Ⅲー4

「恥ずかしい。」


扇子で顔を半分隠してチラ見している可愛らしい生物がいる。




あの後、追いついた萩月さんと涼竹さんに抱えられたお方様。ちょっと出直してくるからと萩月さんに言われて待つことに。その間これ食べててと栗ご飯のおにぎりを頂いた。覚えていてくれたのね。ありがたい。その前に顔洗わなきゃ。


栗ご飯うまし。というより炭水化物うまし。こちらに来てからは肉&肉の毎日。そりゃ恋しくも成るよ。この際、麦でも全然良いよ。いや、粟でも稗でも。米は何処に生えてるんだろうな。湿地かなぁ。麦は平地?森林にはないよなぁ。初めて米を食べた虎徹は「ワルクナイ」と言って口いっぱい頬張っていた。


食べ終わり、白湯を飲みながらのんびりしていると3人揃って戻ってきた。それ以降小っちゃくなってこんな感じである。そのおかげか、あの押しつぶされそうな存在感も鳴りを潜め実に穏やかである。発生源であった本人は、親王台の上で体を小さくまるめ、真っ赤に茹であがった顔を扇子で隠すことに難儀している様子。事実として、あの絶世の美女にペロペロされたことになるんだが、残念ながら犬や猫にされたのと感覚的には大差ないのである。




「おほん!それでは謁見を再開する。お方様より、社の建立まっこと大義であるとのお言葉を賜った。」


いざ仕切り直しと、萩月さんが切り出した。始まる前に少し長くなるかもと、足を崩すことを薦められている。お言葉に甘えて胡座に。


「ねえねえ。もうよくない?堅いのやめようよー。」


「これ!涼竹!」


萩月さんが諫める。


「だってさー、さっきの後だよー。今更だよー。琥珀っち達の前ではもういいんじゃない?ねー、お方様ぁ。」


真っ赤な人が首をぴこぴこ前後に振っている。うーん可愛い。お持ち帰りしたい。


「やった!」


「え!?いいんですか?いいなら私も楽なんでそうしますけど。後になってから戻せませんよ?」


ぴこぴこ


「そうですか。ではそういう事に致しましょう。というわけで琥珀君。お方様は大層お喜びです。ではお方様、どうぞ。」


「・・・・・琥珀。さっきのは、その・・・後生じゃ。忘れてたも。」


絞り出したような小声でそう言った。ぐうかわ。


「はっはっはー。何のことでしょうか。いや私にはさっぱり。何かありましたかね?ねぇ、虎徹君。」


「ヨクワカラン。」


「うんうん。そうだろうそうだろう。分からんよな。ハッハッハー。」


男には空気を読まねばならぬ時がある。正直いじり倒したい気持ちがムクムクと湧いているが、相手は選ぶべきである。


「そ、そうよな。分からぬな、妾もわからぬ。ほほほほほ。」


「はっはっはっはっはー。」


「ほほほほほ。」


ザ・茶番




「うむ。琥珀。妾はな。そなたに全てを打ち明けようと思う。聞いてたもれ。」


茶番のやりとりで切り替えができたのか、お方様は背を伸ばして向き直り、語りかけてきた。


「全て・・・。はい。お伺いします。」


「我が名は『日那天美ひなあみ』。日の本の国に生まれた旧き狐よ。」


「日那天美様。」


「うむ。琥珀は我を神の如く扱ってくれてはいたが、正確にはまだ神ではない。神格に足る力は備えていると思うがな。」


「神ではないと?何が違うのですか?」


「そうさな。認められておらぬ故、か。」


「誰にですか?」


「妾をこちらに招いたお方。」


「お方様も招かれてこちらに来られたと!?」


「如何にも。・・・妾の事は日那で良い。最早もったいつける程のこともない。」


御日那おひな様って呼んであげてねー。」


涼竹さんが割り込む。


「有り難き幸せ。では御日那様と。」


ゆっくりと日那様はうなずき、続けた。


「妾は元は日の本で祀られておった者。宇迦之御魂神うかのみたまのかみ様ではないぞ?畏れ多い。珍しい毛並みをもった妾を、その地の者らが守り神として祀った狐。それが妾じゃ。時偶、混同して祀られる時代ときもあったが。ふふっ、懐かしい。」


