Ⅱー7

その日、重い足を引き摺るようにしてねぐらに戻った俺は、一晩かけて自分の心の内を整理した。願いは何か、迷いはないか、誇りはあるか、卑屈はないか。心は決まった。納得できた。


心が落ち着いたせいか、すっと眠りに落ちてしまい、次に目が開きドキリとしたが、空はようやく白み始めた辺りで、ほうと胸を撫で下ろした。


水汲みはいつも通りに。今日は湖畔で素振りを一通り行う。終わった後、湖に浸かり身を清める。戻っては荷物をまとめ、いざ、とねぐらを後にした。銀ゴブのハチェットと共に。




大湖にて待ち人を待つ。リスポーン地点はここではないだろう。だが、待つと決めた。それにハチェットは俺が持っている。来るに違いない。


だが冒険者達が来るのは困る。念のため、少し離れた木の上で目を凝らす。


干し肉をガシガシ齧りながら暫し待つと・・・


来た。


冒険者だ。息を潜める。


ただ昨日とは顔ぶれが違う。男女2人の4人構成。若い。あどけなさも残しているように見える。荷物持ちはおらず、4人とも武装しているようだ。内一人は、まさに魔法使いでございの装い。やはりあるのだろうか、魔法。見たいが、撃たれたくはない。静観しよう。




4人は、湖畔に陣取ると和気あいあいと食事を始めた。まぁね、ロケーションはいいけどね。爆ぜろ。いや、もう少し警戒した方がいいんでないかい?そこモンスターでるよ?ここにもいるけど。


ダッバァァァァ


唐突に、激しく水音が轟いた。何かが湖に飛び込んだか。驚き、目をやる。やや離れた湖上を黒い島が動いてる。なんだ?4人も見つけたらしく騒いでいた。


グングンと勢いを増して近づいてくる。黒い島はよく見ると白木が2本生えている。固唾を飲んで見守っていると、岸まであと少しというところで突然に体積を増やした。


猪だ。それも超特大。体高は3メートル、体長は5、いや6メートルはあるのではなかろうか。逞しい2本の白い牙がこれでもかと主張している。足跡の主か。想像を遥かに越えている。


冒険者の一人が何事か叫ぶと、一斉に来た道めがけて、全員が走りだした。賢明だ。いのちだいじに。


当の猪は、冒険者達には目もくれず、ブルブルと身体をふると、その身の水気を振り落とす。続けて

豚鼻特有の音を長く出したと思いきや、背を丸めて毛を逆立てさせた。すると、バチバチと音が鳴り出し、身体全体を発光させている。放電!?身体を纏う光が収まると、残っていた水分が蒸発したのか、湯気が立っていた。


俺が、呆ける内に、キノコのある林に向かって歩いていき、30分としない間で戻っていった。お散歩コースかよ。あんなのゴブリンと同じエリアにいてはいかんでしょ。


キノコは取りすぎない!と固く誓った。





待ち人来たれり。


猪が去り、体感1時間。銀ゴブが現れた。ハチェットを持って。


何で持っとんねん!初期装備じゃ無いよね?俺腰巻き一つよ!?


・・・とりあえず今は考えるのをよそう。


俺はするすると木から下り、両手を挙げて近づいた。彼は初め身構えたが、敵意がないのを察してくれたか、構えを解いた。よかった。しっかり認識されてるらしい。第一関門突破。


