間話・鷹墜ちて鬼吼える

リドベルの街

とある酒場




その日もハゲタカこと、レオナルドは行きつけの酒場で一人安酒を愉しんでいた。グラスを片手にぷかりと煙草をふかす。彼にとっての安らぎの一時ひととき。喉に詰まった日常のクソも酒が押し流してくれる。そんな気がしていたのだった。


酒場の入り口が開き、男女が一組入ってきた。大柄な男と小柄な女。格好を見るに冒険者。


「レオナルド。」


くいとハゲタカは顔をあげる。見知った顔だった。


「二人揃ってどうした?ここに来るなんて珍しいな。」


パーティーを組んでいるゴーラとシェリー。


「少し話があってきたんだ。いいか?」


大男が切り出し、ハゲタカは無言で椅子に促す。


「悪いな。くつろいでるとこ。」


「構わねぇよ、どうせ一日こうしてぼーっとしてんだ。何かあった方がつまみにならぁ。」


二人の詫びに、気にするなと手を振り答えた。


「で、何かあったか?」


「あぁ、実はな。えーっとそのなんだ。まぁ何というか・・・」


大男であるゴーラのなんとも煮え切らない態度に痺れをきらし、隣に座るシェリーが代わりに口を開く。


「私たち一緒になろうと思ってるの。」


そうか。ついに決めたか。いづれそうなるだろうとは思っていたハゲタカに、大した驚きはなかった。祝いの酒でもだしてやるかと思っていた時。


「それで、冒険者をやめて、どこかで家を建てて静かに暮らそうって相談してたの。」


出かけた言葉が一瞬詰まった。


「お、おう。そりゃめでたいな。」


ようやく絞り出したのはそんな言葉。


「すまん。レオナルド。俺達が冒険者としてまともに食えるようになったのはお前のおかげだ。本当に感謝している。」




ハゲタカは二人と出会った頃を思い出す。


あれはどこの街だったか。それぞれソロであぶれていたところに声を掛けた。みすぼらしい装備に身を包んた冒険者を狙った。当時は二人ともガリガリに痩せていて、食えていないのが一目で分かったものだ。


飯にさそい、腹一杯食わせてやった。二人とも泣きながら食っていた姿が目に浮かぶ。話してみると、二人とも俺と同じ孤児。あらためてパーティーを組まないかと誘った。自身も一人での活動に限界を感じていた頃だった。懐かしさが込み上げる。




眼を細めて、思い出をぐびりと酒で流し込む。


「そうか。祝福するよ。光神に二人の幸せを願おう。俺が光神に願い事するなんざ久々だ。きっと御利益あるぜ。感謝しな。」


胸に広がる喪失感に堪えながら、平静を装いそう言った。


「祝福してくれるか、ありがとう。正直怒鳴られるんじゃないかと思ってたんだ。ハハハ。」


「レオなら大丈夫だって散々言ったのに。ほんと気が小さいんだから。」


二人は安堵したのか笑いながら見つめ合う。


「(また独りか)」


そう内心で独りごちる。


クソみたいな路地裏から這い出して、人のやらねぇ薄汚ねぇ仕事を山ほどやって小銭をかき集めた。時には同じクソ共に襲われ金を奪われたりもした。ようやく貯まった金で買った一本の使い古された槍。それが俺の冒険者としての始まり。


愉しげに仲間と笑いあう同業者達を尻目に、独りでがむしゃらに稼いでやった。ダンジョンは稼げる。そう聞いて潜った時だったか。複数のモンスターに囲まれ命からがら逃げてきた。ダンジョンの外や、なら事前に察知して逃げ切ることも容易だ。だが、開放層を繋ぐはそうはいかない。死角から現れることもあれば、挟まれることもある。そう、独りの限界を感じたのはこの頃だ。