目を細めて微笑んだ。昔を懐かしんでいるようだ。お稲荷さんは、お狐様が付き物だからね。


「そのように祀られていたお方がなぜ?」


「まぁな。時の流れとは無情なものよ。長く祀られておった妾じゃが、限られた地域であった為、その地が廃れれば忘らるるが定め。萩月と涼竹も同じような身の上よ。」


ああ、そうか。だから萩月さんは稲荷寿司を見て・・・。いや、食べながらちゃんと聞いてたんすよ?


「後は消えゆくばかりかと案じておったところ、日の本の神々を介してあるお方に巡りうた。その方は言われた。私の創った世界で神に成らぬか、と。」





それから日那様のこれまでの事を教えて頂いた。自分の中で反芻してかみ砕く。


誘われた日那天美ひなあみ様は、既知であった萩月さんと涼竹さんを従えてやってきた。ちなみに萩月さん達は、日那様よりだいぶ年若いらしい。それでも千年は前の生まれとのこと。


そんな日那様を待っていたのは予想外の展開。まずは、神としての資質を見せよと。それで連れてこられたのがこのダンジョンだ。その為、ダンジョンの外の事は殆ど知らないらしい。


外の事で解っていることは、ダンジョンの外にも世界が広がっているということ。外の世界には2柱の神が居ること。そしてこの世界がまだ完成していないと言われたこと。造り手殿はまだ満足していないらしい。


この世界で言うところの神様は、自らの眷属を作り、恩恵を与えて見守る事を課されているらしい。で、これが俺を人間として転生させられなかったもう一つの理由。既存の神が、極めてあちらの人間に近い種を作っていたから。狐を元にしては?と思ったが獣人もいたことを思い出した。


なぜ鬼なのですか?と改めて聞くと、


「鬼は強さの象徴であろ?」


との事。俺の予想も満更外れではなかった。


神として認められるにはどうしたら良いかと聞くと、少し困った顔をされてこう言った。


「かの方は言われた。『神へのきざはしを辿り、停滞した世界を回せ。』とな。それを、このダンジョンの権限を全てやるから示してみせろと。形は問わぬとも。さらけてしまえば答えは見つかっておらぬ。」


なんたるアバウト。具体性ゼロじゃないっすか。やはり日那様達もこれには困ったらしい。だが手をこまねいていては始まらないという事で、まずはダンジョンを知ることから始まった。ところが連れてこられたダンジョンは闇に閉ざされている。これは?と聞くと、「管理者が不在のダンジョンだ。思うようにやるがいい。」とだけ言い残しそれきりだとか。


人間の常識を当てはめるのも何だけど酷くないすか?


3人で暗中模索、試行錯誤しながらようやく最低限の把握を終え、僅かな余裕を作ったところで眷属に着手。造ってすぐに妾を祀れと言ったところで、はいそうですね、とはいかない。新しく造った生物に、私は神だと言って、理解するのに何万年かかるのか。


そこで取った手段が元世界からの魂の召喚。基本的に物質を異なる世界間で渡すことはできないらしい。日那様達の肉体はこちらの世界で創ったそうだ。喚ぶのは勿論、神の概念を知っている人間の魂。そして幾人もの頓挫の末、俺に至ると。



「強引な手段であったことは謝る。この通りじゃ。」


3人揃って頭を下げられた。


「いや、ちょっと!やめてください!そりゃあ最初は何でこんなことに、と思うことはありましたけど。今では向こうにいた時より充実してると言いますか、懸命に生きる事が楽しいと言いますか、とにかく恨みもなにもありませんから。」


