Ⅲー11
暗くなった周囲を俺と虎徹が鬼火で照らし、二鬼と一人でお社の前に向かい立つ。俺が一歩前で、身構える。
《「カミサマ」呼ぶ。気を持て。強く。》
ちらりと振り返って見れば、両肩を
・・・おまえ。漏らしても知らねーぞ?それじゃあ身をもって経験してもらいましょ。
2拝2拍手1拝
「畏れ多くも御日那様に言上
しばしの静寂
すると、お社から道を作るように、朱色の火の玉が一つ二つと順に灯っていく。狐火だ。俺達を挟み、後方まで。ぽん、ぽん、と続いて灯る。やがて増えるのを止めた狐火は篝火に姿を変え、辺りを幻想的に照らし始めた。
ずしり。
圧を受け身体が強張る。一際大きな狐火がお社の入り口を挟んで二つ。ボン、と突如大きくなった狐火が萩月さんと涼ちゃんの姿を象る。それと同時にお社の入り口に
凜とした涼ちゃんの声が鳴る。
「此度の願い。日那天美様は受け入れられた。お越しになる。心せよ。」
継いで萩月さんの声が響く。
「日那天美様。御成ぁ~り~。」
頭を軽く下げその時を待つ。
空気が変わる。唐突に身体を襲う暴風の如き圧。膝を折り、手で支えたくなるのをぐっと堪える。三度目だが未だ慣れない。
後ろは大丈夫だろうか?チラリとみれば、虎徹は俺と同じく頭を軽く下げ立っている。レオナルドは片膝を付き、地面に頭を付けていた。気は失っていないようだが苦しそうだ。・・・だから言ったじゃん。
「面を上げよ。」
前から艶やかな声が奏でられた。俺はすっと頭を上げる。御簾の隙間から朱色の袴が見える。お出でになられたようだ。もっともこの圧を感じた時点で分かっていたことだが。
「琥珀や。毎度そう畏まらんでもよい。敬ってくれる気持ちは嬉しく思うがな。」
「お心遣いありがとうございます。この度は初めての者がおりましたので、こう、礼儀は必要かと思いまして。」
「ほんに人は好きよな。いや、もう鬼であった。
何やら愉しそうに笑っている。ご機嫌は麗しいご様子。
「それと夜分にお呼びだてして大変申し訳ありません。気が逸りまして。」
「よいよい。慶事はいつであっても構わぬ。それに妾に早う会いたかったのであろう。ならば逸る気に抗うは詮無きことよ。ホホホホ。」
うーん。もふもふフォンでの言い訳が利いてるらしい。ナイスだぞ俺。
「はい。お声が聞けて、大変嬉しくも思っております。はい。」
「であるか。ほほほほ。」
萩月さんと涼ちゃんがニヤついてる。くそ。日那様から見えないからって愉しみやがって。
それで、と仕切り、ちっちゃくなってぷるぷる震える彼を紹介する。
「こちらがこの度仲間となる人間です。いかがでしょうか。」
「ふむ。」
見定めているのであろうか。少し間が空いた。
「小鬼となるであろうが、充分に変化に耐えられよう。問題あるまい。」
「そうですか。」
ほっと胸をな撫で下ろす。気になることがあったので更にお伺いを立てる。
「ちなみに、彼のような人間は、他の神の眷属なのですよね?勝手に眷属を鬼にしてしまって諍いは起きないのですか?」
「もっともな疑問よな。確かにやっていることは他の神の眷属を奪っているようなもの。しかし、眷属の営みが既に完成しているこやつらの神にとっては、端の端のそのまた端のあまりに小さきこと。毛ほどの先も気に留めまい。無理矢理にとあらば僅かばかりも気にする可能性もあるが、その程度。妾はそう思っている。何より此度の件は妾の預かったダンジョンの中での事。万が一にでも文句をつけて来ようなら、妾に任せた創造者に言えと突っぱねてやるわ。ホホホホ。」
頼もしいことで。
「分かりました。心配事が晴れました。ありがとうございます。」
「フフ。気遣ってくれて嬉しいぞ。琥珀。些事に構わず己が道を進むが良い。妾が常に見守っておるゆえな。」
「はい。」
「時に琥珀。先にも言ったが
「そっちの気は微塵もありません。」
嫉妬みたいな気を見せたり、子を作れと言ってみたり忙しいな、おい。
「考えてはおりますが、こればかりは無理に連れてくる訳にはまいりませんので、ご容赦ください。」
「分かっておる。冗談じゃ。ホホホ。どれ、それでは鬼への転属。始めるとするか。萩月。」
「畏まりました。」
好き勝手にからかって気が済んだのか、萩月さんを促した日那様。萩月さんがレオナルドに近づく。
