Ⅱー6

傷は一晩寝て起きると完全に塞がっていた。ありがたい。傷痕は残ったが、いいさ。恥ずかしい傷じゃ無い。


ただ、翌日は少し寝過ごしてしまった。夜明け間近どころか、朝焼けすら過ぎてしまっていた。


それでも体は充分に動いた為、地底湖探検の翌日だけ休み、次の日から日課を再開した。ただし後半は地下への入り口を隠す作業。理想は石を敷き詰めたり、壁を補強したりできればいいが、土木の専門家でもなければ、重機があるわけでもない。やはり隠すしか無いのだ。急ぎたかったので、鍛錬の時間を少し削ってこちらに充てた。


まず、木刀に使っている木を数本切り倒し、穴の幅に合わせて数種類の長さに切断。厚みも欲しいので半分程度に割って準備。できればしっかり乾燥させたかったが仕方ない。


穴の周囲の地面を1メートルほど削っていき、ここに木材を渡して蓋をした。更にその上から、掘って出た石や岩山から取ってきた石を敷き詰め、最後に土を被せていく。根付くか分からないが、サツキの様な低木も何本か移植してみた。地面近くの入り口部分だけは深く掘り直し、石を積んで整えた。枝を縄で括って戸板を作り、上には枯れ木を積んでおく。


とりあえず、パッと見分からない程度にはできたのではなかろうか。掘った時の土の山が残っているが、チマチマばらまいていこう。




というのが2週間ほどの出来事。


拠点の整備はこの辺りで一旦打ち止め。今できる拡充はそれほどないだろう。今日からは外へと探索範囲を広げていこうと思う。第一目標はこの箱庭の地形を覚え、頭の中の地図を完成させていくこと。第二目標はを見つけること。




萩月さんとの別れ間際、ダンジョンについての言葉を思い出す。


「この階層自体はそこまで広くないよ。」


それと


「ここで戦えるくらいで満足してもらっては困る。先はまだ続くのだから。」


これから推測されるのは、ダンジョンには複数の階層があり、一層(少なくともこの層)は限られた広さしか無いこと。また、先に進める術が有り、恐らく困難がつきまとうこと。少なくとも強敵がいなくて困る、なんてことは無さそうだ。




肩掛け袋に黒曜石ナイフ、石のナイフ、干し肉、蔦縄を詰め込む。水は現地調達するしかない。武器は木刀のみ。小剣と斧は、もはや欠かせぬ大工道具となってしまった。


そして、防具は夜なべして作った、渾身の新作を身に纏う。


頭:なし

体:青ザリの胸当て(背面有り)、毛皮のショール

腕:青ザリの篭手

腰:布の腰巻き、毛皮の腰当て、蔦縄の腰帯

脚:青ザリの脛当て

足:なし


どうも。青みが増した蛮族です。


青ザリガニの硬い腕や、足、胴体の殻を利用し防御力向上を図った。直接着けると痛いので、毛皮を下に充てている。動きやすさを重視した一品。


どうだろうか、足軽っぽくないだろうか。うーん、良くて野武士か。拭えぬ蛮族感。毛皮がそれっぽさを演出してるよなぁ。肩や腰は、変に覆うと動きが阻害されるし、付け焼き刃の腕ではここらが限界だろう。今後も工夫を続けて腕を磨いていこう。




意気揚々と出発。まずは西に向かってみようと思う。理由は西側の岩山から眺めると、開けた場所があるからだ。北側は鬱蒼とした森林。北東のかなり先には色味の違う岩山も見える。あそこが壁のこちら側かはわからないが。基本的には森林を主としたエリアのようだ。


視界の開けた場所は、発見されるリスクもあるが、こちらも見つけやすい。森林はその逆。森というと獣のイメージが強い。嗅覚に優れたモンスターがいれば、こちらが不利を受けるかと前者を選んだ。


時折、左手に壁を確認しながら進む。右手に木々に囲まれたいつもの湖が見える。今は緩やかな丘陵から見下ろしている。拠点から離れると、普通に草木や花々も見て取れる。いくつかの例外を除けば、自然の中に立っているように思えてくる。


更に進んで振り返ると、拠点の巨木は勿論、連なる岩山も、丘陵や木々に隠れて見えなくなっていた。上手いこと角度が付いて姿を隠してくれている。ありがたいと心の中で感謝した。


浅い林に入った。発見したのはヒラタケのようなキノコと、これを食べに来たであろう獣の痕跡。獣が食べるくらいだから問題ないだろうと数本拝借。痕跡は蹄で削ったような掻き跡と足跡。猪系かなぁ。これは会いたくないなぁ。だってサイズ感おかしいもの。一つの足跡が俺の足より大きいんだもの。


足跡を追ってみる。北側へすすむと林を抜け、視界が開けた。丘があり、越えると花の群生地。さらに北上。幾つか小さな丘を越えると、遠目に大きな湖の端が見える。近場の湖とは位地関係が違う。近場のは恐らくここから真東だと思われた。小湖、大湖としておこう。




大湖の回りの木々の間で、何かがキラリと反射した。何かいる。サッと伏せて観察。


・・・カエル?カエルだ。陸に上がっている。やはりデカい分、早く認識ができた。それとカエルに対して数名の人影らしきもの。ゴブリンか?二足歩行なのは間違いない。


山肌からの吹き下ろしの風を警戒して、大きく左手に迂回して回り込む。木々が薄くヒヤヒヤしたが、声がようやく聞こえる範囲まで辿り着けた。


木陰から息を潜めて覗き見る。


人間だ・・・。


それと、獣人?


