第三章

Ⅲ-1

転移階段の往来が落ち着いて、辺りが夜の静けさに包まれた。周りを伺えば、冒険者達も幾人かの不寝番を除いて寝静まった。


「(頃合いだ)」


「なぁ、ちょっと用足しに行ってくるよ。商品を見ててくれ。」


護衛のダリウスに告げる。


「気をつけてくださいよ。この辺りは大したモンスターはいないが、最近妙に強いヤツも増えてるみたいだ。あまり離れんでください。それとも付いていきますか?」


「ハハッ。余り近くにいられたんじゃ出るものも出ないよ。それににおいが漂ってこられても困るだろ?」


「違いない。フッ。」


「ついでに着替えと身体も拭いて、一服つけてくる。」


かなり大きめの革袋を肩に掛ける。


「ああ、それ着替え入れてたんですか。てっきり商品かと思ってましたよ。」


「まぁね。商品も入ってるよ。もっとも買い手は決まってるんだけど。じゃあよろしく頼む。」


ランタンを持ち、暗い林を抜ける。モンスターも夜は眠るものが多いと聞いているが、正直恐ろしい。


「ここだ。この岩だ。」


指定の場所。彼との約束の場所。


「僕だ。商人のソエルだ。いるか?」


「ああ。まってた」


暗闇から声が聞こえ、ドキリとした。


「ちいさく、あかりもっと」


ランタンに布を被せてやる。すると木陰から、ぼろのローブに身を包んだ小さな姿が現れた。彼だ。前回と変わらず顔はよく見えない。


「どうぐ、できたか?ようい」


「ああ、これだ。確認してくれ。」


布袋から指定の品が詰まった大きめの木箱を2つ出し彼に渡す。渡すときに、受け取る彼の手を見てさらに心臓が跳ね上がった。


「(やはり人種じゃない。・・・いや落ち着け。俺はコレに賭けたんだ。)」


彼は木箱を開け、中身を確認すると小さく頷き、毛皮に包まれた品を渡してくれた。


「やくそく、まもってありがとう、たすかった」


中身を確認する。思わず息を飲む。前回の欠片の本体。間違いない。頬が緩みそうになる。彼が木箱を持ち上げ去ろうとする。


「待ってくれ。こちらこそこんな凄い物ありがとう。正直渡した物じゃまったく釣りあってないんだ。もっと何か欲しい物はないかい?」


「いや、じゅうぶん。でも、もしまたほしいもの、できたらあなたたのむ。」


「ああ、是非頼む。このことは死んでも誰にも話さない。」


「たのむ。良い取引だった。お互い幸あらんことを。」


「ッ!ああ、良い取引だった。お互い幸あらんことを。」


そう言葉を交わすと、彼は暗闇に消えていった。しかし最後のは面食らった。途中まで片言でイントネーションも滅茶苦茶だったのに。商人の別れ際の常套句。丸暗記したのか?


もう一度毛皮をずらして受け取ったものを見る。やはり高純度の魔力結晶。しかもこんな特大のもの。これがあれば間違いなく立て直せる。俺は賭けに勝ったんだ!ああ、アルトラーゼよ感謝します。絶対にもう一度這い上がる!


さぁ戻ろう。着替えをして煙草の臭いもつけなければ。袋の重さを合わせる為に、木の枝と石も詰め込もう。怪しまれないように。







「オレハ、コハクトオナジ、オニニナリタイ。」


そう虎徹に頼まれて、悩みに悩んだ。どうやって鬼にするかじゃない。どうやって知ってそうなお方を呼び出すかだ。種族を変える方法なんて、俺が知るわけないじゃないか。ならば知ってる人に聞くしかあるまい。


もう少しで進化できそうな気もしないわけじゃないが、確証はまったくない。そもそも進化したからといって、毎回くるとも限らないし。


となると呼び出すしか無いわけだ。最終的にあなたのためになります!出世払いで!ってのはちょっと誠意が足りないと思うのよね。やはりある程度の実績を積み上げねば。今の俺が見せられる誠意は何かと一晩頭を悩ませたわけだ。




「神様を呼ぼうと思う。」


翌朝、稽古の後、飯の時間を使って今後の相談。


「カミサマ?ナンダ?」


「ずっとずっと上のお方だ。」


「ウエノオカタ?」


「なんて言えばいいかなぁ。・・・そうだ。虎徹が死んで起きる山があるだろ?その山の上に強いやつがいるって言ってたじゃないか。そいつよりずっとずっと凄い方だ。」


「ソレハスゴイナ。」


「そうだ。だが、それだけ凄い方だから。ただでは呼べない。わかるか?」


「アア、スゴイヤツニハ、スゴイエサガヒツヨウ。」


「あ、いや。餌で釣るとかじゃ無いんだけど。」


肉で連れたら最高なんだけどね。さすがに失礼すぎる。


「お祀りするんだ。」


「マツルトハ?ナンダ?」


「こう、いつも見守ってくれてありがとうございます。的な?今後もお祀りしますのでお守りください?」


「ヨクワカラン。」


「だよね。とにかく。その神様が来てくれたら虎徹が鬼になれる。かもしれない。」


「ソウカ。デハヨボウ。ドウシタライイ。」


「まずは準備しよう。」




虎徹には木材の切り出しを頼んだ。なるべくまっすぐな杉のような木を選ぶ。そもそも生きてる木が少ないので、火口ゾーンを歩きながら探すことになる。運ぶのも手間だがやれるか?と聞いたら問題ないと力強いお言葉。そりゃあ自分の進化がかかってるんだ。やる気にもなるよな。なんとかその想いに応えたい。


