間話・飛べない鳥の流儀
グランノルツ ベルロージア辺境伯領 リドベルの街
冒険者ギルド ベルロージア支部リドベル分所
4番相談室
「知らない。」
「いい加減にしろ!知らないわけないだろう。」
何度目だろうか。この問答をするのは。内心、そうハゲタカはいらだつ。
売り出し中の5人組パーティー『グロミスの流儀』に、ダンジョン6層から救い出されたハゲタカ。僅か10日程の療養の後、直ぐ様ギルドに呼び出された。それ以降これである。
6畳ほどの部屋に、申し訳程度の明かり取りの窓が一つ。粗末な机と椅子が備えられ、机には小さなランタンが一つ。相談室改め取調室。それがこの部屋の別称だった。
「なら誰がお前に回復薬を飲ませ、転移階段近くまで運んだんだ?他に仲間がいたんじゃないのか?その仲間と共謀して、お前が仕組んだんだろう!」
ギルド職員の男は、まるで汚物を見るかのような冷めた目で、ハゲタカを見下しながらそう言った。
霧の中に死んだ女が現れ、自らの死体の元に誘った。そこには彼女と仲間の死体が綺麗に並べられ、内一人は生きている。噂が噂を呼び、様々な憶測が飛び交う。
ギルドが調べを進めると、数組のパーティーがダンジョンへの入場記録を残したまま、帰還していないことが判った。本来根無し草の冒険者。急に消えたところでどうということはない。遺体も残らずなどということも珍しくない。だが、消えたのは揃いもそろって実力の乏しい半端者達。更に、ハゲタカが入った同日に全員入場、6層での目撃情報も入っている。実しやかに付き纏うハゲタカへの悪評も手伝って、全ての黒幕はハゲタカ。それが、この取り調べという茶番を用意したギルド側の台本なのであった。
「どうやらお前のパーティーの解散が近かったそうじゃないか。それで仲間もろと
「あ゛あ゛!?仲間がなんだって!!」
譲れない物はある。
「ぐっ、仲間諸共、複数のパーティーをまとめて協力者と一緒に殺した!そうだろうっ!」
凄まれ言葉が詰まったが、職員は勢い付けて言い切った。
「ぶっ殺すぞッ!てめえぇええええ!」
ガチャッ
まるでハゲタカの激昂を待っていたかのようにドアが開いた。入ってきたのは壮年の男。白髪が交じり、顔には皺が浮いているが歩みに淀みはない。体躯も冒険者と比べても引けを取らぬほど引き締まって見える。
「まぁまぁ。落ち着け。どちらも。」
「ッ!分所長。・・・すみません。」
声を掛けた壮年の男を、ギルド職員の男はそう称した。
「あとは私が聞くから。君は下がりなさい。」
「え!?いえ、あの・・・私が・・はい。分かりました。宜しくお願いします。」
抗おうとしたが、表情を崩さぬ壮年の男に意思を感じ取り、職員の男は大人しく従い部屋を後にした。
「初めまして。レオナルド君。私はリドベル分所長のバランタインだ。」
そう名乗りながら彼は腰をかける。
「そうか。」
興味なさげにハゲタカは返す。
「悪かったな。不快な想いをさせたようで。あいつもまだまだ若くていかん。もう少し視野を広く持って欲しいのだが。」
「・・・・・。」
無言で睨むハゲタカ。気にせず続けるバランタイン。
「そう邪見にしないでくれ。我々も仕事だ。君も知っての通り、冒険者の失踪なんてよくあることだ。それに死亡も。冒険者の行動はすべて自己責任。本来であれば我々が関与するような事では無い。本来は。」
そう強調し、更に口を動かす。
「だが今回の件は噂が大きくなり過ぎた。霧の中のゴーストと並べられた4人の遺体。32人の同時失踪。たった一人の生存者。街場の酒場はどこもこの話題で持ちきりだ。領都の領主様が耳にするのも時間の問題だろう。ここの代官殿ぐらいならばどうとでもなるが、領主様となるとな。定例会議に呼ばれる私は、それなりの答えを持っておかねばならん。そういうことだ。頼むよ。協力してくれ。」
露骨な締め上げと泣き落とし。とも思わないこともなかったが、相手がここの最高権力者とあれば、ようやく終わりが見えるかと、ハゲタカは今一度応答することを決めた。
「何が聞きたい。」
「最初から全てだ。」
ハゲタカは語った。6層で狩りを行ったこと。9層の湿地にいるカエルが、6層の湖にも出現すること。運が悪いとバケモノ猪に遭遇することも添えて。報告が無かったことに嫌みを言われたがさらりと流す。
あの日も湖でカエルを狩っていた。すると冒険者に囲まれ命を狙われた。交渉したが、自分たちを殺すことも目的だった。仲間がやつらの凶刃に倒れ、自身も刺され倒れた。
次に目を覚ましたのは、転移階段近くの森の中。『グロミスの流儀』のヒーラーに回復魔法をかけてもらった時。隣をみれば仲間の遺体が並んでいた。手持ちの金を全部出し、俺と仲間達を地上に運んでくれと頼んでまた気を失った。
「これが俺の知る全てだ。」
ハゲタカは、まっすぐバランタインの目を見て言い切った。
「・・・なるほど。では回復薬は自分で飲んだのか?」
「俺は飲んでいない。グロミスのヒーラーが回復魔法をかけたんだろう。」
隙を探るような問いにも躱して応えるハゲタカ。手を組み肘を着き、体を机に預けジッとハゲタカを見据えるバランタイン。
