Ⅱー10

探索の中でも最大級と言える発見があった。


北西の端から南東の端、つまりゴブリンの山からねぐらに向けて、対角線にまっすぐ帰ってみようと思ったのだ。時折木に登り、方向を確認しながら、遠方にみえる岩山を目差す。


道中は、比較的小型のモンスターしか見かけなかった。鹿、猪、兎、鼬、蝶、蜂など。正直モンスターなのか動物なのか、見分けが付きにくいレベルだが、兎もサイのような2本角だし、蝶も集団で飛び回り、鱗粉をかけて眠らせたか、痺れさせたかして、動けなくなった兎に口を刺して何か吸っていたのでそう判断した。




木々を縫い、岩場を越えて進む。ようやく半分かといった辺りまで差し掛かったときに、虎徹が反応した。


「アッチニ、アル。ミセル、イッショニコイ。」


珍しい。知っている場所でも俺に先行させてくれていたのに。余程のものがあるらしい。着いていこう。


しばし黙って付いていく。途中から足音を忍ばせ、周囲の警戒を一段階高めた。俺も真似する。何か聞こえる、物音。それと、話し声。ゆっくりゆっくり進む。2~30m先で木々が途切れている。茂みの中からのぞき込む。


人工物。大地から2mほど掘り下げられた、直径50m程の円形の広場。切り出された石で壁も地面も敷き詰められている。両端には、高さ3mほどの石の祠らしき物が向かい合って立っている。


広場には数組のパーティーがおり、装備を整えたり、談笑しながら荷物を整理したりとそれぞれだ。壁際には敷布の上に物を並べて、商売をしているような者もチラホラみて取れる。その横には護衛らしき冒険者もいる。ここは冒険者の拠点か。


あの祠は、と視線をやると祠の中から新たなパーティーが出てきた。男3人に女2人。先頭は身軽そうな細身の剣を携えた女。おお、エルフじゃないのかあれ。揺れる編み込んだ髪束の横に、長い耳がピンと天を向いている。肌は白く透き通っている。続いてワーキャットと言えばいいだろうか。ショートソード2本腰に差した細身の男。大湖で見たワーウルフの運び屋の猫版。細長い尻尾をフリフリ歩く。続く3人は人間に見える。大柄な男は重厚な鎧を着込み、大盾と剣を背負っている。刈り込んだ短髪が勇ましい。眠そうな女は、表情に似合わずローブをはためかせ颯爽と歩く。手には先端に光る物が埋め込まれた杖。主張するお胸が艶めかしい。最後を歩く男は寡黙な男。他の4人が談笑するのを一歩引いて聞いている。詰襟に銀の刺繍がされた装いに、銀色の金属製の杖を持っている。ここまでならギリギリ後衛かなと思ったが、肩口、胸前、腰回り、太ももとやたら短剣を備えている。


この5人は雰囲気がある。あの目つきの悪い槍士達と良い勝負だと思う。少なくともこの場にいる他のパーティーよりは格が上だ。5人は広場の一角を陣取り装備品の手入れを始めた。あの祠の先で戦闘があったのだろうか。その割りには荷物が少ない。その後、軽く食事をし、商売人から2,3入り用の物を買うと、出てきた祠とは違う祠に姿を消した。目的の階層はここではなかったのだろう。


俺は虎徹に合図を送ると、ゆっくりその場から去った。


その後、北西の端から冒険者の拠点までの時間と、だいたい同じ時間をかけてねぐらまで戻ってきた。冒険者の拠点はこの階層のおよそ中央にあるらしい。用がなければ素通りもできると。


あれが萩月さんの言ってた先だろうなぁ。あそこを突破しないと行けないのか。祠を調べるにも人目が多すぎる。まずは知らないとだな。


何はともあれ、この階層の約半分の探索を終えたことになる。虎徹がいてくれて本当に良かった。






探索を終えて帰った夜。虎徹に相談をした。


「明日からなんだが、暫く別行動にしたい。」


「ワカッタ。オレ、ヒトリデカル。コハクハ、ナニスル?」


「この前教えて貰った冒険者、人間の拠点を、んー、ねぐらかな?調べてくる。」


「ヒトリデイイノカ?」


「ああ、戦うつもりはない。できれば祠の、石の穴の中も見たいけど、何もわからないから、ちょっと勉強してくる。」


「ベンキョウ?ナンダ?ツヨクナルカ?」


「まぁ、役にはたつかな?」




翌朝、稽古の日課までは今まで通りに過ごし、袋の中に持てるだけ干し肉を詰め込み出発した。


虎徹は青ザリガニを狩るらしい。


もちろん地底湖のことも教えてある。初めて見たらしく驚いていた。暫くぶりに入った時、水晶はやや光量を落としていたが、いまだ煌めき洞窟内を照らしていた。前回俺が入るまで、相当な時間光が差し込んでいなかったのかも知れない。もしくは俺が初めての侵入者かだ。念のため鬼火でさらに光を吸わせておいた。