「よお!覚えてくれて嬉しいぜ。まぁ分からないだろうけど。これを渡そうと思ってな。」


ハチェットの柄を向けて、近づけてやる。ややいぶかしみながらも受け取ってくれた。


「どうだ?お前のだろ?」


斧を指さし、彼を指さす。彼は、新しく持ってきた斧と渡した物を見比べて、軽く何度か頷きながら、最後に大きく頷いて一言


「グゥア」


と発すると、振り返り行こうとした。


「待ってくれ。待ってくれ。俺は、お前と話がしたい。一緒についてきてくれないか?行こう。あっち。行こう。一緒に。」


慌てて前に回り込み、両手を出して立ち止まらせ、俺、彼と指さし、あっちへと拠点に振る。


うっわ、すっごい眉間の皺。こういうのは種族を越えるんだな。が、諦めない。


少し先に歩き出し、おいでおいでしてみる。


動かない。


あっちあっち。俺とお前。行こう。木刀渡すか?と差し出してみる。


フルフルと首を振られる。が、一歩踏み出してくれた。きたぁ!うんうんと頷き、先を進んでみる。着いてきてくれる。


第二関門突破ぁ。まだまだ行くぜぇ!


時々振り返り、彼を確認しながら拠点への道を行く。林を越え、丘を越え進む。招いておいて岩山を越えさせるのは気が引けたので、切れ目に向かって歩いて行く。岩山が見えてきた。そのまま切れ目の前まで誘導。改めてこっちだと指をさす。


あれ?皺がまた出た。嫌なのか?もう少し進んでみる。彼の足は動かない。だが、表情が変わった。目を見開いて、驚いてる?戻ってみる。また驚いてる。


・・・まさか。見えてる物が違う?ええい、ままよ!彼の腕を取り引っ張る。すると彼は、まるでそこに壁でもあるかのように手を押し出した。だが、勿論そんな物はなく、するりと内側へ入ってきた。驚いた顔のまま、彼は進んだり戻ったりを繰り返し、あるはずのない壁を触ろうと手を伸ばす。


できの悪いパントマイムを見ているようだ。何かあるように見えるらしい。なるほど。いくら端にあるからと言って、全く生物も何も寄りつかないってことは無いよな。知らないところで守られていたらしい。素直に感謝した。


気を取り直して、まだウロチョロしている彼を引っ張り込む。目的地はもうすぐだ。枯れ木混じりの林を抜けて、愛しの我が家にやってきた。


「準備するから、座っててくれ。ここで、待って。」


丸太を転がしただけの椅子。輪切りにした丸太の上に、枝を編んだだけの粗末な机。そこを指さし座ってくれとジェスチャーする。


とりあえずと木の椀に水を注ぎ、鬼火で冷やして出しておく。


きょろきょろと周囲を見回しながらも座ってくれた。冷たい水に驚いたようだ。


あまり待たせてはいかんと、さっそく火を起こし、途中まで準備しておいた食材に向かう。


先日捌いておいた、プレーリーの枝肉1体分をそれぞれ塩と塩+ガーリックパウダーを振りかけて焼く。残してあった、青ザリガニの身を同じく味付けして焼く。芋虫を茹でる。それらを二人分。後はナッツを添えるだけ。俺が今出せる精一杯だ。




調理が終わり、盛りつけた皿を机に並べて面と向かって座る。ニンニクの香りが食欲をそそる。彼も何度も口にしているだろうが、火を入れた物は初めてなのかもしれない。興味深そうに鼻をヒクヒクと動かしている。


「待たせた。まずは、昨日は助かった。ありがとう。そして、一緒に戦えなくてすまなかった。この通りだ。」


座ったまま頭をさげた。顔をあげると彼は神妙な顔をしていた。構わず続ける。


「助けて貰っておいてなんだが、昨日の戦いは違うと思う。あれはただの自殺と変わらない。そこは納得していない。きっとお前なりに矜持があるんだとは思う。でもあんな死に方しないでくれ。お前は俺の憧れだ。勝手だが宜しく頼む。」


もう一度頭を下げた。


「この飯は感謝と詫びのつもりだ。食ってくれ。さぁ食おう。」


さあさあと手で促し、俺も口をつける。俺が肉に齧り付くと、彼も口に運んでくれた。一口食べると目を見開き、二口、三口と続けてくれた。他も気にはなるが、どう食べたものかと思案しているようなので、まずはと青ザリの身を取った。彼も歯は達者だろうと決め込んで、殻ごとバリバリ食べた。真似して彼も食べると、大層気に入ったようで一気に食べ進めた。取っておいて良かった。口休めにと柔らかい芋虫を掴み、頭を残しガブリと食べる。どうやらこれも気に入ってくれたようだ。ナッツは食後にでも摘まもうか。



