断章・すべての人間は生まれながらにして知らんことを欲す

とある国家

とある都市

とある学術機関



扇状に開いた階段教室に、齢13、4といった少年少女が、座して教壇の主を待っていた。皆揃いの制服に身を包み、口をつぐんでは、やや緊張の面持ちを一様に浮かべている。


カッ カッ カッ カッ


慌てるでもなく、それでいて怠惰でもない堂々たる足音が、一定の拍を刻みながら廊下に響く。教室の扉の前で音が止み、少々間が空いた後、スーッと申し訳程度の音と共にドアが開いた。


それを確認するや、少年少女達はすくと立ち上がり、教壇の主を迎え入れた。


「掛けたまえ。」


女主は自らが教壇に着くと、着座を促した。


僅かに音が鳴るも、速やかに皆が席に着く。


「宜しい。実に宜しい。」


主の少し掠れるも力強い声が広がり、教室内に安堵の表情が伝播していった。ある少年もその中の一人。高等部に進学し、初めての講義を彼は思い出す。






ちょっと目立ってやろう。そんな軽い気持ちで席に立ち上がり、つい先日知り得た学園の情報を、皆に披露していた。予鈴が鳴ったのは知っていたが、自分以外も周囲の者と話したり、立ち上がったりして浮ついている。教授が来てから座ればいいさ。何なら教授に顔を売っておこう。そう考えていた。


カッ カッ カッ カッ


教室が賑やかで、靴音はあまり聞こえてこない。一拍おいて扉が開いた。




ある少女は思い出す。あれは噂に聞くだったと。


女性にしてはやや背が高いだろうか。年は30前後かな?髪はブロンドにやや青みがかかっている様に見える。髪を片側に多く偏らせることで、金から青へと美しいグラデーションができている。ブラウスの上から教授コートを肩に掛け、片腕に教書らしきものを挟んでいる。コートの右側が不自然に垂れていた。恐らく隻腕なのだろうと察した。タイトながらスリットの入った膝上のスカートからは、決して細いとは言えぬが引き締まった、筋肉質な太ももが見えていた。足元のやや踵を上げたロングブーツが勇ましい。


入り口に立った女性は、ギロリと室内を一望すると、特に賑やかだった一人の男子生徒の元へ近づいた。


「あ、すいませーん。ヘヘッ」


そう彼が言うやいなや、彼の顔面を片手でガシリと掴み、高々と天井に向かって掲げたのだ。男子生徒からくぐもったうめき声がヴーヴーと聞こえ、手足がバタつく。だが男子一人掴み上げている女性は微動だにしない。突然の光景に驚き、瞬時に静まった教室にその声だけが響いていた。女史の髪色も相まって、教室中がひやりと凍り付いたようであった。


「お前は、私の邪魔をしに来ているのか?それとも学びに来ているのか?」


少し掠れた力強い声が耳に届いた。


「そこの女子生徒。答えたまえ。」


指名された私は反射的に立ち上がり、直立不動でこう答えた。


「ま、ままま学びに来ています、マム!」


「そうか。それは良かった。異論はあるかね。」


首だけぐるりと回し、教室中を見渡す。


静寂。


「ならば君達は敵ではないわけだ。実に宜しい。でははどうかね。」


懸命に首を前後に動かそうとしているのか、体が揺れている。


「よろしい。」


そう言い放ち、彼を椅子に下ろすと、彼女は教壇に着き振り返った。


「君たちの担任となったオリミナ・セーロンズだ。一般教養は担任である私が受け持つ。専攻は生物学。必修科目ではない。興味があれば取りたまえ。」


椅子に下ろされ、未だ息の整わない彼を一瞥して続ける。


「クラスというのはチームだ。私が担任となったからには一人の脱落者も許さん。いじめなど論外だ。誰かが落ちそうならば皆で救え。皆が進めないのならば一人踏みだし道を示せ。」


「諸君らが、栄えある帝国貴族のいずこかの子女であることは自明である。だが、身分もしがらみも、そんな物は学園の敷地に入る前に野良犬にでも喰わせてこい。戦場ではクソの役にも立たん。むしろ真っ先に命を狙われる。」


