Ⅲー7

俺は、俺達は地獄を見た。いや地獄を味わった。鬼だ。鬼がいたのだ。いや俺も鬼だが。


その日から鬼こと涼ちゃんの指導が始まった。


渡された刀を使い、まずは素振りから。腕がダメ、脚がひどい、と動きの悪い箇所を体中木刀で叩かれた。これがまた鋭くて痛い。避ける間もなく叩かれる。ところ構わずドスンと響く。


バチン


「はーい。今度は力みすぎー。だめー。」


今度は肩だ。こんな抜けた合いの手と共に重い一撃。調子が狂う。




次は真剣を使っての打ち込み。虎徹とお互いの剣を受ける。涼ちゃんの自慢の一品だからこそできる芸当だ。もちろんここでも。


バチンバチン


「攻める方も、受ける方もだめー。そんな振り方したら次に繋がらないでしょー。一撃で決めるって言ってもちゃんと残さないと。受ける方もそんな固くなってどうすんの。受けに9、次に1。相手の攻撃を見て配分考える。はい。やり直し。」


ひたすら木刀でしばかれる。




そして次が徒手空拳。「武器がいっつもあるわけないじゃーん!」と言われ、必須だと組み込まれた。これがなかなかにきつい。なにせ相手は涼ちゃん直々。


「殺す気でおいでー。」


とにこやかに言われた。最初、いくらなんでも殺すわけにはと手を抜いた。すると瞬きする間に足を踏み抜かれ、顎をかちあげられ、あばらを折られた。


「君たち如きにぼくが殺せるわけないでしょ?いいから死ぬ気で殺しにこい。」


凄まれた。ゆるい涼ちゃん帰ってきて。次の虎徹は最初から全開だ。ずるいぞ虎徹。そして涼ちゃんはそんな虎徹の拳を、躱す、逸らす、いなす。終いには正面で受け止める。衝撃でやや体は下がるも受けた型はまったく崩れない。虎徹君て岩割ったよね?その後、虎徹も悶絶して転がった。


どうやら涼ちゃんとは隔絶した力の差があるようだ。そりゃそうか。なんと言っても神様の近衛だものね。前に萩月さんが簡単そうにと言ったことを思い出した。赤子の手どころか塵を吹くようなものなのかもしれない。


指導は多岐に渡る。殴る蹴るからはじまり、受け方躱し方、投げ技に絞め技などなど。もちろん体で覚えさせて頂いております。




そして締めは、真剣での立ち会い。相手はもちろん涼ちゃん。「せっかくだから着物脱ぎなよ」、とは涼ちゃん談。理由を聞くと、「だってリスポーンで着物付いてくるんだから予備ができるよ。」とのこと。死ぬのは確定らしい。始まる前にも有り難いお言葉を頂いた。


「次に手を抜いたら、生きたまま脳みそ掻き出すから。」


烈火の如く攻め立てた。脳みそは出されなかったが、俺の魔核が引き抜かれた。勿論生きたまま。


「(あ、俺の魔核、青紫だ。)」


と思ったら両目を切られ視界が無くなり、最後に胸を貫かれた。






意識が戻り、ガバリと起きる。辺りは夜だった。周囲を見渡すも虎徹の姿はない。きっと俺の後に殺されたに違いない。死の直前の光景が甦り、冷たい汗が噴き出す。思わず呟いた。


「なんじゃ、ありゃあ。」


小刻みに震えていると、周囲から光る粒子が現れ、集まっては虎徹を象っていく。リスポーンの瞬間初めて見たなぁと、ぼーっとしながら見ていると、光が収まった瞬間ガバリと虎徹が起き上がった。よく見ると虎徹も震えていた。何されたの?と聞いてみると、四肢を折られ角を折られ、顔面をひたすら潰されたらしい。何それ怖い。


ふと地面に落ちている半紙に気付く。かわいらしい文字で、


「御日那様に頼んでしばらくの間、リスポーンの時間半分にしてもらったよ。毎回死ぬと時間ズレちゃうから。がんばろうね♡」


と書かれていた。やはり毎回死ぬらしい。初日にしてこれである。怖い。すでに怖い。死にたくない。虎徹と一緒に震えて眠った。




それからというもの死に物狂いで鍛錬に打ち込んだ。いや、死にたくない狂いで打ち込んだ。まぁ結局死ぬんですけどね。あるときは目を潰され、あるときは喉を潰され、あるときは腸を引き出され、あるときは陰部を切り落とされた。


