Ⅱー8

さて、そうと決まれば呼び方を決めねばなるまい。名前が無いのは想定内だが、いかんせん決まっていない。そんな彼は、ボリボリとナッツを食べている。うん。それ止まらないよな。


ぎん』でもいいんだけどさ、なんかこう安直な上に、引っ掛かるものがある。仮に。あくまで仮にだ。俺以外に、彼の事を名前で呼ぶ者が現れたとしよう。初対面ならきっと敬称をつけてこう呼ぶ。『銀さん』と。


オタク気質の俺としては、どうしても某よろず屋さんとか、黒いラグーンの任侠さんとか浮かんでしまっていかん。どちらも大変よろしいキャラクターだし、あやかるという意味でも有りなのかもしれないが、有りよりの無しで。


きっと避けたほうがいい。そんな気がする。


あ、水飲む?・・・飲むらしい。水分欲しくなるよね。ウィスキーでもあったら最高なんだけどね。


じっと彼の顔を見る。基本しかめっ面なんだよな。すっごい頑固そう。・・・がんこ、・・・かたい、・・・ダイヤモンド、・・・こうぶつ・・・てつ、・・・こうてつ・・・・・・お!いいかも。


キレッキレのイメージもなんか合うし、語呂もいい。そんな名前のキャラクターもいるけど、もう気にしない。それを言ったら俺だっている。これ以上はない。


「よし!決めた!お前の名前は『虎徹』。こてつだ!』


顔をあげたら、まだナッツを食っていた。ちょっと置きなさい。名残惜しそうな顔をするな。後でまたあげるから。


大事なこと言うぞ、と、目をしっかり見据え


「これから一緒にやっていく上で、名前がないと不便だ。勝手に決めたから、嫌だったら後で自分で変えてくれ。言葉も教えていくつもりだ。」


絶対意思は伝わってないけどな。


「虎徹。お前をそう呼ぶことにした。こ・て・つ」


「コ、テ、ツ」


「そうだ。コテツ。俺、琥珀。お前、虎徹。」


指を差して意識付けさせる。


「オレ、コテツ。オマエ、コハク。」


驚いた。言わずとも俺とお前の意味を理解してる。今までの会話で覚えたのか。並みのゴブリンじゃないとは思ったが、頭の回転も並みじゃない。


「そうだ。琥珀と虎徹。虎徹と琥珀だ。」


「コハク、ト、コテツ。コテツ、ト、コハク」


そう言うと、虎徹は力強く頷いた。俺も頷き返す。


うん。いいんじゃなかろうか。なんかこう兄弟分みたいな響きを感じる。どっちが兄で弟かな。どっちでもいいか。足りないところを補って行けば良い。・・・兄弟か。10年以上経ってたかな。あいつと話さなくなってから。最後は、じいさんの葬式だったかなぁ・・・。


しんみりしてしまった。ん?なんで見つめてんの?慰めてくれてるの?・・・あ、ナッツ?






小鬼とゴブリンの共同生活が始まった。






「コハク、イクゾ。」


「はいよ。ちょっと待ってな。今行くから。昨日も言ったけど、肉が残り少ない。今日の探索の前にカエルを狩ろう。」


「ワカッタ。カエル、カル。」


虎徹に急かされ準備を急ぐ。朝は変わらず、水汲みから始まる。天秤棒に薄臼を二個ぶら下げた物を、一人が両肩一組ずつ担ぐ。もちろん二人ともに同じスタイル。計8個の薄臼を走って運ぶ。


岩山の隙間を抜ける。内側からの風景は、俺と同じ物が見えるらしい。だが、外側から見ると高い岩山があるだけとのこと。しかも、岩山の外側は何もない。岩塩も黒曜石も内側にしかない。外からの来訪者にとっては何の魅力もない岩の壁があるだけだ。よほどでなければ、寄りつかないだろう。


水を汲んだら、湖に浸かり体を洗う。なぜ体を洗うのかと聞かれたので、体を洗ってにおいを落とさないと、獲物や敵に気付かれやすいぞと説いた。雷に打たれたような顔をして、率先して入るようになった。




水満タンの薄臼を、4個ずつ担いで丘を登って行く。さすがに重い。二人で顔を真っ赤にしながら負けじと進む。


虎徹は普通のゴブリンより、明らかに力が強い。あれから何度か普通のゴブリンと相対することがあったが、俺は力負けしない。だが、虎徹と俺を比べれば、わずかに虎徹が上かもしれない。良い勝負だ。


やはり、普通のゴブリンではない。見た目からして違うのだが、何より知能が高い。人間と比べても遜色がない。断言する。


言葉を覚えて貰おうと、俺は思っていることをできるだけ言葉として発している。その中で繰り返し使っている単語などは、あっという間に覚えて使い出す。間違った使い方を指摘するとすぐに修正し、二度と間違わない。恥とは微塵も思わず、むしろ率先して間違って、俺から答えを引き出しているようにも思う。


環境がなかっただけなんだと思う。ずっと独りだったと言う。見た目の違いからゴブリンの群からも遠ざけられ、敵視されていたようだ。故に、独りで生きる術を探し続けた。辿り着いた答えが戦い続けること。敵を殺せば自分が生き残れる。至極単純な答え。戦いこそ生きること。それが彼なのだと思った。