出会った二人は、俺と同じように血反吐を吐きながら這い上がった苦労人。気が合うのは当然だった。失敗も沢山やったが、三人で走り回って稼ぎまくってやった。生きてる事が愉しいこと、なんて思えたのはこいつらのおかげだ。そんな二人が幸せを掴むのだ。心から祝福しよう。だが、寂しさは当然ある。家族なんてものは知らねぇが、きっとこんな感じのことを言うんだと思ってた。


想いをしまい込み、二人に向かう。


「で、どうするんだ?いつ引退する。」


「ああ、それなんだが、正直もう少し稼いでおきたいと思ってるんだ。」


「私たちは家を建てたりするのに入り用だし、レオだって貯めておけば繋ぎの間少しは楽でしょ?」


シェリーも追従する。


「まぁそうだな。」


当然だと肯定する。


「どうだろうか。暫く様子見していた6層の湖でのカエル狩り、再開しないか?」


考える。


「(確かに暫くパーティーを組んで狩ることもなくなる。バレたところで俺達の懐は痛まない。湿地より安全に狩れる上、ライバルはいない。断る理由はないか。最後に荒稼ぎといこう。)」


そう決めた。


「ああ、いいぜ。」


「そうか!ありがとう。なら乾杯と行こう。おやじさんワイン2つくれ。」


一人は二人の結婚に。二人は一人の前途が晴れることを祈り乾杯をするのであった。




-------- 




それから彼等はあまり間を置かず、カエル狩りに勤しんだ。


雇う荷物持ちは口の堅い、いつもの二人。この二人は彼等が金払いがいいからと慕っている。冒険者も聖人から悪党までピンキリである。荷物持ちとしても、掴んだお得意様は離さないのが鉄則である。


6層までの道のりがおよそ3日。往復で6日。休みを1日。1週間で一体の計算である。9層の湿地まで行けば更に3日は余計にかかり、しかも確実に狩れる保証もない。彼等は着実に稼ぎを増やしていった。




目標の金額までもう少し。




ついに彼等に見つかった。




「ゲッハハハハァ!ハゲタカぁ。ようやくしっぽを掴んだぜぇ。」


ハゲタカ達がカエルをしとめ、解体をというところで下卑た笑いが突如響いた。


「チッ。とうとう見つかったか。」


声の主を想像し、振り返るハゲタカ。案の定、その場にいたのはあの粗野な冒険者とその仲間。


「こんな裏技使ってやがったとはな。どうりで稼げるわけだぜ。独り占めしやがってよぉ。」


「まぁな。別に他のやつらに教える義理はねぇ。」


「ゲッハハハハァ。確かにな。おめぇの言う通りだ。」


「俺達はもう狩り終わった。後は勝手にやんな。」


ハゲタカは仲間に向き直り、帰りを促す。


「おっと待ちな。それも置いてけや。」


「あ?抜けたことほざいてんじゃねぇぞ。」


「抜けてるのはどっちかねぇ。おい。」


そのかけ声に応え、木陰から、岩場の影から、男女問わず複数の冒険者達が姿を現わす。どの顔もニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。装備は一級品のそれでなく、どれも貧相なものが多い。食い詰めの冒険者。そんな印象を持たせる。


「で?なんだってんだ?」


ゴーラやシェリーは身構えるも、ハゲタカは何食わぬ顔で返す。だが、心中は穏やかではない。ざっと数えてその数30。まともにやったら勝てない。どうするかと必死に頭を働かせる。