ある日、少し気を紛らわそうと、鬼の魔核が青紫だったこと、俺は味がわからないんだ、と話を振ってみた。


「なんかね、御日那様が昔、山で食べた山葡萄なんだって。色も味も。きれいだよねー。」


との返答。その日、先に挑んだ虎徹から引き抜かれた青紫の魔核が、俺の口に拳ごと無理矢理突っ込まれた。大変甘酸っぱくございました。






とまぁこんな地獄の日々だが7日に1度癒やしが訪れる。萩月さんの日だ。萩月さんは褒めて伸ばすタイプらしい。


「へぇ、いいじゃない。だいぶ様になってきてるよ。自信持ちなよ。」


地獄の日々に差す救いの月光。それは萩月。


基本的にこの日は6日間のおさらいに当てる。なので雑談する余裕もある。とりあえず、一番気になっている事を聞いてみる。


「え?涼竹のこと?ああ、驚いた?戦いのことになると結構激しいでしょ?」


結構どころじゃないっす。


「うん。昔からあんな感じ。好きなんだろうね、単純に。武器や防具なんかも彼女の担当だし。」


生粋の戦闘マニアですか。そうですか。ついでに食糧事情の改善について知恵をもらう。


「なるほど。炭水化物ね。あるよ?この階層にも。今はなかなか時間取れなさそうだもんね。じゃあちょっとヒント。花の下掘ってみたら?フフフ。」


さすが癒やしの萩月。話がわかる。最後に改善提案。


「ああ、太陽と月ね。確かにそうだね。時がわからないか。まぁ実態はなくとも見せかけだけで良いか。・・・うん。今度御日那様に提案しとくよ。なにか気付いたことがあったらまた教えてよ。」


「え?南はあっち?大事なことなの?そう。まぁ覚えておくよ。」


ふう。完璧。お返しにとアドバイス?された。


「神様の嫉妬は恐ろしいよ?気をつけてね。フフッ」


何それ超怖い。




萩月さんの日は死なずに済む。なので早速花を探しに行く。流石の虎徹も、鍛錬とは違うことがしたいらしくブラブラと付いてきた。花と言えば、放電猪の好物であるキノコの生えた林を下った先にある花の群生地。


さっそくやってきて花の下を掘る。こ、これは。


「じゃがいもー!」


小躍りした。ついに時代は農耕の時代へ。帰って畑作らなきゃ。まずは土作りからと思いを馳せていると、早速虎徹が土を払って齧り付いていた。


「うまくはないな。」


「ちゃんと茹でるなり焼くなりすればかなり旨いよ。肉の付け合わせにも相性抜群だ。腹も膨れるし。」


食料面も一歩前進。






そして、涼ちゃんとの修行も25日目。癒やしの日を越えた翌日である。


俺と虎徹の着物のストックは順調に24着になっている。何本かはダメになったが刀も20本程である。


この日も最後の手合わせを行っているが、なかなか殺されない。いくらかは成長して少しずつ時間が延びてはいったのだが、これは別な意図がありそう。結局二人とも殺されずに終わった。


「はい。二人ともここまでよく頑張りました。はなまるー。もうすっかり意識の改善ができたね。もう甘えは見られないよ。あとは基本を忘れずに鍛錬を続けること!もちろん実戦も交えてね。これにて涼ちゃんの指導は一旦しゅーりょー。パチパチー!」


二人して腰が抜けた。もう死ななくて済む。拷問のような痛みを味合わなくて済む。ああ、昇天しそうだ。


「ただし。次に見たとき巫山戯ふざけた戦い方してたら、自分のキ○タマ喰わすから。」


縮み上がった。




直立不動でお礼を伝え、涼ちゃんと別れた後、飯を食いながら虎徹と話し合う。


「さて、今後どうするよ?」


「せっかくだ。強いヤツと戦いたい。」


「確かにな。それにいい加減ここらの並みのモンスターじゃ魔核の質も不十分だろうし、となると・・・」


候補を頭に浮かべる。まずは放電猪。あれは間違いなく強そうだ。それと虎徹が見た山の上のバッサバッサ。これらよりやや劣りそうなのが火吹き馬の群のボスらしき大きな個体。前に馬を倒したときは、群から離れた個体を狙ったのだ。あと、未確認ながらゴブリンの巣の奥に強いヤツがいるかもしれないとの事。いつもたどり着けなかったらしい。持ってる情報の中ではこのぐらいだ。あとは未探索のエリアがどうか。