燃やし続けられるかわからないが、焚き火をつけておく。あとは、ここにある食料は好きなだけ食べていいと付け加えた。たまには様子を見に帰ってくるつもりだが、そもそも俺と会う前も、一人で生き抜いているのだ。お節介が過ぎるかもしれない。


一点だけ、岩の壁を抜けるときは気をつけてくれと頼んだ。この近辺で冒険者をみたことはないが、思っていた以上に存在を確認してしまったので、不安になってしまった。虎徹は理解してくれて


「キヲツケル。ココハスキダ。」


と言ってくれた。本当に理解が早い。






さてと、茂みに潜り込み冒険者の広場に目を凝らす。今日も数組の冒険者と、露天が目に入る。基本は観察である。俺がここで果たすべき目的は


①この拠点の終日の動きを知る。

②この拠点に来る冒険者の目的を知る。

③冒険者の戦闘能力を測る。

④人間達の言葉を覚える。

⑤祠の先を知る。


である。


まず、一日通して観察し、忍び込む隙があるのか見定める。次にこの階層に目的があるであろう冒険者に付いていき、目的と戦闘を観察する。行動範囲と戦闘能力を見定め、事前に対策を打つためだ。で、本命は言葉。彼等が俺の言葉を覚えてくれる訳など無く、ならば俺が歩み寄らなければならない。率先してコミュニケーションが取りたい訳ではないが、彼等の思考を読むためにも、覚えてまったく損はないはず。祠の先については正直努力目標。できればいいなくらいだ。




初日。ひたすら時折聞こえる会話を耳にしながら観察。とりあえず、会話はあまり意識せず、シチュエーションと一緒に聞き流す。冒険者の出入りも少なからずある。素通りする者達もあれば、この階層に出かけていく者達もいる。少ないがソロで動いてるヤツもいる。


「(ああ、怪我して帰ってくることもあるよね。うーんあれは助からなそう。)」


「(お、鉱物採ってきたか。ゴブリン山か?)」


「(商人と揉めてる。いや、価格交渉か?)」


「(祠から出てきたヤツ、戦利品満載じゃん。で、素通りでもう一つに入ると。てことはあっちが帰りかな?)」


「(ゲッハハうるせぇ笑いだなぁ。会話が聞こえねぇよ。さっさと先行け。)」


「(あ、あの槍士じゃん。行きの祠から出て、荷物もって帰りの祠へと。今日はここには寄らないのか。ゲッハハに呼び止められた。すっげぇ嫌そうな顔。)」


「(西側が帰りで、東側が行きかな?)」


人間達の織りなす様々なドラマを見ながら色んな事を考えていると、空に赤みが出てきた。


「(片付ける商人もいるけど、まったく気にしてないのもいるな。泊まりか?)」


「(森から帰ってきて、・・・寝床を確保か。うーん、確かに森の中よりは安全だけど、そうかそう来るか。)」


夜になっても人気が無くならないことが分かった。今日は俺もここで一晩過ごすつもりだ。夜と朝の様子も知りたい。




次の日、朝の動きまで確認できたので、一度ねぐらに帰ることにした。帰りながら考えをまとめる。


・人気が全く無くなることはない。誰かしらいる。

・夜もパーティ内で最低一人は見張りを立たせる。

・複数のパーティーが連携して順に見張りをすることもある。

・夜でも祠からは双方向とも出入りがある。減少はする。

・祠の西が帰り(外の世界?)で東が行き(ダンジョンの奥?)

