Ⅲー6

「それで、褒美として考えていたこととは何じゃ?」


改めて社に集まってお話再開。萩月さんと虎徹は鬼火の練習をしていたらしい。小鬼をすっ飛ばしていても使えるのだとか。鬼火は生活の上でも重宝するからね。あるに越したことはない。


「はい。まずはこの社に置かせて頂く、何かご神体となるものを頂けないかと。」


「ほほほ。なんだ、かようなことか。・・・こんなこともあろうかと!一先ずこれを授けよう。」


神々しい白金の毛に覆われた、手のひらサイズの・・・タワシ?


「こちらは?」


「妾の尻尾の毛を集めて作った、『もふもふふぉん』であるぞ。妾に直接話しかけることができる。琥珀専用じゃ。」


ドスンときた。愛が重いっす。


「あ、ありがとうございます。謹んでお祀りさせていただきます。」


「正式な物は追って用意する故な。」


「畏まりました。それでもう一つはですね。萩月様か涼竹様に少々お時間を頂けないかと思っております。」


「なにゆえ?」


「はい。私と虎徹に武芸を教えて頂きたいのです。我々の稽古を見て指導していただくことはできないでしょうか。」


ちらりと萩月さん達を見る。


「それくらいならば直接手を貸すわけでなし。信徒となった今ならばやぶさかではないね。御日那様いかがですか?」


「ふむ。よかろう。」


「お許しとあらば、私は構わないよ。」


「ぼくもいいよー。」


お二人とも快諾してくれた。ありがたい。剣術は手段であって目的ではない。俺は琥珀流剣術の開祖になりたいわけではないのだ。ならばやはり師がいたほうが良い。


「ただしどちらか一人。出向くのは一日につき2、3時間ほど。それ以上は支障がでる。」


「はいはーい!じゃあぼくやるー。二人に渡さないといけない物もあるし、萩っち前に一人で遊んでたじゃーん。次ぼくね!。」


「ぐぬ。たまに代わってくれるなら譲ろう。」


「じゃそういうことで。」


「うぬらそんなに妾から離れたいのか?」


あきれ顔の日那様


「滅相もない」

「そんなことないです」


「たまに羽を伸ばしたいだけです。」

「遊びたいだけです。」


己に忠実な狐さん達である。


「お主ら。しようのない子らじゃ。」


ため息交じりに嘆く日那様。


「子細は涼竹に任せるぞ。」


「はい!任されました!」


敬礼しつつ答える涼竹さん。最初の威厳溢れる姿はどこにやった。






「琥珀、虎徹や。此度の件改めて礼を言う。今日この日より、そなたらは妾達の希望となった。妾も早くこのダンジョンの全てを手中に収めるべく励もう。そなたらも頼むぞ。」


二人で頷く。


「基本的には今まで通りで宜しいんですね。」


「それでよかろう。進化したとは言え、そなたらを越える強者は多い。モンスターしかり、人間達しかり。まずは強さを手に入れるが良い。」


「鬼族を増やすことはどうでしょう。」


「無理に種を変えたところで受け入れられなくば意味が無い。望む者が現れるのを待つしかあるまい。それに種の繁栄の為にはおなごもいなくてはならぬ。ゆめゆめ忘れるでないぞ。」


「子供作れるんですか?」


考えたこと無かった。


「あたりまえであろう。種として子孫を残さずどうする。ただし、鬼同士でなくばならぬ。他の神の眷属とまぐわっても子は成せぬぞ。」


そりゃごもっとも。おなごねぇ。ま、おいおい。


「わかりました。覚えておきます。」


「では、萩月、涼竹戻るぞ。」


「「はっ」」


「今回は随分と長居した。仕事が溜まっておる。気張やれ。」


「「うげ」」


「くっくっく。ではまたな。琥珀、虎徹。達者であれ。」


ぽんと皆揃って帰って行った。




ふぅ、と大きく息を吐く。なんだか色々あってどっと疲れた。情報量も一気に増えた。進化までしちゃったし。何はともあれ


「これからだな。」


「何がだ?」


並び立つ虎徹が返す。


「やることが明確になった。まずは強くならないとだ。」


「今までと一緒だ。」


「確かに。ならもっともっと強くだ。」


「どのくらいだ?」


「そうだな。とりあえずこのダンジョン最強でも目差すか。このダンジョンで一番強くなるってことだ。」


「最強。一番強いは最強か。いいな。」


「じゃあ明日からまたよろしく。」


拳を出す。


「ああ。」


重なる拳。大きくなった背と拳のおかげで、随分と様になった気がした。






一つ問題が。


「・・・せまいな。」


「・・・ああ。」


洞が狭い。






翌朝、目を覚ますと空が見えた。そうだった。結局寝返りすら打てなくて、外で寝たんだったと思い出す。家建てないとな。とりあえず、小屋レベルのものでもいいから用意しようと決意。とりあえず、虎徹と二人。水汲みへ繰り出す。


