Ⅲー5
案の定眠れず、悶々としていた。皆が行った後、一人で延々稽古を行い、体を酷使したというのに。眠れない時間というのは、取り留めもない事が浮かんでは消えて行く。
日那様達のことやダンジョンのこと。これからのことや今までのこと。先の事や過去のこと。虎徹はやはり坊主頭でやってくるのだろうか。だといいな。グリグリしてからかってやろう。お社、気に入ってくれて良かった。何か御神体になるものをお願いしよう。坊主頭・・・お社・・・何か引っ掛かるな。何だっけ。あぁそうだ。お願いついでにもう一つ頼んでみよう。言うだけならただだし。
いつの間にか眠りに落ちた。
ガバッと起床。悪夢を見た。
今まで倒してきたモンススターにべろっべろに舐められる夢。理由は昨日のあれだろう。どうせなら人型の日那様に舐められるのを見なさい、俺の脳よ。気を利かせろ。
そんなことはどうでもいいかと、日課を開始。もとい、今日から一つ追加。お社の掃除。毛皮をはたきに、布巾にと精を出す。すまん。プレーリー。俺はお前達がおらんと生きられんのじゃ。ありがとう。ありがとう。
「琥珀!」
不意にお社の入口から声が響いた。虎徹の声だ。ついに来たかと振り返れば、
見知らぬ男が立っていた。角付きで。
・・・いえ。わかっているのです。あれは虎徹なのでしょう。しかし、あまりの変貌振りに断定を拒否しているのです。
飲み込め。認めるんだ。あれは虎徹だと。
ちょっと背が凄く伸びて、ちょっとバッキバキの筋肉が日本人の肌色に覆われていて、ちょっと凄く顔が整って、ちょっと銀の髪が凄く煌めいて、ちょっと額から黒く逞しい2本の角が生えているだけだ。・・・悔しくなんかないんだからね。
「どうだ。琥珀。鬼になったぞ。」
どうってあんた。あまりの事に顔を覆う。
「こんなに大きくなって・・・」
「どうじゃ琥珀。驚いたであろう。」
今度は社の奥から日那様の声。
「ええもう。何が何やら。」
振り返えると楽しそうに笑っていた。いつものくつろぎスタイルに、お二人を従えて。
「虎徹はな、小鬼ではなく鬼となった。小鬼から一つ進化しての。」
「なん・・だと!?俺を置いていくなぁッ!虎徹ぅ!」
「む。それはすまん。」
「ハハッ、冗談だよ。虎徹の小鬼姿も想像できなかったし、むしろ今の方がしっくりくる。」
自分でも驚くほど納得できてしまった。
「そうか。鬼は凄いぞ、琥珀。強い。力が溢れる。それに頭もすっきりしている。全てが今まで以上に理解できる。」
「くくく。妾達も驚いた。よほど愚直に魔核を狩り続けたのであろう。初めにあてがった小鬼では収まりきらず、そのまま更に進化しおった。魂の強靭さも申し分ない。元々は頭脳も強化されたとは言えゴブリンのもの。鬼となった今、つかえが取れたのだな。まだまだ知恵はつくはずぞ。」
そりゃあそうだ。俺と会うずっと前から、たった一人で戦い続けていたんだ。弱いわけがない。それにしてもなぁ。ゴブリンにしては顔が整ってるとは思ってたけど、えらい男前になったな。眉間に皺があるのは相変わらずだけど、全体的に力強く、
「顔の傷。治らなかったの?」
「特に気にしてなかった。そのまま残ったようだ。変か?」
顔の傷は3本そのまま残っていた。
「いや、あった方が虎徹らしいよ。」
「なら、いい。」
顔の傷に触れながら、虎徹は頷いた。
「何はともあれ、よかったな虎徹。これでもっと強くなれるぞ。」
「ああ。琥珀のおかげだ。感謝する。」
「よせよせ。虎徹が自分で掴んだものだよ。これからは同じ鬼だ。よろしく頼むぜ。」
「まかせておけ。」
まるで大人と子供でグータッチ。
これでいよいよ鬼二人か。いや、二鬼。無我夢中で必死にやってきた結果がこれか。いやぁ、いいんじゃないかな。いいよこれ。日那様の目的に乗ってるだけとはいえ、歴史の一幕に携わってるよねこれ。かーっ!オラ、わくわくしてきたぞ!
