Ⅲ-3

やや待ったが、現れない。お供え物が傷んでしまうと思い、一旦下げて氷室にしまう。それでも来ないから虎徹と一緒に素振りする。


「やあやあ、琥珀君、久しぶり。」


大樹の上からふいに声が響いた。急な悪寒に身体が跳ねる。見上げると狐姿の萩月さんがいた。


「驚かさないでくださいよ。萩月さん。心臓に悪いです。」


「驚かそうと思ったんだよ。シシシシ。」


屈託も無く笑う。そうだね。そういう人、いや、そういう狐だった。虎徹は後退ったまま固まっている。


「虎徹は慣れていないのでお手柔らかにお願いします。」


「仲間にしたんだってね。いやぁ大したものだ。初の快挙だよ。お方様の慧眼も恐れ入る。君に期待するのも頷ける。」


「いえ、たまたまです。ほんとに。運が良かっただけ。そう思ってます。」


「運とは物事の運び。君が自ら決めて、結果、事象が運ばれてきた。待つが吉の時もあれば、動くが凶の時もある。君の選択が事を成した。それは君の力だよ。自信を持ちなさい。」


「わかりました。ありがとうございます。」


胸の奥が熱くなる。前世では認められる事なんてほとんどなかったから。自分すら認めていなかった。


ジン、とくる。


「お方様は間もなくいらっしゃる。僕はその先触れだ。」


そういうと萩月さんは、ぴょいと飛び降りくるりと着地。姿は人へと変わっていた。そのまま『パン』と柏手を打つと、大樹の前に野点セットが現れた。


急に場が雅になってしまった。


「時に、彼は強化ゴブリンだね。」


「強化ゴブリン?虎徹がですか?」


虎徹を見る。自分の話かと、気を持ち直して姿勢を起こす虎徹。


「そう。涼竹がぽろぽろ漏らしちゃったみたいだから話してしまうけど、彼はその名の通り、ゴブリンという種を進化させずに限界まで強化させたらどうなるか、という意思のもとに作られた単一種。他の固体はいない。作ったのはお方様ではなく前任者。」


只者ではないと思っていた。だが、たった一人とは。俺と一緒だ。


「オレハ、シンカデキナイノカ?・・・ヨクワカラナイ、コハク。」


「驚いた。膂力だけでなく、知能も上げてあるのか。言葉まで操るとは。」


僅かに驚いた表情を浮かべ、萩月さんは興味深そうに虎徹を見ていた。


「ああ、多分だけど。虎徹はゴブリンとしては一番強い。他のゴブリンとは違う。特別なゴブリン。でも一人しかいない。そして進化の先はない。できない。ということですよね?」


頷き、萩月さんは肯定した。


「ソウカ。シンカデキナイカ。」


虎徹は、そんなことは解っていたと言わんばかりに大きく頷き、言葉を続けた。


「トクベツナゴブリン、トハナンダ?」


「・・・そうだな。一人だけ。他にはいない。他に同じゴブリンはいない。俺と一緒だ。俺は鬼で、俺も一人だけ。一人もん同士だな。はぐれ者同士だ。だから今一緒にいるんだぜ。きっと。」


だからきっと惹かれたんだ。


「ハグレモノ・・・ヒトリドウシダカライッショカ。ソウカ。ソレハヨカッタ。グッグッグ。」


珍しく虎徹が笑った。皮肉めいた冷めた笑いじゃない。嬉しそうに。


ああ、俺も嬉しい。はぐれ者とはぐれ者が惹かれ合うなんて、ちょっと出来過ぎたストーリーだが最高に好きだぜ、そういうの。今後も頼むよ、相棒。


「随分とまぁ信頼関係を築いたものだ。琥珀君相手だと僕が驚かされてばかりだ。うーん。何かやり返さねば。」


「いえ、そういうのいらないッス。」


「おや。どうやらお方様の準備ができたようだ。お越しになるよ。」


そう言うと、萩月さんは親王台の前に立ち、背筋をピンと伸ばし緩んでいた空気を引き締めた。


俺は正座で伏して待つ。


「ドウシタ?スワルノカ?」


「うん。多分立っていられないから。」


萩月さんが、ひょうと息を吸い込み、


御成おなぁりぃ~。」


瞬間空気が変わる。張り詰める。まるで暴風に抗っているような威圧感。あまりの圧に身体が圧縮されていくような恐怖に襲われる。久々なのにいきなり至近距離は堪える。


チラリと横目で虎徹をみると、顔に汗を浮かべてしゃがみ込み、地面に頭をつけ体を支えていた。


圧倒的存在感が一つに両脇に二つ。揃ったようだ。


「面を上げてたもれ。」


ゆっくりと顔をあげる。


相も変わらず美しい。絶世の美女とはこういう方のことを言うのだろう。まぶたに焼き付いていた姿と寸分違わぬお姿で、お方様は微笑んでおられる。一度見たら忘れられるものか。輝く御髪も、澄んだ瞳も、透く肌も。脳裏に刻み込まれて離れない。


