間話・止まり木

リドベルの街

とある場末の酒場




客も疎らな店内に、冒険者と思わしき粗野な男が、ドカドカと靴音を響かせ入ってきた。


食器やグラスのたてる音、そしてたまに聴こえるささやかな会話。それだけが背景にある、穏やかな空間を破られたが、店内の客たちは、よくあることだと一瞥もくれない。


入ってきた男は、目的の人物を見つけるや否や、声をあげた。


「よお!ハゲタカぁ!やっぱりここにいたな。」


商売女を侍らせ、安酒をあおっていた目付きの鋭い男が、声の主に目線を上げた。


「そりゃいるさ。この街の行きつけはここだけだ。」


至極面倒くさそうに答える。


「最近稼いでるらしいじゃねぇか。一杯奢ってくれよ。へへっ。」


「・・・おい。勝手に座るな。」


「こんなチンケな店で飲んでねぇで、もっと気の利いたとこでやれや。マスター!俺にもまずい安酒一つな。いい店行きぁ別嬪揃って選り取りみどりよ!なぁ、姉ちゃん。ゲッハハハハァ!」


席の主の断りも無しに座り込んだ男は、瞬く間に敵を二人作ったが、知ってか知らずか我関せずで下卑た笑みを浮かべていた。


「気に入ってんだよ。嫌なら失せろ。」


「そう邪険にするなよ。同業者のよしみでよぉ、なぁ、なんかいい稼ぎ口見つけたんだろ?教えろよ。友達だろぉ?」


そう言うと粗野な男は、酒場の主人によって存分に薄められたワインの入ったマグを傾け、喉をグビリと鳴らして中のものを流し込んだ。文句はないらしい。味の違いなどわからないのだろう。


「誰が友達だ。貴様と友など怖気おぞけが走る。」


僅かに怒気を込めたが、目の前の男には伝わらないようだ。


「共に死線をくぐった仲だろぉ。つれねぇなぁ。」


「阿呆ぬかせ。依頼が数度被っただけだろう。足引っ張りやがったこと、忘れてねぇぞ。」


さすがに風向きが悪いと感じたか、粗野な男は話を変える。


「んなことよりよ。カエルで稼いでるんだろ?まだ品薄で高値だもんなぁ。俺も9層の湿で頑張っちゃあいるんだが、最近は同業が増えてなぁ。なかなかありつけねぇんだよ。その割にゃあハゲタカぁ。お前んとこは稼いでるよなぁ。そういや9層で会ったことねぇよな?」


下卑た視線が探るように覗き込む。


「たまたまだろ?そもそもテメェのつら見たくねぇから避けてんだ。会うわけねぇ。」


事もなさげに返す。


「言うじゃねーか!ゲッハハハハァ!」


「ねぇ、ハゲタカってなぁに?」


それまで静観していた女が口をひらいた。ハゲタカと呼ばれた男はこれ幸いと、しばし道化になることを良しとした。


「何でもねえよ。勝手にそう言われて迷惑してんだ。気にすんな。」


大袈裟に、さも嫌気がさしているといった顔を作りそう言った。


「なんでぇ、知らねぇのか?姉ちゃんあまり見ない顔だな。さては新顔か?ダンジョン復活の好景気にあやかろうってんだな。いいこった。なら景気付けに俺様が教えてやろう。」


ハゲタカをニヤニヤ横目にみながら、鼻息荒く話し続ける。


「ハゲタカってぇのは空飛ぶ鳥の種類でな、どうやらえらい遠くから獲物を嗅ぎ付けて飛んでくるらしいのよ。獰猛な肉食の鳥なんだぜ。で、この男よ。こいつもうまい儲けの口がありゃ、西に東に飛び回って、気付けば旨いとこかっさらって行きやがる。やっかみ混じりにつけられた渾名がハゲタカよ。見た目もそっくりだしな。ゲッハハハハァ!」


自分の頭をポンポン叩きながら、馬鹿にしたように大笑いでそう締めた。


「ふーん。そうなんだ。でも好きよ、私。ハゲタカさんの頭。不潔で臭そうな頭の男なんて願い下げ。可愛いじゃない。」


先程の意趣返しとばかりに、粗野な男を鼻で笑った。酒場の主人にしろ、商売女にしろ、黙って言われてるだけでは、冒険者相手の商売などやっていられない。


「剃ってんだよ、これは。験担ぎだ。勘が冴える。」


「なんだそりゃ?ゲッハハハハァ!」


その後、くだらない話を気が済むまで話した男は、本来の目的も大して果たせないまま、店から出ていった。




出て行った男から視線をグラスに移し、きつい蒸留酒をちびりと飲んでは、思案にふける。


「(あの阿呆といい、ゴブリンの変異種といい、面倒なのに絡まれる。・・・ゴブリンか。一度倒したら、やたら現れて邪魔するようになった。あの辺りに変異ゴブリンの巣でもできたのか?)」


この世界の常識は、死ねばそれまで。アンデッドなどの一部例外を除き、死んだ者が蘇ることはない。その常識はダンジョンの中でも例外はないとされている。故に、特定の個体が繰り返し襲ってくる、などという考えは露とも思わない。


「(またお前か、なんて叫んじまったがな・・・。あの目だ。戦うことに意味を見出している狂戦士の目だ。それも俺を知っているように見えた。まさかあいつら、死ぬ度に記憶を別なヤツに渡す能力がある?・・・まさかな。聞いたことがねぇ。)」


当らずとも遠からじ。


「(あんな目をしたヤツがゴロゴロ出てくるようじゃ、たかがなんて侮っちゃいられねぇ。変異種や強個体の情報もボチボチ出回ってる。以前のダンジョンとは違うぞ、こりゃあ。だいたい、まぁ俺にとっちゃ幸運だったが、カエルだってにはいなかった。)」


ダンジョンを変化させ、成長を促している者がいる。


「(うまい狩り場なんだがなぁ。あいつに気付かれるのは癪だし、変異ゴブリンの情報が出回るまで様子見るか。仕方ねぇ。9層にも顔出しておかないといかんしな。あんな阿呆に突っ込まれるとはうかつだった。)」


粗野な男の評価は相当に低いらしい。


「(そういや、あのゴブリンが出る前に感じた違和感はあいつだったんだろうか。この手の勘はあんまり外れねぇんだけどな。同業の気配はなかったが。別なゴブリンでも隠れていたのか・・・。まぁいいさ。)」




「ねぇ、どうしたの?難しい顔して。」


放っておかれた女が痺れをきらし、声をかけた。


「ん?ああ、悪いな。明日お前と一緒に食う朝食は、何がいいかと思ってな。」


「フフッ嘘つき。・・・ね、上で飲み直そうよ。二人で。」


「いいね。俺もそう思ってたところだ。」


そう言うと二人は立ち上がり、店の階段を登りかけた。


「ああ、マスター。悪かったな騒がしくしちまって。多めに取っといてくれ。」


立ち止まりそう言うと、酒場の主人に金貨を一枚投げた。主人は受け取ると、気にするなと手を振り、男にワインのボトルを一本投げて寄越した。


「貰いすぎだ。持ってけ。」


「そうかい。ありがとよ。」


男女は二階の一室に消えていった。






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