うん、鍛錬にならん。薄臼の両天秤が重く感じない。空のバケツ4個ぶら下げている程度。水をたっぷり入れても各バケツにりんご2,3個入ってるかな?といった感覚。もうこれはただの作業と割り切ろう。


戻りながら、強化された身体について虎徹と話していると、虎徹が変化に気付いた。岩山の切れ目が見えて、そびえる岩の壁も見えなくなっているらしい。眷属になり、こちらも迎え入れられたみたいだ。


鍛錬の前に、少し身体能力を確認しようと体を動かす。速い。走り出すと景色が瞬時に流れる。木を縫いながら走り、ものの3,4分で岩山の壁に着いてしまった。直径およそ2kmの大地をこの速さ。馬並み?さすがに息が切れないということはないが余裕はある。少しすると虎徹が追いついてきた。


「速いな。」


「ああ、かなり速い。何度か木にぶつかりかけたよ。ハハッ」


「速さは敵わないようだ。だが、これなら。」


そう言うと虎徹は一本の木に抱きつく。ミシミシと幹が悲鳴をあげる。ふん、と最後に力を込めると一気に幹は圧縮され、支えを失った木はゆっくりその身を横たえた。


生木だよ?それ。俺も真似してみる。多少の手応えはあるが、とてもとても。膂力に関しては鬼に軍配。


ならばと、垂直に飛び上がる。虎徹の頭を優に越えた。ものは試しと、更に高さのある木の枝目がけて跳んでみた。跳ぶには跳んだが目算が狂い、足を枝に引っかけた。反射的に空中で体を縮めてくるっと一回転。足から着地。軽業師のよう。さすがにまだ頭と身体からだに齟齬があるようだ。


虎徹も跳んでみる。俺の頭は越えている。だが、その辺りが限界。虎徹はややご不満のご様子。そのごつい体でそこまで跳ぶのだから相当大した物だとおもうけどね。流石に身軽なゴブリンとは勝手が違うだろう。


悔しかったのか、ちょっとこいとばかりに顎で俺を誘う。大きな岩の前までやってきた。虎徹は岩の正面に向き直ると、やや腰を落とす。


こてつはちからをためている。


え?まじすか?と困惑の俺。虎徹の肘から先が黒く変色して行く。変化が修まったところで、虎徹の目が見開かれ撃たれる拳。


轟音


拳が入った所を中心に、大岩はその身を無惨に砕かれた。俺?やらんよ。骨がくだける。虎徹はご満悦である。


これがどうやら『剛鬼ごうき』の種族特性、『巌力がんりき』らしい。小鬼の進化先は『鬼』と『天邪鬼』だと思っていたが、正確には『剛鬼』であった。『巌力』は体の一部を任意に硬化することができる能力とのこと。攻防一体の良い特性だと思う。慣れて瞬時に硬化ができるようであれば、戦闘においてかなり有効だ。


「琥珀も何か特性を得たのだろう?」


そう虎徹が切り出したので、俺も探り出す。まだ確認ができていないのよね。ん?これかな?と体の中から引っ張り出す。


ふわぁと、身体から白い粒子が溢れてくる。ぬ?止らん。元栓を閉める感覚で引き締めると出てくる粒子は止った。あたりに霧の如く漂っている。なんであろうか、と鬼火を動かす感覚で接してみると意思に従って形を変える。なるほど。なんとなく理解した。


そのまま一部をまとめて塊を作り、色をつけられないかと悪戦苦闘。すると完成。虎徹と瓜二つの、粒子でできた虎徹くん。動かしてみると、すこし崩れるが意のままに動く。練習すれば対処できそう。