「手筈は虎徹の時と一緒ですか?」
「ああ、大体一緒だね。一度死んでもらい魂を切り離し、鬼に作り替えた身体に定着させる。この場でやるから離れずとも済むよ。」
「彼に説明します。少々お待ちください。」
訳も分からず進められるのは不安があろうかと、萩月さんに確認を取り、教えることに。未だうつむくレオナルドに声をかける。
《始めるぞ。いいか?大丈夫か?》
《あ、ああ。小便どころかクソ漏らすかと思ったぜ。すげぇな「かみさま」ってのは。》
そう言って上げた彼の顔は引き攣り、たらたらと脂汗が流れていた。
強がりながらぷるぷる震えている彼を見ていると、ほんとに我慢の限界を迎えている脱糞5秒前に見えてきたが、それは心の内に閉まっておいた。俺は空気を読む男である。
《これからお前は死ぬ。その後、鬼になる。いいか?》
《そうか。わかった。本当に生まれ変わるんだな。・・・なぁ、その死に方ってのは選べるのか?》
「涼竹さん。彼が死に方は選べるか?と。」
「うん。要は魂を剥がしやすくするだけだからね。要望があれば考慮するけど。」
《できる。死ぬが大事だ。》
《そうか。そりゃいいな。》
そういうとレオナルドは俺と萩月さんの間を割り、ずいとお社の前に出た。おい、と止めようすると、彼は地に膝をつき頭を垂れる。
《「カミサマ」お初にお目にかかる!俺の名はレオナルドだ。俺を受け入れてくれて感謝する。そこであんたに俺のヒュマノとしての最後の戦いを奉納したい。相手はコテツ。どうせ死ぬなら一度ヒュマノとして挑んでみたい。どうだろうか。認めちゃくれねぇか。》
そう日那様に向け言い切った。
ったく。しょーがねーな。
「御日那様。彼が、どうせ一度死ぬなら虎徹と戦いたいと。それを御日那様に奉納すると申しています。いかがでしょうか。」
「ほう。」
日那様がそう漏らし、涼ちゃんの目がギラリと光る。いや、そっちは反応しなくていいです。
「虎徹どうじゃ?受けるか?」
「ああ、受けよう。」
大太刀に手をかけながら答える虎徹。
「そうか。ならばよい。それで憂いがなくなるならば、存分に死合うがよい。」
《戦い、許された。好きにやれ。》
《ありがてぇ。恩に着るぜ、「カミサマ」》
そう言って彼は立ち上がり、虎徹を見据えるのであった。
お社に寄り、場を二人に明け渡した。篝火に照らされ、向かい合う二人。
《お前があの猪をぶった切った時、思わず目を奪われた。俺は・・・いやいらねぇな言葉は。》
レオナルドが槍を構え、虎徹が大太刀を抜く。
《来ねぇか?ならこっちから行くぜ。》
レオナルドが仕掛けた。槍を突く。突きの連撃。
躱し、刀で逸らす虎徹。
やがて間合いを奪い合う、牽制の打ち合いが始まる。相手は槍だが、懐の深さは虎徹も負けていない。火花が飛び交う小手調べ。
すっとレオナルドが間合いを広げた。
《後はねぇんだ。出し惜しみ無しだ。》
《
槍の穂先を地面に擦らせながら振り上げると、何かが地を走った。
「何だあれ!?」
「恐らく種族特性を用いたものじゃないかな?見る限りだけど、詠唱無しに魔力を斬撃に変換してるっぽい。消耗も激しそうだけど。」
俺の問いに涼ちゃんがすぐさま答えてくれた。
地を這う斬撃を躱した虎徹を、次の斬撃が襲う。更に避ければ次が来る。堪らず仕切り直しと、後方に飛んだと同時にそれは来た。
《
虎徹の着地と同時に、一足飛びでは届かぬ距離を瞬きする間に詰めたレオナルドが、高速の突きを撃ち抜く。虎徹が身体を捻るが間に合わない。
ギャリンン
虎徹の『
見越していたか、レオナルドが至近距離ながら、上体のみ引きながら槍を振り抜く。虎徹も体を戻し、振り切られる前に刀で弾く。そのまま至近距離での応酬。共に己の間合いでは無い。だが、頭を振り、身体を捻り、足を巧みに動かし、共に打ち合い捌き合う。そして武器を合わせて力比べ。一気に虎徹が押し退けた。はじかれるレオナルド。
《力じゃ勝てねぇな、さすがに。それに固い。》
そう言い放ち、もう一度構えるレオナルド。ふうううと息を吐いた。目に力が増す。何かやる気だ。
今度は虎徹が踏み込んだ。そこに地走りを合わせるレオナルド。今度は前方に向けて避けていく虎徹。打ち込まれる地走り。
異変に気付く。地走りの速度が微妙に違う。誘導されている?