二人で残さず平らげた。まあ、お残しなんて許しませんけど。彼の顔も心なしか緩んで見える。これにてお礼と謝罪ができて、第三関門こと、目標その1が達成できた。恐らく伝わってはいないだろうが、俺の心は晴れた。付き合ってくれてありがとうよ。


では、最終目標に取り掛かろうか。


「でだ、もう一つ話がある。」


彼に向き、真剣な目をすると彼も同じく返してくれた。


「俺の名前は琥珀だ。俺、琥珀。こ・は・く。わかるか?」


自分に指さし琥珀と名乗る。


「・・・コ・・・アク?」


「誰が小悪党じゃい!こ、は、く。」


「コ・・・ハク」


「そう!琥珀!俺は琥珀!」


「コハク」


うんうんと頷き、大きく肯定する。


「俺は琥珀、お前は?」


指を自分に指しては琥珀と名乗り、お前は?と聞きながら彼を指さし続きを促す。何度目かで理解できたらしいが、フルフルと彼は首を横に振った。


「そうか、ないか。大丈夫だ。問題ない。」


わかった、待てと、頷きなだめる。


「単刀直入に言おう。」


もう一度強く彼の目を見る。


「俺は、琥珀は、お前と一緒に戦いたい!一緒に強くなりたい!」


「・・・・・・?」


ああ、皺が!ぐっ!ジェスチャーが難しい!


「ちょっと待ってろ!」


洞に入って木刀をもう一本持ってきて彼に渡す。立ち上がらせ、座っていた丸太を立たせて、それに向かい二人で並ぶ。


「琥珀と、お前」


指を交互に指す。


「一緒に」


肩を組む


「敵を倒す。」


彼の木刀を持つ腕を取り、丸太を互いの木刀をあてて倒す。


「強くなりたい!うおおおおおッ!だ。わかるか?やれるか?」


丸太をもう一度を立てる。彼の手を取り、動かしてやる。


「続いてくれ。俺と、琥珀」


俺、俺、と何度か彼自身を、彼の指で指す。琥珀、とこちらに指を指させる。


「オレ・・ト、コハク」


「そう!一緒に」


肩を組む。


「イショニ」


「いっしょに」


「イッショニ」


「敵を倒す。」


「テキヲ・・・タオス」


自分の意思で丸太に当ててくれた。俺もそれに合わせて丸太を倒す。


「強くなる。うおおおおお!」


「ツヨクナル ウオオオオオ!」


右手を高く掲げた。


「うおおおおお!」


「ウオオオオオ!」


「どうだ?」


彼の目をジッと見据える。彼も見返してくる。無言の間。


そして、コクリと彼が頷いた。


「そうか!やっっった!良かった!!やろう!一緒に強くなろう!!うおおおおお!」


「ウオオオオオ!」


木刀を掲げて雄叫びを上げる。彼も合わせて続いてくれる。


「うおおおおおお!」


「ウオオオオオオ!」


「よし、こういう時はこうだ。」


向かい合い、彼と上手うわてで、胸の前で力強く握手した。彼も力を込めてくれる。


「宜しく頼むぜ、相棒。」


力強く頷く。そして彼も返す。


胸が昂ぶる。最高だ!転生してから最高に嬉しい日だ!だめだ、嬉しすぎて笑えてくる。


「く、くく、・・ふ・ははっ、・・・っははは。はっはっはっはっは!」


「グッグッグッ・・・カーッカッカッカッカッカ!」


彼もつられて笑った。初めて大声で笑った彼をみて思った、


「(あ、笑い方、ア○ュラマンみたい)」


という想いは、きっともう、誰にも伝わることはないから、墓場まで持って行こうと決めた。


全目標達成。今日は最良の日だ。

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