「ほお。面白いな。これは俺か?」


虎徹が興味深そうに自分の姿をした霧に手を伸ばす。手が触れると、霧の虎徹くんはすすきを薙いだかのように手応え無く霧散した。


「なるほど。人を惑わす『天邪鬼あまのじゃく』ね。」


これもかなり使えそう。霧のまま使えば目くらましにもなるし、自分や相手の姿をかたどって混乱させることもできるだろう。ただし、姿を『写す』ではなくて、『かたどる』だから、じっくり見て覚えたものでないと正確さは落ちるだろうな。だが、充分に戦闘の幅は広がる。ありがたやありがたや。




二人で成長の確認を終え、ねぐらに戻ると涼竹さんが待っていた。


「おっそーい!人を呼んどいて待たせるなんていい度胸だよ!ぷんぷんだよ?」


腕を組んで仁王立ちで。


「すみません。涼竹様。二人で進化した力の確認をしておりました。」


大人しく二人で頭を下げる。


「すずちゃん。」


そうだった。


「ご、ごめんね。涼ちゃん。」


「よし。」


怒った狐がもう笑った。表情の豊かな人だ。


「しょうがないなぁ。今日だけは許してあげよう。でもぼくも暇じゃないんだからね!」


そういうといそいそ何か取り出す。


「さ、これを受け取って。」


こ、これは。そこはかとなく香る文明の証。衣服!


早速広げると、上は直垂ひたたれ、下は小袴こばかま脛巾はばき。下着はない。だが原人は衣服を手に入れた。感無量。そう、身体が大きくなったのでまた腰布一枚に逆戻りしていたのである。


「それ、鬼族のリスポーンの時にもついてくるようにしたからね。あとこれ。琥珀っちはこれで、こてっちゃんはこっち。これも君たち固有のアイテム。」


そういって渡してくれたのは刀。それぞれ形状がやや違う。鼓動が速くなる。興奮する。今までの武器とは訳が違う。


虎徹が受け取ったものは、正に大太刀と呼ぶに相応しい堂々たる一振り。虎徹が振れば、馬上を馬ごとぶった切る。そんな想像も難くない。一方おれが受け取ったものは反りが浅めの打ち刀といった装い。空にかざすと周囲の色を映して美しい。


「ついでにおまけでこれもあげちゃう。」


そう言って出されたのは、白木の柄のついた短刀。京都風に言えばどすどす。


「それね、例の在庫切らしてたやつ。刀と違って、今の状態でリスポーンしても出てこないから気をつけてね。」


「え?じゃあ刀は出てくるんですか?」


「そだよ?固有武器だもん。こてっちゃんの手斧と一緒。付いてくるよ。」


ということは、俺は今まで六振りの短刀を得る機会を失っていたということか。おのれ涼ちゃん許すまじ。


「刀はね、銘をつける程じゃないけど、結構良いもの仕上がったよ。ちょっとやそっとじゃ欠けない折れない曲がらない。ぼくが作った自慢の一品。お日那様には、「振る舞い過ぎでは?」、って言われちゃったけど、押し通して来ちゃった。」


涼ちゃんマジ天使。秘技、高速手のひら返し。


「さてと、早速だけど始めようか。」






「うーん。」


と唸るは涼ちゃん。俺と虎徹の素振りや打ち込みを見ては度々唸っている。次は模擬戦でもと動き出すと、待ったがかかった。


「あれだね。君たち死ぬのに慣れすぎ。」


そう切り出した。


「どういうことですか?」


「死んでも甦るからいいや。そんな気持ちが動きから伝わってくる。つまり雑すぎ。動きに甘えがある。」


どきり、とした。言われてみれば確かに心当たりがある。捨て身と言えば聞こえは良いが、腕や足の一本は覚悟するような無謀な踏み込みも随分取り入れたかもしれない。虎徹に無謀は止めろと言っておきながらこれだ。


「そんな考えからの動きだから、振りにも変な癖がついてる。ダメだね。型からもういっかい作り直さないと。」


がっくし。しかし涼ちゃん。伊達に近衛は勤めてないということか。すぐに見抜くとは。危うくただのアホの子かと思うところだった。


「そうだなぁ。君たちはもっと死を怖がらないとダメだね。そうだ!いいこと考えた!」


「いいこと?」


こくりと頷く涼ちゃん。するとニヤリと顔を歪め、言い放つ。


「ぼくが君たちを殺してあげよう。もう死にたくないと泣いて願うほど。とびきりに残忍な方法で。」


ぞくりと悪寒が走った。

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