「へっ。強がるなよ。勝てるわきゃねぇんだからよ。わかってんだろう?」


「・・・チッ、わかった。こいつはやる。それでいいな。」


「そうそう。わかりゃあいいんだ。何事も引き際は大切だぜ。」


「なら俺達はもう帰る。いいな。動くなよ?」


仲間を見ながら後退る。


「そう急ぐなよ。おめぇさっきいいこと言ってたな。他のやつらに教える義理はねぇ、だったか。いやほんとその通りだわ。」


「だからここで死んでけよ。」


「ああ!?」


ハゲタカ達が一気に身構える。それに呼応し、取り囲む悪党共も武器を取る。


「てめぇらが死んだらここは俺達で独占だ。それにおめぇら随分と嫌われてるな。声を掛けたらすぐに集まったぜ、こんなによ。ゲッハハハハァ!」


「ふざけるな!誰にも話さねぇよ!黙って行かせろッ!お前らだって無傷じゃすまねぇぞ!」


「言ったろお!てめぇら目障りなんだよ!俺らと同じくクソ溜まりの出のくせに上手いことやりやがって!てめぇらが消えりゃ俺らの稼ぎも上がるってもんだ!なぁ!」


「「おう」」


一様に同意する冒険者達。


やっかみ。ねたみ。そねみ。ひがみ。人間の持つ負の感情を一身に受け、ハゲタカの中に絶望が去来する。


いつもこうだ。俺が何か手に入れようとすると必ずかっ攫おうとするヤツがいる。なんなんだよ。俺は人でもなんでもなく家畜かなんかか?ふざけやがって。ふざけやがって。ふざけやがって!ふざけやがって!!


後ろの仲間に小声で伝える。


「お前ら、合図したら左手の緩いとこ狙って走るぞ。俺が切り込むからそのまま走り抜けろ。いいか振り返るな。絶対に死ぬんじゃねぇぞ。」


「いや、しかし


「問答は無しだ。お前らと過ごせて愉しかったぜ。デートルとウノも巻き込んでしまって済まない。いくぞ・・・3・2・1行けッ!」


有無を言わせず捲し立てる。こうなったらわずかでも生き残る可能性に賭けるしか無い。仲間との短い別れと荷物持ち達に詫びをして、すぐさま合図を出した。


一団となって走り出す。更に抜けだし、軽装の男に槍を突き刺し叫ぶ。


「いけぇ!!」


「すまん!」

「ありがとう!」


すれ違いざまにゴーラとシェリーの声が聞こえた。


「おらぁ!次はどいつだ!全員まとめてかかって来いやぁ!!」


一番近場にいた女に狙いを定め、槍を振り抜く。腹から肩に切り上げた。ひびく女の悲鳴。迫り来る冒険者達。


同時に背後からも断末魔が聞こえる。デートルが斬られたか。更にウノのくぐもった声。自分が相手ではない剣戟の音。


迫り来る冒険者達の刃を躱しながら戦い続ける。矢を受け、炎を浴び、剣に裂かれても戦い続ける。仲間を助けなければ。その一念で隙を作り振り返る。途端。


「やめろおおおおおお!」


魂の叫び。シェリーに凶刃が振り下ろされる。足を引き摺り駆け寄ろうともがくゴーラ。間に合わない。


無情。


一閃。


血飛沫。


シェリーの身体はくず折れた。


「「ああああああああああああッ!」」


慟哭。男二人。


ゴーラに駆け寄る数人の冒険者。


「逃げろ!ダメだ!ゴーラ!立てぇ!」


ゴーラは動かぬシェリーから目を離せない。


突き刺さる何本もの刃。それでもゴーラの視線はシェリーを見つめ続けた。光を失うその時まで。


ドスッ


自分の体をみる。腹から剣が突き出ている。力が抜け砕ける膝。


「ったくよぉ。手こずらせやがって。最後までめんどくせぇやつらだったぜ。ゲッハハハハハァ。」


「チク、ショウ・・・」


粗野な男の刃が、ハゲタカの無防備な背中を剣で突き刺した。


「よぉなんか言い残すことあっか?聞いといてやらぁ。」


「・・・そうだな。光神に言っといてくれ。クソくらえってよ。」


「なんだ。そりゃあ?どうでもいいか。じゃあなハゲタカ。」


粗野な男が剣を振り上げた。




その時




突如が渦巻く。




uuuuuuuGAAAAAAAAAAAAAAAA




咆哮響く。

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