俺はというと、まずは地底湖にて交渉材料の入手。結構価値あると思うんだよねぇ。あれ。ダメならモンスターの素材だな。


入手したら冒険者エリアへ出張。さぁ、張り込みの時間だ。




誰にしようかなぁ。理想は無口で真面目そうなヤツ。冒険者でもいいんだろうけど、口軽そうなんだよなぁ。それにいざとなったら暴力的解決をされそうだし。やはり選ぶは商人一択。欲しい物を揃えてくれて、かつ、俺の交渉の品に価値を見出して自分で捌いてくれる。人間との接触が、かなりのリスクを孕んでいることは承知の上。携わる人数は最少にするに限る。変装したってきっとバレるし、正体など気にならなくなるほど、この取引に魅力を感じてもらうしかない。


んー。あれは軽そう。あっちは横柄な感じだなぁ。で、こっちのは酔っ払いと。今日いるのは外れかなぁ。出直すか。お、護衛連れで一人到着。見たことあるな。ああ、前に夜通し商売してたやつだ。そうそう日に焼けた顔でね。そうちょっと若い感じ。・・・もう少し様子見るか。




夕暮れまで注目していた結果、彼に賭けてみることにした。商売に対して真摯に向き合っている様に感じた。あまり弁の立つ方では無く不器用そうだ。ただ、少々品揃えが今ひとつなのは気になるところ。仕入れが上手くいってないのか。それとも他の階層である程度捌けたのか。ああ、他の商人の品をおすすめしてるよ。お人好しだなぁ。


生前俺が一緒に仕事していきたいのはああいうくそ真面目なタイプだった。仕事の効率が良くて、弁も立って、フットワークの軽いやつ。実際そういう仕事できるやつは美味い話も持ってくる。だからこっちも最初は重宝する。だが、こちらがいざ困ったとなると嫌な顔は見せないまでも、大抵のらりくらり躱して近寄らない。くそ真面目なやつはやっぱり要領悪くて、大して利のないことにも付き合っちまう。きっと会社で怒られてるんだろうなぁとは思うけど、そんな時にいてくれるからこそ取引したくなるってもんでしょ。ま、経営者からしたら違うんだろうけど。末端社員なんでね。わっかりませーん。


彼は今日も夜まで店を開けるようだ。先程仮眠を取っていた。


夜、彼がトイレに立った時を狙った。冒険者が捨てていったテントのぼろ切れをフード付きのローブのように纏い、ナイフを片手に彼の背後に忍び寄る。


「こえだすな。ころさない。」


覚えた単語を繋いで言葉にする。どうやら伝わっているようだ。


「もうすこし、むこう。きて。」


暫く進み、遮蔽物の多い、大きな岩のある地点まで誘導した。


「しょうにん、あなた。とりひきしたい。俺は」


「と、取引?何故こんなところで。脅すような方とまともな取引ができるわけがない。」


気丈にもそう言った。


「すまない。あそこ行けない、俺は。でもほしいものがある。たのむ。とりひきできたら、これあげる。」


そう言って、背後から彼の手に地底湖の水晶の欠片を握らせた。


「これは、・・・ッ魔力結晶。」


そう言って彼はまじまじと水晶を品定めする。


「何が・・・欲しいので?」


「どうぐ、いろいろほしい。きをきる、けずる、きをとめるてつ、いしをわる、なんでも。いろいろほしい。」


「dohocoの道具とか、sohosea、sohocteの道具が欲しいのか?」


「すまない。わからない。だが、いろいろほしい。」


しばしの沈黙。かなり悩んでいるようだ。


「これ。結晶はどれくらい用意できる。」


「それやる。そのいしおおきい、もっとやる、かたまり。」


彼の息を飲む音が聞こえる。


「・・・わかった。取引しよう。受け渡しはどうする。」


「じかんどのくらい、よういできる。」


「そうだな。最短で7日といったところか。」


「では、このダンジョンのひが、10かいあけたよる。」


「ああ、充分余裕が持てる。それでいい。」


「ばしょ、おなじこのいわで」


その時護衛の男の声が響いた。


「ソエルさーん、どこですか?大丈夫ですか?」


すぐさま彼の前に回り込み、口元に人差し指を一本たてる仕草をとった。


「・・・ああ!大丈夫!ちょっと腹が痛くて。間もなく戻るよ!」


「そうですか。遅いんで心配しました。大事にしてください。」


声の主は戻ってくれたようだ。


「ありがとう。」


感謝の意を伝える。


「他の人には伝えてはダメなのか?」


「あなたひとり。たのむ。ひみつひつようだ。ばれたらきえる。」


「・・・わかった。君を信じよう。」


「ありがとう」


そう言い残し俺は姿を消した。






10日後。俺は見事に、様々な加工道具を手に入れた。


受け渡しの日は、念のため虎徹にも潜んでいて貰った。さすがに手放しで信じるほどお人好しじゃない。だが商人ソエルは信じるに足る男だったようだ。


やはり水晶こと魔力結晶とやらは、かなりの貴重品だったようだ。これは夢が広がりますな。


グヒュヒュヒュヒュ


「ワライカタ、キモチワルイナ。コハク。」

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