「(ここ戦場じゃないです・・・)」


図らずも皆の心が初めて一つになった瞬間であった。


「学びに来たというのであれば、全力で学びたまえ。友を作りに来たというのであれば、授業の外で作りたまえ。多いに推奨する。戦友というのは何者にも代えがたいものだ。」


「さて、前置きが長くなったが、今日は初日であるにも関わらず、一人が私の授業を妨害するという罪を犯した。」


男子生徒がビクリと固まる。


「もっとも。彼一人が騒いでいたわけではないことは判っている。」


皆が固まる。


「故に罰を与える。一人の罰は全員の罰だ。先ほど君たちは学びにきたと言ったな。では学ばせない事が罰になる。今日の授業は終了だ。学びの機会を失ったな。他のクラスから遅れを取るわけだ。おおいに嘆きたまえ。ではな。」


まだ理解が追いつかず呆けている私たちを尻目に、セーロンズ女史はドアまで進むと振り返りこうも言った。


「自習だからと言って声の一つでも立ててみろ。3日はベッドから起き上がれないように鍛えてやろう。無論全員だ。」


ドアが閉まり、廊下に響く靴音が遠ざかっていった。その後、終業の鐘がなるまで、私達のクラスが静寂に包まれた事は言うまでもない。






「今日は君達の習熟度合いも確かめながら話を進める。」


皆が初日の恐怖を振り払い、熱心に耳を傾ける。


「一般教養であるが、私の専攻にも少しかかる話だ。結局のところ知識という物は樹木の様な物だ。一つの専攻というのは枝葉の一つに過ぎない。一つの葉の成り立ちを追うには、枝を探し、幹を理解し、根を掘り返さねばならない。もしくは土や光も考慮しなくてはならないのかもしれん。」


「何が言いたいのかと言えば、自分に関係の無い一葉の知識と思っていたものが、実は自分が興味のある一葉を支える枝であった。などという事は往々にしてあることだということ。まったくの無駄になることはないと初めに伝えておきたい。」


「・・・それだというのに、生物学は金にならないと常に予算の縮小ばかり。たかだかの金と、あらゆる生物の謎を解き明かし、果ては生命の根源に迫るという命題のどちらが大切かなど一目瞭然であろうに。・・・話が逸れた。貴族の子女たる諸君。卒業した折りには是非とも支援の程宜しく頼む。」


「(野良犬にでも喰わせてこいって言ってたよね・・・)」


またしてもクラスの心が一つになった。


「本題に戻す。種族についてだ。モンスターと呼ばれる異形を含めれば星の数程にもなるが、今回は我々が人種と区分している者達に限って話す。」


「まずは光神アルトラーゼの使徒種について。講義中は敬称を省くからそのつもりで。そこの男子。光神の使徒種とされている種族を答えよ。」


視線を向けていた男子生徒はすぐさま答える。


「はい。ヒュマノ。エルフ。ドワーフ。ビスタルの4種です。」


「宜しい。」


満足そうに頷くセーロンズ教授。


「このファストレオ大陸中央から北部を中心に、光神アルトラーゼの使徒種は生息している。共通の言語、アルト語を使用しており、種族毎に国家を多数形成しているな。」


「まずはヒュマノ。我々だ。現在最も種族数が多く、それに伴い存在する国家も最も多い。それ故、国家同士の軋轢も起こりやすく、紛争も起こりやすい。他の種族を国民として迎え、多種族国家を作っていることもあるが、人間至上主義を謳い排他的な政策を採っている国もある。数が多い故の多様性だな。」


「エルフ。ヒュマノよりも長命であるものが多く。齢500にも届く物がいるとも言われている。平均すると300年ほどが寿命だ。国もあるが、部族ごとに閉鎖的な集落を作っていることも多い。このような集団は外部との接点が少なく、正確な数は把握しづらい。保守的な者も多く、自然の中で暮らすことが多い。」