「近場で狙うなら猪か。」


「ああ。いいではないか。そうしよう。」


俺のつぶやきに虎徹が応える。


「今から行ってみる?ただ、前に見かけたときはもう少し早い時間だったから、空振るかも知れんけど。」


「別に構わん。特に急ぎの事もないだろう。」


「じゃ、飯食ったら行ってみますか。」






飯の後に東に向けて出発。キノコの林を目差す。道中お互いの種族特性について確認し合う。二人ともそれぞれ鍛錬を続け、精度は上がってきている。俺の『枯れ尾花』は、速度を出して移動させても崩れることはなくなった。ただ、動きを再現するときに少々のぎこちなさが残る。ぱっと見ではわからないとは思うが。虎徹の『巌力』も発動速度が上がっている。戦闘時に狙われた箇所を瞬時に防御なんてのも可能だろう。ちなみに涼ちゃんは、この巌力によって強化された箇所を貫いていた。慢心ダメ。絶対。


そして林に到着。やはりキノコをほじくり返した後がある。欠かさず来ているとみていいだろう。明日辺り張ってみるか。ついでにヤツの散歩コースを辿ってみる。林を抜け、じゃがいもの花畑を越え、小高い丘をいくつか越える。すると聞き慣れない喧噪が耳に入り始めた。




虎徹と二人様子を伺う。どうやら40人前後の冒険者がいるようだ。


「冒険者だな。」


虎徹に確認を取る。


「うむ。争っているように見える。」


たしかに少数を多勢で取り囲んでいるように見える。すると少数に見覚えのある頭が見えた。


「あれ、槍使いじゃないか?あの頭肌色で囲まれてる方。」


「ぬ?確かに。そう見えるな。」


突然5人が走り出した。槍の男が多勢の一人を突き刺したのがわかる。冒険者同士で殺し合いかよ。どうやら少数は突破を図るらしい。


もう少し近づいてみる。なんとなくだが、大勢の方は大した装備を着けてない。装いもバラバラだ。官憲って印象は持てないな。むしろ悪人面だ。あのニヤケた表情は知ってる。他人をけなして悦に入るクソ顔だ。


槍使いは自分が壁になって皆を逃がす心づもりらしい。だが完全に多勢に無勢だ。すぐに追っ手が走って4人に襲いかかった。


ああ、前に見た荷物持ち達がやられた。まともな武器も持ってないのに。くそ。なんだあれは。ただの虐殺じゃねーか。無性にイラつく。


「どうする?」


虎徹に振ってみる。


「やるのか?」


質問で返ってきた。


「なんか気に入らない。」


「奇遇だ。俺もそう思っていた。」


うん。気が合うね。


「一応確認だけど、どちらに付く。」


「愚問だ。」


「よし!じゃあ槍の方ね。」


戦場を見ると槍士側の女が斬られ、同じく大男も滅多刺しにされた。


一気に丘を駆け下りる。走りながら力を練り込む。


くそ、槍士が刺された。


間に合えッ!槍士を中心に霧を発生させる。


uuuuuuuGAAAAAAAAAAAAAAAA


虎徹の咆哮が聞こえる。どうやら相棒は相当お怒りだ。気持ちはわかる。俺も虎徹が槍士にやられた時、無性に腹立たしくなった。しかも今回は多勢に無勢の巫山戯た状況。憤懣ふんまんやるかたないとはこのことか。


突如霧に包まれるという異常事態に冒険者が騒ぎ出す。


霧に紛れ、一番近い冒険者に近づく。相手は男だ。初めての人殺し。存外落ち着いている。色々経験し過ぎていよいよ心も人外になってきたかな。力み無く刀を振りかぶる。安心しな。大して痛みは感じさせずにってやる。痛みの出る方法は散々知ってるけどな。


一閃。


男の首が落ちた。


次。女だ。


心臓を一突き。


力なく膝から落ちる。


俺の周りの喧噪が収まっていく。




《ぎゃあああああああああああ》


《や、やめえええええええ》


《いだいいいいい、たすけっ》


逆に相棒の方は賑やかだ。




なんだこいつら。全然大したことない。誰一人向かってこない。烏合の集かよ。寄ってたかって袋だたきか。腐ってんな。心が冷えていく。


作業のように一人、また一人と首を落とす。あちらでも悲鳴は上がり続けている。時折狂ったように火の玉や土塊つちくれやらが飛んでくる。適当すぎて味方に当っている。邪魔くさいな、先にやっとこう。発射先に向かってトーンと飛び、見事に真下にいたのでそのまま頭からまっすぐ切断した。




あらかた狩ったか。残りの気配は虎徹と中心の二人。霧を晴らす。そこには力なく膝を着きうなだれる槍士と、冴えないおびえた剣士が一人。それと返り血で真っ赤に染まった憤怒の鬼が一鬼いっき。他は例外なく地に伏している。息のある者はいない。剣士がおびえながら「なんだおまえらは!」とかなんとか騒いでいる。


「うるせえな。鬼だよ。クソ野郎。」

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