「久しいの琥珀。息災な様子、嬉しく思うぞ。」


「はい。おかげさまをもちまして。」


「ふむ。それは重畳。」


肘掛けに体をあずけながら、軽く微笑まれそうおっしゃった。


艶のある声。聞き惚れてしまう。


「時に。琥珀との再会はも少し先と踏んでおったが。何やら願いがあるとか。」


「はい。お呼びだてしてしまい、大変心苦しく思います。どうぞご寛恕ください。されど、頼れる者がお方様しかおらず。身の程を越えていることは、充分承知の上でございます。どうか、願いを聞いて頂きたく。」


「それほどの願いか。言うてみよ。」


「ありがたき幸せ。こちらに控えますは、我が友、名は虎徹と申します。ゴブリンなれど強き男です。彼がいなければ、私は早々に生きることを諦めていたかも知れません。」


「ほう。」


一言発し、目を細められた。


「できることなら、このダンジョンを末永く共に生きて行きたいと考えております。」


「ほう?」


ウエッ!圧が強まった!?何かしくじった?い、言いきるしかない。


頭を下げて、視線を躱す。


「と、ところが彼は強化ゴブリンと聞きました。進化の可能性がなく、途方にくれております。」


「わらわにこやつを進化させよと?」


圧が強いです。圧が。


「いえ、そうではございません。進化が出来ぬ話を聞いたとき、彼から私と同じ鬼になりたい。鬼に生まれ変わりたいと打ち明けられました。お方様ならばこの願い、叶えることができるのでは、と。もしくは道を示していただけるのではと愚考した次第です。」


「・・・・・・」


反応無し。激おこですか?


「も、もちろん。このような不躾なお願いに対するお礼はさせていただきます。僅かばかりではございますが、このダンジョンで用意した食物を集めました。それと大樹の奥にお社をご用意させていただきました。僅か二人の信徒なれど、お方様を誠心誠意、お祀りさせていただきます。他に必要な物があればご用意いたします。何卒、何卒お聞き届けの程、宜しくお願い申し上げます。」


「・・・・・・。」


・・・リアクションないのが一番困る。あぁ、でも圧がなくなったかも?怒ってはいないかな。いないといいな。


ちらりと顔を上げてみる。3柱?3人揃って社を振り返って見ては固まってる。あまりのショボさに驚いてるのかしら。とりあえずそれで我慢してもらえませんかね。


となりで潰れたカエルのようになっている虎徹をツンツン起こす。


「大丈夫か?下っ腹に力入れて頑張れよ。」


「アレガカミサマカ。ヤマノウエノヤツ。ゼンゼンチガウ。クラベラレナイ。コワイ。」


「それが畏れってやつだ。間違っても攻撃するなよ?」


「ワカッテル。アレハチガウ。」


ちらちら見ながら小声で話しているが、一向に解凍されないので話しかける。


「あの、


その途端、お方様は、ビクンと反応すると、すくり立ち上がり、とーんと高く舞い上がってくるり宙返り。


そこに現れるは、金色の波光を放つ白金色の狐。お方様のお髪の色と同じく、白金の美しい輝毛を纏いし一匹の狐。神々しい。言葉が出ない。俺は幻を見ているのではないか。時を止めて見ていたい。


着地したお方様であろう狐は、こちらに向くのかと思いきや、そのまま社に向かって駆け出した。


呆然と見送る俺と虎徹。


続いて動いたのは萩月さん。ハッとお方様に気付き、


「お方様!お姿が!お姿が!」


と叫びながら追いかけて行った。


何が起きているのだろうか。社についた白金の狐は、社の周りをぐるぐるぐるぐる回りながらギャウギャウ鳴いている。


あ、匂い嗅いでる。体擦り付けて匂いつけてるし。


萩月さんが捕まえようとすると、するりと逃げた。


今度は中に入った。と思ったら出てきた。また入ってぇーからのぉ出る。窓から出たり入口から入ったり。


足跡ついちゃったかな。後で拭かなきゃ。突拍子もないことが起きると、意外と冷静に見ちゃうもんだね。今度はぽーんと跳んで屋根の上に。


天辺でコーウ、コーウと遠吠えを始めた。


「喜んでもらってる、でいいのかな?」


「あったりまえじゃーん!やるねー琥珀っち!お方様のハート鷲掴みだよー。」


ぼそりと漏らした呟きに、涼竹さんが応えてくれた。


「いや、まぁ喜んでもらえたなら何よりなんだけど。」


「長く存在しててもね、生まれついての習性ってそうそう消えないもんなんだよ?感情がすんごく昂ったら抑えなんて効かないよね。ふふ。あんなにはしゃいじゃって。お方様のあんな姿初めて見た。」


それは良かったと、視線をお方様に戻す。


・・・めっちゃ見てる。見られてる。飛び降りて走ってくる。走ってくる?それ止まれる?それ、いやとまっ


ドフッン

「おぐッ」


そ、こ、みぞ・・・おちぃぃぃぃぃぃ


勢いそのまま鳩尾に頭突きされ、お方様もろともぶっ飛んだ。


仰向けに倒れたまま目を開けると、輝く狐の顔があった。


ペロン


舐められた?


ペロペロペロペロペロペロ


あ、ちょっと待って、心の準備が、


かぷっ


甘噛みぃぃぃぃ!


かぷっかぷっかぷっかぷっかぷっ


ペロペロかぷっかぷっペロンかぷっペロペロペロペロ


あああああああああっ






この後滅茶苦茶・・・・・・涎まみれになった。

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