水汲みを終え、稽古の準備をする。二人で木刀を持ち素振りを始める。


彼が来た翌日も、日課の稽古を一人でやっていたのだが、暇だったのか俺の隣で真似し始めた。言葉がある程度交わせるようになると、質問をするようになり、素振りの意味を理解した。理解した途端、素振りの質が一気に上がった。今では俺より様になっている気がする。おのれ負けぬ。


木刀に興味を持ってくれたおかげで、互いに打ち込む事ができるようになり、更には試合しあうことも可能となった。毎日互いに痣を作り合いながらも競い合う。実戦的な稽古ができることに感謝した。


ある日、彼が木刀を握って考え込んでいたので聞いてみると、俺の真似をしているがしっくりこないのだと言う。俺は、どちらかと言えば後の先を意識したり、動きを見てカウンターを合わせたり、いなしたりする戦い方を好んでいる。思い起こせば、彼は先手必勝、一撃必殺型だったと思い出し、刀・剣術の型は一つじゃ無いから、自分の形を模索しろと伝えると迷いがなくなったようだった。




一通りの稽古を終え、腹ごしらえを済ませたら、装備を整え狩りへ。


食材の確保の時間だ。食材を蓄えるという考え方を覚えた彼は、非常に協力的だ。今までは出たとこ勝負で、たまたま食える敵を倒したらその場で食べ、運が悪ければ飢えを我慢する。そんなその日暮らしをしていたらしい。飢えるのは嫌いなようだ。俺とて餓鬼を経験してからというもの、飢えないことが最優先項目と言っても良い。飢えていては強くなるもならないもない。


道中、プレーリーを一匹狩っていく。これは余談だが、彼の顔の傷はプレーリーにつけられたのだという。詳しく聞くと、初めて辿り着いたこの丘で、穴をのぞき込んだら引っかかれたらしい。彼の滑稽な様子を想像して思わず爆笑してしまった。笑いすぎだと木刀で殴られた。殴られた分、有用な話に至った。


傷が生まれつきでないのなら、なぜ甦った後も傷があったのか疑問に思ったのだ。やや不機嫌な彼を宥めながら聞いていくと、傷を負った後、しばらく死ななかったことがわかった。長くその状態が続く、もしくは傷も自分の一部だと認識してしまう、それが条件ではないかと推測した。大怪我をした際は、覚悟を決めた方がいいのかもしれない。




小湖に到着。仕留めたプレーリーから魔核を抜いた後、長い縄の片方をグルグルと巻き付け、湖面に流してやる。待つこと数分。


浮いていたプレーリーの体が、水中からなにかに突き刺されたと同時に、縄ごと湖に沈み込んだ。


「かかったぞ!引け!」


「オウ!」


早い話が釣りである。水中から突き出たのはカエルの舌。舌の先を硬化させ、獲物を貫き、そのまま巻き取り高速で飲み込む。かつて俺の胸を突き刺したのもこれである。木の幹ぐらいなら楽に貫く一芸。


「おらあああ!上がってこいや!」


「グヌオオオオ!」


このカエル。食い意地が張っており、一度飲み込んだ物は意地でも吐かない。二対一の綱引き。互いに地の利がある状態で拮抗する。しばらくの均衡の後、根負けしたカエルが地上に飛び上がってきた。


体高2メートル程の巨大ガエル。注意すべきは、舌による刺突と、でかい体を使ったスタンプ。打撃は効きづらいので、俺はナイフで虎徹はハチェットを装備。中途半端に攻撃しているとすぐ逃げる。出来れば皮を大きく使いたいので、体の皮は傷付けたくない。


動きにやや癖があり、何かする時ぐいと体を沈ませる。次が重要。ケツが更にクイ、と下がれば


「ウエカラ、クル」


「あいよ!」


ちなみに最初の挑戦の時、俺は一度潰された。ここは左右に飛んで回避する。


続いてまたやつの体が沈む。今度は・・・ケツが上がった。


「舌だ!狙いはそっち!」


「カワス」


ちなみに2回目の挑戦の時、頭を狙って飛び上がった虎徹は、空中でこれに刺された。


こちらへの注意が漏れたと走り出す。カエルの口が開いたと同時に、俺は加速して急接近。口の高さまで飛び上がる。虎徹は体一枚分捻ってよけ始める。刹那、指先分開けて、やつの舌先が虎徹の横を走り抜けた。


振りかぶっていた俺の前に、除幕式のテープカットの如く、ピンクのラインが現れた。もちろん切ります。硬さはないが鋭さなら一級品。黒曜石のナイフ。一家に一本いかがすか!


スバッ


と、手応え充分。


バクッ


直後にカエルの口が閉じる。駆ける音が聞こえる。場所をあけよう。飛び退き振り返る。高く飛び上がる虎徹と、身構えケツを僅かに上げるカエル。


「残念。もうねえよ。」


伸びぬ舌。下る鉄槌。


ズグシュ


頭骨もろとも、中まで割いた。


伸びて痙攣するカエルを横目に、互いの拳を合わす。


「今回は楽勝だったな。」


「オレ、トコハク、イッショ、ニ?ヤレル」


「一緒、なら、やれるだな。」

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