「そうか。では君は消えた32人の行方も知らなければ、霧についても何も解らない。第三者の介入も見ていない。そういうことか。」
「そうだ。俺はあそこで死んだと思った。だが何故か今生きている。それだけだ。」
ふうと息を吐き、バランタインは背もたれに身を預けた。
「何もわからんか。・・・仕方ない。まずは現場の確認だ。襲われたのは6層の大きい方の湖の畔で間違いないな?」
「ああ。」
「わかった。長いこと拘束して悪かったな。これは俺からの報酬だ。」
そう言って、バランタインは銀貨1枚、ハゲタカに投げて寄越した。無言で受け取るハゲタカを見て投げた男は続ける。
「どうした?足りないか?」
「いや、十分だ。」
そう言ってハゲタカは席を立ち、部屋から去った。
入れ替わりに先ほどの職員が入ってきた。
「行かせてよろしいのですか?」
顎をさすりながらバランタインが問いに答える。
「何か知っているだろうが、あいつはこれ以上何も話さないだろう。置いておくだけ無駄だ。ボロを出すとも思えないが、何人かつけとけ。ただし、無理はさせるな。命をかけるほどのことじゃない。」
「後、6層に関して警戒情報を掲示しておけ。未確認の脅威有り。不用意に立ち入るな、とな。」
「わかりました。」
そう言うと職員はバランタインを置いて部屋を後にした。
「やれやれ。・・・やはりここのダンジョンは何かおかしい。だからもっと調査しろって言ったのによぉ。中間管理職なんてなるもんじゃねぇぜ、ったく。」
そんなバランタインのぼやきを聞く者はいない。
--------
「『グロミスの流儀』に指名依頼が来ています。」
彼等がギルドに顔を出したとき、受付嬢が声をかけた。
「指名依頼?誰からだろう?」
エルフの女がいち早く反応する。
「詳細はこちらです。」
一枚の紙を受付嬢は差し出した。
「ん?レオナルド?誰だろ?」
そんな名を持つ知り合いなどいない。全員で首をかしげていると背後から声が掛かった。
「俺のことだ。」
「うげっ!ハゲタカ!」
驚きから咄嗟にキャッテルの男から声が出る。
「人をバケモノみたいに言うな。」
「もう動いて大丈夫なのかよ。」
「動くだけなら問題ない。墓参りぐらいはできる。」
事もなさげに伝える。
「そうか。」
察してキャッテルの男のトーンが下がる。
「残念だったな。」
リーダーが代わり後を継いだ。
「ああ。だが、ちゃんと墓を作って弔うことができた。お前達には感謝している。この通りだ。」
そう言って頭をさげるハゲタカ。
「気にするな。それに俺達はお前から依頼として受けたんだ。頭を下げられる謂われは無い。」
「ああ、そうだな。だがありがとよ。」
「どうしたの?ハゲタカァ。いつもはもっと皮肉たっぷりなくせに。らしくないよ!」
沈んだ空気を持ち上げようと、エルフの女がトーンをあげる。
「うるせぇ。ほっとけ。それでどうだ?受けてくれるか?」
リーダーが依頼書に再度目を落とす。
「内容はリドベルのダンジョン6層までの護衛。期日は準備でき次第。報酬は応相談。とあるが?」
「そのまんまだ。俺を6層まで連れてってくれればいい。転移階段までついたら依頼完了だ。帰りは必要ねぇ。報酬は金貨1000枚。」
「いっせんまいいいい?!」
今まで黙って聞いていた眠そうな女が目を見開いて声を張った。
「あんた何言ってんの?たかだかの護衛に、そんな馬鹿げた報酬額なんて聞いたこと無いよ!?余裕で街の中に家立つよ!?」
「うるせぇな。てめぇそういうキャラじゃねぇだろうが。コツコツ貯めたんだよ。それに俺なりの礼だ。報酬は先払いでいい。万が一、俺が辿り着けずに死んでもそのまま持ってけ。」
「6層に行ってどうする。まだろくに槍も振れないんだろ?」
リーダーが聞く。
「教える義理もねぇが、まぁいい。少し礼をしたいやつがいる。」
「死ぬ気か?」
無口な男がボソリと漏らす。
「お前らにゃ関係ねぇ。」
「「・・・・・・。」」
皆が無言になった。リーダーが意を決し皆に問う。
「俺は受けようと思うが、皆は?」
4人はそれぞれ頷いた。
「ありがとよ。あまりにも嫌われすぎて、お前らが受けてくれなかったら、他の支部にまで依頼を広げようかと考えてたところだ。」
辺りを見渡せば、嫌悪や疑惑、興味本位だけの冷めた視線がハゲタカに集まっていた。
「出発はいつにする。」
「俺はいつでもいい。別れはもう済ませた。」
「そうか。では、この後、昼の鐘がなったら出発しよう。集合は東門で。」
「ああ、それでいこう。」
ハゲタカは受付まで行くと、預金を全て引き出し、僅かな金だけポケットに忍ばせると、残りを全てリーダーに押し付けた。「じゃ、後でな。」それだけ言い残し、槍を杖代わりに脚をやや引き摺りながらも、下を向かずしっかと前を見据えて出ていった。
その後ろ姿は、ギルドにいた全ての者の目を惹き付けたが、誰一人声を掛ける者はいなかった。
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