「ドワーフ。エルフには劣るが、こちらも我々より長命だ。寿命はおよそ200年。国もある。エルフに比べれば革新的な者が多い。いや、革新的と言うよりは、自分の興味に没頭した結果、禁忌を犯すことさえあると言うのが正確か。同好の士達が集まって、目的の為にヒュマノの国に集落を作ることも珍しくない。」


「ビスタル。多種多様な姿を持っている。ビスタルというのは我々が便宜上つけた彼等の総称だ。そう呼ばれることを嫌う者達もいるので心に留めておけ。寿命はヒュマノと同程度。我々と獣の姿を融合したような姿をしている。犬科のような姿のウォーヴズ。猫科のようなキャッテル。兎のラヴィー。熊のグリーアル。数が多いので省くが、彼等も主に同じ種族で固まって集落を作っている。ビスタルとしての国はない。」


「各種族の種族特性を含めた詳細は、生物学において取り扱う。興味があれば受講すると良い。さて、ここまでは光神の使徒について述べたが、そこの女子生徒。そう君。光神の使徒が授かった恩恵ギフトはなにかね。」


窓際に座っていた生徒を指す。


「はい。スコアです。」


「スコアとは何かね。続けて。」


「はい。スコアとは筋力や敏捷性、知力や精神力等を数値として表わす物です。」


「うむ。では、その後ろの男子。数値で表わされる項目残り4つだ。わかるか。」


「はい。器用さ。頑強さ。持久力。信仰の4つです。マム!」


「よろしい。基本ではあるが、集中して授業に参加しているな。」


二人に視線をやり大きく頷いた。


「このスコアの有用性は言うまでもない。己の現在地を示し、足りなければ研鑽することができる。育成機関においては、これらを元に育成計画を練ることが可能だ。無論この数値をふるいとすることもある。」


「また、スコアは祝福までの不足を計るという観点からも有用だ。ほとんどの者が知っていると思うが、我々には光神の『祝福』が与えられる。研鑽を続けた者への褒美だな。一番初めは8項目の合計数値が80を越えた時。祝福を授かり生物としての位階が一つ上がる。」


「ここで特筆すべきは、あくまで合計で80になれば良いと言うことだ。極端に言えば、筋力を80まで上げれば、例え他の能力値が0でも構わないということ。つまり、戦闘を行わない針子だろうと、料理人であろうと器用さや精神力、信仰心等を上げていけば位階は充分に上げられる。」


「位階上げによる祝福は全能力の向上。おおむね1~3の数値で祝福される。特に力を入れてきた能力は上がりやすい傾向にある。これを少ないと思うか多いと思うかは人それぞれだが、私は大変に素晴らしい祝福だと思う。最初の内は鍛えた効果が顕著にでて数値も上がりやすいが、位階が上がり、更に鍛え続けていくと格段に上がりにくくなる。自分の限界に近いところから、無条件で能力が増すのだ。こんなに有り難いことはない。」


「自分のスコアの作り方は、自分で後悔の無いように進めなさい。種族特性も加味した上で作って行くことが常道だな。」


「余談だが、先に出したモンスター。彼らは実に多種多様な種族特性を持っている。私の研究テーマはもっぱら彼らだ。特にダンジョン内のモンスターは地上のものより遥かに多様性に富んでいる。昨今では、地上のモンスターの原種はダンジョンのそれではないかとの考えが主流になりつつある。私も賛同している。ただ、同時に大陸北西部の大未開地域に生息する超常種へは、別なアプローチが必要になるとは考えるがね。」


「そう。ダンジョンと言えば、隣国のグランノルツに、リドベルのダンジョンというものがある。これが興味深くてな。なんでも一度活動を停止した後、最近復活したのだとか。それだけでも一見の価値があるが、ダンジョン内の生態系に変化が見られるという。暇を作って行かねばならぬと考えている。実にそそられる。」


ニヤリと口が歪み、眼光が鋭く光った。


「(逃げて!モンスターさん超逃げて!)」


またまたクラスの思いが一致した。


「話が少し逸れたな。では次に闇神ユーヴルフェルナの使徒について・・・


講義は続く。



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