の張ったヤツだ。


岸に上がり身を震わせ、フゴゥと鳴らした後に放電で乾かす。いつものヤツのルーチンワーク。その後も予定通りにと前を向いたとき、正面には腕を組み仁王立ちの虎徹がいた。


身長約190cmの虎徹にして、更に上を行く体高3mほどの猪。目算で幅2.5m長さ6mと見事な巨体。面と向かう威圧感は完全に大型車のそれである。だが当の虎徹は頑と道を譲らず立ちふさがる。その表情に後れなど微塵も無い。


徐々にいらだち始める猪。ヤツの怒気がこちらまで伝わる。前足でしきりに地面を削り、頭を上下に振り始める。2本の牙が天を高く突く。


ッグブモォオオオオオオッ


叫びを上げ猛進。巨体に見合わぬ瞬発力。一気にトップスピードへ達する。土煙が上がり地が震える。


両者の間、残り10m。その時虎徹が動いた。腕を解き、腰を下げ身構える。


「ぅうぉおああああああッ!」


咆哮を上げ、体中に一気に血を巡らす。


激突


ッドッガガガガガアガガガガガアガガガガガアガガガガガガアガガガガガガァァァァァァァァァァァァァァァァァ・・・・・- - - - - -  -  -  -


正面からぶつかった。勢いに勝る猪がそのままの姿勢で虎徹を連れ去る。音が両者と共に遠ざかった。


残されたのは噴煙と、地から離されぬ虎徹の軌跡。その軌跡を目で追う。


噴煙が止った。無音の拍が刻まれる。


「ぬぅぉおおおおおおぁッ!」


無音が弾け、噴煙が上がった。


-  -  - - - - ----・・・・・・ァァァァァァァァァァァァァァァァァガガアガガガガガガアガガガガガガガアガガガガアガガガガガドォォォォオン


まるで逆再生。今度は虎徹がヤツの自慢の牙を掴み押し切る。最後は大岩にぶつかり止まった。直後、猪の鼻が鳴り、全身の毛がブワリと逆立つ。


それを聞くや否や、虎徹の腕が黒色に染まる。


『巌力』


青白い光が放たれる。だが虎徹に感電の様子は無い。放射される熱はこちらまで届いてくる。しかし虎徹は動じない。


膠着


するかに思えたが、猪が根を上げたのか放電が止んだ。その隙を逃さない。右手を大きく振り上げ、猪の鼻先へ力の限り拳をたたき込んだ。声を上げ、怯む猪の前足が折れ、頭が下がる。次いで眉間に正拳。からの追撃


抜刀迅速


大振りかぶり


豪剣断割


ッゴガシュキンン


頭を砕き、脳天を割り、刃が折れた。


勝負、あり。




僅かな静寂。


《っな、なんだ。そりゃあ・・・。》


隣でレオナルドが呆けながらそう漏らす。凄いだろ?うちの虎徹さんは。俺も若干引いてるけど。


引いてるけど・・・華があるよな!虎徹は!そこに痺れる、憧れるッ!僅かながらレオナルドも力が入っているように見える。昂るんだろ?わかるぜ、その気持ち。俺もそうさ。


虎徹が歩み寄ってくる。衣服は焼け焦げ、肌も煤けているが五体満足。


「勝ったぞ。これで琥珀に並んだ。」


「いや。虎徹のが凄ぇよ。」


そう。この猪には俺も単独で勝っている。勝ち方は虎徹に比べて大分地味なものだが。


冒険者事件の翌日、俺と虎徹は二人で放電猪に挑戦した。結果、圧勝。肩透かしを食らった俺達は、単独での挑戦に切り替えた。


先手を獲得した俺は、7日ほど空けた日に単独撃破。『鬼火』や『枯れ尾花』を使い、速度で翻弄しつつ、最後は首の血流を断ち、静かに殺した。猪も直進する速度だけは俺に引けを取らないが、それだけだ。立体的に立ち回る俺がまさった。


7日空けたのは、猪のストレスも考慮して。というのは建前で、そのぐらい空ければ忘れてまたキノコを食べに来るんじゃない?との考えから。この猪は、獣らしからぬ特徴を持っていたが、獣の域を出なかった。それが俺達の評価だ。




《・・・用事は済んだんだな?なら次は俺だ。》


そう言いながら虎徹の前に移動し、槍を再び構えるレオナルド。


あれを見てまだ言うかよ。・・・こいつやはり。


虎徹に目配せする。


「そいつの気、引いてくれる?」


「わかった。」


折れた刀を手にレオナルドに向く虎徹。


「俺はお前と戦う気はない。」


《いいのか?そんな武器で。俺のヤッ、で・・・めぇ》


自らの虚像を作り、レオナルドの視界の端に残す。本体は後ろから彼に忍び寄り、首元に腕を絡ませ飛び付く。


「あなたは段々気持ちよくなーる。気持ちよくなーる。気持ちよくなーる。・・・はい。おやすみ。」


涼ちゃん直伝の絞め落とし。最初こそ足掻いていたが、ついには白目を剥いて大人しくなった。


「さ、今のうちにやることやっちゃおうぜ。」




虎徹と共に猪を捌く。胸の奥から金色に光を放つ大きめの魔核を取り出す。流石雷属性。主張が激しい。お味はなんとコンソメ味。最初食べたときは塩ッ辛くてなんだか判らなかった。煮詰めて固めたキューブをかじっているようなものだ。やはり苦行でしかない。ここにきて何故スープ?とも思ったが無駄である。そういうものなのだ。受け入れよ。今回の魔核はもちろん虎徹の物。


頭を落とし、内蔵諸共湖に投げ込む。すると湖の掃除屋達が綺麗にたいらげてくれる。残りはしっかりお持ち帰りである。命は無駄にしません。まぁ、明日には復活してるんだけども。




さて、残すはそこに伸びている御仁である。ちらりと俺がその御仁に目をやると、虎徹も見ていた。


「琥珀。そいつ、連れていっては駄目か?」


「ああ、俺もそう言おうかと思ってたとこ。」


「そうか、気が合うな。」


「ほんとに。」


二人で笑いあい。レオナルドを捌いた猪の上に乗っける。そして次が最大の難関。猪の体の下にぐいぐいと中腰で体を潜り込ませて行く。前に俺。後に虎徹。


「いくぞー、3、2、1、はい!ぐぬおおおおおッ!」


気合い一発。背中全体で浮かせる。後ろから虎徹の叫びも聞こえ、猪の巨体が浮く。


「こ、腰が逝くぅ。こ、これも鍛練とお、思えばあああああ。」


一歩一歩踏みしめ歩く。三回目なのにまったく慣れない。


「あ゛!氷室広げるの忘れてた。」


そんな誰にも拾われない呟きを残し帰路に着くのであった。




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リドベルダンジョン

解放層第6層 森林

湖(大)湖畔




静けさを取り戻した湖畔に影二つ。二つの影の特徴的な造形。一つは兎、一つは豹か。豹が問い、兎が答える。


《どう見る?》


《私達だけだと少し厳しいわね。》


《片方だけなら?》


《私達二人対一ならあるいは。》


《どうする?》


《ここまでにしましょう。これ以上は報酬に見合わない。》


《賛成。帰ろう。》


拾われない呟きがもう二人分。

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