「そうか、そう言うてくれるのであれば、妾も心休まる。」


「先程、・・・その、少々羽目を外されたのは、神としてお祀りするのを私がお約束したからですか?」


「そ、そうじゃ。嬉しゅうて嬉しゅうて。どうにも抑えられず・・・。」


しまった。また丸まってしまった。


「ふふ。そうだよー。琥珀っちは全然前に進めなかった僕達を救ってくれたのさ。」


「その通り、ようやくとはじめの一歩を踏み出せるのさ、琥珀君と虎徹君のおかげでね。」


萩月さんと涼竹さんが後を繋いでくれた。


「虎徹のおかげというと、鬼という種が増える。それが嬉しいという認識でよろしいでしょうか。」


「その通り。虎徹君の魂を使い、鬼として転生させる。可能だよ。」


「ぃよし、よしっ!やったぞ、虎徹!鬼になれるぞ!」


小難しい話が続き、置物と化していた虎徹に向き直る。


「ム。スマントチュウカラ、キイテイナカッタ。オニニナレルカ?」


「ああ。鬼として生まれ変われる。独りはもうおしまいだ!強くなれるぞ!」


「ソウカ。ヨカッタ。ヤハリコハクハスゴイ。」


「違う違う。凄いのは御日那様だ。これから俺達でお祀りさせて頂くんだ。お礼を言おう。この度は我らの願いを聞き届けてくださり、誠に恐悦至極でございます。」


正面を向いて頭を下げる。


「ン?キョウシゴク?デス。」


「それは色々誤解を招くからだめだ。全面的に俺が悪かった。ありがとうございますと言おう。」


「アリガトウゴザイマス。」


「いや、礼を申さねばならぬのは妾の方じゃ。幾久いくひさしく共に歩んで行きたく思う。頼りにしておる。」


お。持ち直した。


「そう。つまり琥珀君達は、神として祀られること。種を増やしていく糸口を掴むこと。我々の抱える難題を一気に二つも解決してくれたのさ。」


「あの、祀られるというのは、それ程重要なことなのですか?」


気になったのでそのまま萩月さんに聞いてみる。


「祀られるということは、神としての存在の力を高める。忘れられ、祀られずとも神は有る。だが、それは眷属にとって、果たして存在していると言えるのだろうか。こと、この世界においては恐らく言えぬ。こちらの神は、『いるかもしれない』、『心の内にある』、ではなくのだ。それが理。祀られ、必要とされることは神の力の証明に必要なこと。」


お仕事モードの萩月さんが出てきた。


「祀られなくば神ではないと?」


「こちらの世界ではね。日の本のあった世界とは、神というものの捉え方が違のさ。こちらの神は、顕現しているらしい。曖昧な存在として扱われてはいないんだ。神はもの。それがこちらの常識。既存の2柱とその神に並ばんとする御日那様。片や顕現する神と、片やいるかも分からぬ神では神格など比べるまでもない。重要なことなのさ。」


「ありがとうございます。砕いていただいてようやく納得できました。」


世界ところ変われば神様の解釈すら変わるか。もっともっと頭を柔らかくしていかないといけないな。余計な先入観は捨てていこう。


パタ


日那様が広げていた扇子を閉じ、間を空けた。


「琥珀、虎徹。妾はそなたらの願いを叶えようと思う。だが今一度聞く。虎徹や。お主は琥珀と同じ鬼に生まれ変わりたい。その願い相違ないか?」


「タノム、オネガイスル。」


「一度鬼となれば、戻りたいと願おうと、妾がその願い再び叶えることはないぞ。それでも願うか?」


「モンダイナイ。」


虎徹は真剣な面持ちで日那様を真っ直ぐ見据える。


「あいわかった。琥珀や。一晩虎徹を預かるぞ。初めての試みゆえ、万全を期す。」


「わかりました。お願いします。」


「萩月。」


「はっ。それでは虎徹君。暫し眠って貰うよ。心配はない。目が覚めた時には新しい生が始まっている。」


萩月さんが虎徹に手をかざす。


「イッテクル」


「おう。楽しみに待ってるぜ、相棒。」


萩月さんが僅かばかり手を伸ばすと、虎徹は眠りに落ちた。萩月さんは虎徹を抱え日那様の元へ。


「では琥珀。明日また参る。」


「お待ちしています。宜しくお願いします。」


パンと聞こえた柏手と共に3人と虎徹は姿を消した。


明日、初めての同族が誕生する。


今日は眠れるだろうか。

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