あ、どうでもいいこと思い出した。
「虎徹のいが栗頭をぐりぐりしてやろうと思ってたのに。」
「その頭は琥珀限定じゃ。似合うからの。」
解せぬ。
「それはそうと琥珀。そなたにも褒美をやらねばならぬ。」
おっと、これはありがたいお言葉。ご神体と例の件をば。
「それでしたら。実は、図々しくもお願いしたいことが二つございまして。」
「ほう。そうか。まぁそれは後で聞いてやろう。琥珀。お主も進化せい。」
「もうできるのですか?」
確かにもう少しだろうとは感じていたが。
「ほれ。」
あのときの酒杯。
「よろしいのですか?大変特別な物だと伺いました。」
「ふふっ。良い良い。それに前とは違い、今回は本当に進化間近であろう?虎徹が小鬼となっていたのであればそのままと思っておったが、せっかくじゃ。二人で揃ってまた始めるがよかろう。」
ちょっぴり後ろめたいけど、据え膳。頂きます。
「ありがとうございます。謹んでお受け致します。」
ずいと進んで日那様から直接杯を受け取る。更にお酌まで。
「小鬼からの進化は二通りに分けてある。己の求めるままに選ぶが良い。どちらが正解ということはない。自らの適正により強く惹かれる方がある。だがその逆を選ぶも道よ。極めることができれば行き着く先は一つ。再び交わる。」
「一つは鬼。もう一つは・・・教えてはいただけないので?」
「ふふっ。それではつまらぬ。琥珀にはそちらの方が合うておると思うがな。」
いたずら好きの狐さん達め。愉しそうに笑いおってからに。
「わかりました。では。」
ぐいと飲み干す。
・・・熱い。体が熱い。血が。骨が。頭が。沸騰していくようだ。意識が遠のく。闇に落ちていく。深く。深く。そして輝く道が二つ示された。強く輝く道の先は、型に囚われぬ水の如し。弱く輝く道の先は、頑強にそびえる山の如し。
俺が選ぶのは・・・
・・・ああ、この目覚めだ。最高に爽快だ。さぁ目を開けよう。でももうちょっとだけ。体からは木の床の感覚。頭からは、頭、柔らかい?これはもしや膝枕?
ばちんと目を開けた。
「おや、起きたかえ?目覚めはどうじゃ?」
「ああ・・はい。おかげさまで、すこぶる快調です。」
「それは重畳。」
ころころと嬉しそうに笑われる日那様。ご尊顔が眼前に。お社の中。他の方達はいらっしゃらないご様子。
「あの、起きても宜しいでしょうか。」
「もすこしこのままで。
「いえ、あの、すいません。どういう状況でしょう。」
「妾が好きでやっておる。気にするな。」
私、気になります。
慈しむような手つきで、さわりさわりと俺の頭を撫でている。
「・・・琥珀や。辛くなったらいつでも
「そんなことは、
「強がらんでもよい。ここには何もない。そなたが享受していた文明の欠片もない。辛かったであろ?苦しいであろ?」
なんとも悲しげな表情で、俺の言葉を遮りそう言った。
確かになにもない。
電気が、水道が、ガスがない。物がない。情報がない。娯楽がない。文化がない。レーザーディスクは何者だ。
ただし
あなたの一歩が歴史になります。やりがいだけは120パーセント。・・・最高ッス。
「くくく。あっはははははっ。」
「どうした?何か可笑しかったか?」
「いえ、すみません。御日那様。俺はね、無理だ、止めろ、諦めろって言われると無性に抗いたくなるんです。だって最高に気持ち良さそうじゃないですか。否定した人達の顔が変わっていくのを見るの。」
起き上がり、目を見つめ伝える。
「前世では無謀な挑戦をしては失敗ばかり。終いには笑われるのが嫌になり、何も考えず何も起こそうとせず、無気力な日々を続けてしまいました。けれど、今回こそ必ずやってやります。いくら笑われたっていい。あなたのその悲しげな顔が変わるのを見たい。俺があなたを神様にします。」
「なので、なるべく早く、俺が諦めることを諦めてください。」
「琥珀・・・。このひねくれ者め。」
「ひねくれ過ぎてちょっとやそっとじゃ戻れません。」
「そうか。琥珀はひねくれ者か。ふふふ、ははははは。」
「はい。あはははは。」
気付けば二人で笑っていた。
「やはり、琥珀の進化は似合いであるな。」
はい。無事に進化できてました。その名も『
身長はぐんと伸びて生前にかなり近いと思う。175~180cmと言ったところ。ちびっ子だった小鬼からの視界の変化が大きい。ちなみに虎徹は俺より一段目線が高い。190cmくらいかな?鬼の名前に恥じぬ体躯をしている。
ガッチリした虎徹を隣に置くと、おれはだいぶ細身に見える。それでも筋肉は充分ついている。まだしっかりと体を動かしていないので把握し切れていないが、虎徹が鋼なら俺はバネ。パワー型とスピード型にそれぞれ分類されるだろう。
髪、伸びました。やっと坊主頭から解放された。伸びた黒髪は後ろに流しておく。角も立派になりました。虎徹の角をよくよく確認したら、かなり濃い灰色だった。俺のもそんな感じだろうか。水鏡では限界がある。顔は20代の半ばか後半頃だったかなぁ。その頃の自分の顔に近いと思われる。ばっちり日本人顔。肌の色も日本人と大差ない。
一番の違いは溢れる力。小鬼の自分とは比べものにならない。恐らく人の域は越えたと思う。何でもできると錯覚してしまいそうだ。亀の甲羅を外した某猿星人と頭が六星球の地球人の如し。力の加減を覚えねば。
種族特性も新たに一つ会得した。今回覚えた特性は、『枯れ尾花』。『鬼火』といい、鬼と言いながら幽霊を連想させるネーミングである。どうやら幻術系の特性のようだ。天邪鬼は早さと巧妙さを武器としていくのが正解か。思考の柔軟さも重要になってくるだろう。
たしかに、ひねくれ者には持って来いの力かもしれない。
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