・西側から来る冒険者も怪我をしている者もいる。

・装備のしっかりした者達、ベテランっぽい冒険者は奥に行くことが多い。

・森の中で野営する者達もいるようだ。

・商人も夜通し店を開く者もいる。


とりあえず、今は祠を探索できないことが分かった。あとは、恐らくここが一番若い階層ではないし、一番深い階層でもないこと。


帰ると虎徹が生で青ザリガニを食べていた。


「よぉ!火着けるか?」


「タノム。ヤイタニオイスキダ。」


枯れ木を組んで火をつけてやる。


「じゃあ俺は少し寝るよ。昨日は徹夜だ。」


「テツヤ?ナンダ?」


「昨日の朝から夜、夜から今日の朝まで寝ない。起きてた。」


「ソウカ。ネロ。」


「おう。寝る。おやすみ。」




起きると虎徹はいなかった。どこかに狩りに行ったようだ。寝床の近くに皿に乗った焼いたザリガニが置いてあった。


惚れてまうやろ。


美味しく頂いた。






それからというもの、かなりの時間を観察に割いた。探索に向かう冒険者に同行し、戦闘も見ていた。目的としては千差万別。まぁ当たり前か。特定のモンスターを狩って素材を集める者や、魔核だけ持って行く者。鉱石や植物などの採取を中心とする者もいれば、単純に腕試しのようなことをするのもいる。変わったところでは冒険者同士の殺し合いも見た。異世界来ようとも人間は変わらないんだなぁとしみじみ。本能がそうさせるのか、それとも理性がそうさせるのか。まぁいいや。もう違う種族だ。


戦闘能力もピンからキリまで。ゴブリンを数体まとめて瞬殺する手練れもいれば、猪に追われて吹っ飛ばされるやつもいる。変な技スキルみたいなものは無いけど、なんか違和感があるんだよなぁ。


魔法も見ることができた。火の玉をぶつけたり、氷の矢を飛ばしたり、風の刃で裂いたり、土塊を壁にしたり。詠唱が必要で、杖とか何かを媒介にして発動してたと思う。唯一見たエルフの魔法は、手をかざして短い語句で出してたから人間の魔法とは違うのかもしれん。最初は目の前で起きた超常現象に感動したが、浮かんだ疑問が解決せずへこんだ。


氷と土はなんなくわかる。だが火の玉と風の刃ってなんだろうかと。見てるとぶつかった時に衝撃があるんだが、火の何がぶつかり風の何が切っているのかと。結局のところ火や風をカモフラージュにした物理攻撃なのではないのかと、混乱してきたので答えを諦めた。


言語に関しては可も無く、不可も無く。繰り返される単語に関してはだいぶ覚えてきた。俺(私)、お前(あなた)、これ、あれ、行く、帰る、食べる、飲む、よく使われる罵る言葉など色々。ただ文法が今ひとつ。主語らしきものが後ろに来ることが多いが必ずではない。助詞らしきものが数種類あるようで、日本語に近い言語なのかもしれない。そもそも正解を聞く相手がいないからな。今できるのはここまでか。






ねぐらに戻り、相棒と飯を食う。


「人間のねぐらを調べるのは、一旦終わる。勉強は終わることにするよ。」


「ソウカ。デハドウスル?」


「ここの階層の探索を再開しようと思う。残り半分を調べたい。あと、強くなるために進化を目差す。人間も強いのが沢山いる。」


暫く考え込む虎徹。


「ハナシガアル。」


おっとこれはまさかの断られるパティーンですか?話があるの。なんて枕詞で別れを切り出した遙か昔の元彼女さん、元気ですか-!


「お、おう。」


やめろ。変な間を作るな。無駄にドキドキする。


「コハクハ、マカクタベテシンカ、シタイッタ。」


「ああ、そうだな。」


「オレシンカナイ。ゴブリンシンカアル。オレマダナイ。」


「それはまだ魔核が食べ足りないとかでは?」


「ズットタベテル、マエカラズット。コハクアウマエノ、ズットマエ。」


「魔核を食べているのは以前に進化をして知っていたからじゃないのか?」


「ホカノゴブリン、タベテルノオボエタ。タタカウモ、オボエタカラ、タタカエタ。」


絶句してしまった。てっきり虎徹は、ゴブリンから進化して今の強さを手に入れてるもんだと思っていた。


「ツヨクナレナイ、イヤダ。オレカンガエタ。コハクニタノム。」


「あ、ああ。俺にできることなら何でもするぞ。」


俺が力強く頷くと、同じように虎徹も頷く。


「オレハ、コハクトオナジ、オニニナリタイ。」


その発想は無かった。

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