《
交差する空飛ぶ二連斬撃。地走りより速い。
「うぉおおあああッ!」
意を決し、斬撃を迎え打とうと半身下段に構え、吼える虎徹。
《瞬牙》
喰牙の衝突に合わせ、放たれる瞬牙。
刹那
交錯
十字に裂かれた虎徹の着物。飛ぶ血飛沫。切り上げられた大太刀。
砕かれた穂先。噴き出す血流。飛ぶレオナルドの左腕。
間を置かず、反転する虎徹。後ろ姿の肩口へ振り下ろす。
ザグンン
勝負有り。
崩れるレオナルドを虎徹が受け止めた。言葉は無い。目で語り合うかのように互いを見ていた。
「互いに見事であった。」
日那様が死合いの終わりを宣言した。すると萩月さんが動き、レオナルドを受け取る。彼を横たえ、そこに青紫色に淡く光る魔核を乗せた。何やらぶつぶつと小声で唱え、
「彼がこの中から出てくれば鬼になる。時間はしばらくかかると思うよ。」
「そうですか。ありがとうございます。虎徹もお疲れさん。」
「ああ、良い戦いができた。」
「いちお、及第点を上げておくね。いちお。」
師匠の声に悪寒が走った。きっと虎徹も同じだろう。
「これで三鬼か。順調に来ておるな。善きかな善きかな。」
御簾が上がり、日那様が顔を出す。
「あれ?御簾から出て宜しいので?」
「ん?別に構わぬであろう。雰囲気じゃ雰囲気。安い神とも思われとうないしの。ホホホホ。」
左様で。
「この先は何とする?琥珀。」
「そうですね。レオナルドを進化に導きながら、まずはこの層の全てを把握し、この層の一番の強者になりたいと思います。それと、彼が話してくれれば外の世界の情報も入るでしょうし、冒険者達への対策も考えて行こうかと。」
「そうか。思うようにやるがよい。」
にこりと笑い頷く日那様。
「はい。それと萩月さんにご協力を仰ぎたいのですが。」
「僕に?なにかな?」
「実は酒を作りたいと思っています。ご助言頂けないかと。」
「なるほど。確かに娯楽も必要かもね。助言ぐらいなら構わないよ。」
「ありがとうございます。ジャガイモが手に入りましたので、アクアビットに挑戦してみようかと思ってます。」
「ん?北欧のお酒だっけ?なんでまた?日本酒作りなよ、日本酒。」
「米ないっす。」
「あ、そうだね。忘れてた。」
相変わらずな萩月さん。ま、そのうっかりに救われることもある。期待しておこう。
「酒か。良いな。いつか社の前で、増えた鬼の子達と酒宴を開きたいものよの。」
「いいですね。それ。祭りのようにパーッと騒ぎたいですね。」
「フフフ。そうだの。琥珀と歩む未来に、そのような時が訪れることを首を長くして待つとしよう。」
遠い未来の光景を想像してか、うっすら目を細め日那様が微笑む。
「その時は奉納試合もやろー!もちろんぼくも出るよー!」
虎徹と共に顔が歪む。それ試合じゃないよね。死合いだよね。
明るい未来の話題に花が咲き、笑い合う神とその眷属達。その光景の中心にあった琥珀は、いかに困難があろうとも必ず明るい未来を作り上げる。そう決意を新たに、愉しげな光景を目に焼き付けるのであった。
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