ラノベ的なそれより、もっと獣の特色を残した、ワーウルフを思わせた。頭の上部は耳を除けば人間と変わらないが、下半分はぐいと前に伸びて、犬科の口を有している。簡易な腰布を巻き、背中は毛に覆われていた。腹側は人間と大差ない。腕の形は人のそれだが、やはり外側は体毛に覆われているように見える。だが脚は全くもって獣そのもの。二足歩行をする為か太く逞しく映った。


いやいや。獣人に目を奪われたが、明らかに人間だ。盾を持った図体のでかい重戦士。背の低い小柄な弓士。これは女か?背嚢と背負子を背負った人間の男と獣人の恐らく男。この二人は荷物持ちのようなものだろうか。そして、一番存在感があるのが槍を持った男。禿げ上がった頭。ひょろりとした体躯ながらひ弱さは感じさせない立ち姿。何の気なしに立っているが、周囲に気を配っているように見える。


狩人、いや冒険者だろうか。


3人パーティーの運び手2人。俺が回り込んでいる内に、あっさりカエルを倒したらしい。恐らく無傷。到底俺では敵うまい。今は会話しながらカエルを解体し、魔核を取り出し、皮を剥ぎ、肉を切り分けているようだ。背負子しょいこ背嚢はいのうに詰め込んでいる。


言葉は・・・わからない。日本語じゃない。ニュアンスは英語に近い・・・かもしれない。だが、知っている単語は一切ない。仮に、地球のどこかの言語だとしても、俺がやつらと会話することができないことは確かだ。


観察していると、槍の男が周囲にしきりに視線を送りだした。すると、こちらに視線を定め、ゆっくり歩み寄ってくる。


気付かれた!?なぜ!?


鼻の利きそうな獣人だって反応していない。何か探索のスキルでもあるのか?どうする。どうする。やるのか?人間と。しかも明らかに強者だ。さらに5対1。無謀にも程がある。そんな俺の迷いの渦を、咆哮がぶった斬った。


ゥガアアアアアアッ


叫びに引かれ、全ての者の目がそちらに向く。


「(銀ゴブ!!)」


槍の男を除く、4人の右方から銀ゴブが弓士に、今にも飛びかかろうとしていた。


「(この人数相手にやる気かよ!無謀過ぎる!)」


奇襲が決まる。と思ったその時、重戦士がその身体に見合わぬ素早さで、盾をその身体ごと弓士の前に滑り込ませた。

弾かれるハチェット。体勢を崩した銀ゴブに、重戦士の影から飛び出した弓士が、身体を滑らせながら矢を放つ。

銀ゴブは、両腕を体の中心で揃え、前に押し出す。矢は腕に突き刺さった。


「(無理だ!退け!銀ゴブ!)」


「emayakic mote ゴブリン!! Golla! celso go ali ho seote !!」


槍の男が叫び銀ゴブに近づいていった。


注意は完全に銀ゴブに向いている。今か、やるなら今か。迷い無くやれるか。純然な殺意を持って振り下ろせるか。ああ、だめだ。動けない。動かない。


叫びに呼応し、重戦士は腕を開いたばかりの銀ゴブに突進。そのまま盾で銀ゴブを槍士の方へ吹き飛ばした。転がった銀ゴブの足を弓が射貫く。


グガァッ


銀ゴブから堪らず声が漏れる。だが何とか立ち上がり、目の前に立つ槍士と対峙した。槍士が銀ゴブに何かを叫ぶ。


「nonzu ho emayakic?sachi e jomet mohz. do mzeul!」


槍で突かれる!そう俺も思った。銀ゴブも半身に避けようとした。が、穂先は下がり、一気に振り上げられた。

右腕が切り飛ばされた。それでもハチェットを投げつけようと振り上げた左手が切り飛ばされた。噛みつこうと前にでた胸に槍が突き刺さった。銀ゴブは止った。


槍士は倒れた銀ゴブに近づき、何か捨て台詞を吐いた後、仲間達の元へ戻りそのまま森の奥へと消えていった。




「銀ゴブ!おい銀ゴブ!!」


俺は銀ゴブの元に駆け寄り、膝をついてのぞき込んだ。


あの野郎ツバまで吐きかけやがって。自分の手で顔に吐かれたツバを拭く。すると銀ゴブが目を開けた。


「ああ、銀ゴブ!わかるか?俺だ!ちょっと縮んだけど俺だ!角付きだ!これ見えるか?」


銀ゴブはボンヤリと俺を見ている。きっと通じていないのに語りかける。


「お前!だめだ!あんなの勇気じゃねぇ、蛮勇だ!無謀だ!意味がねぇ!・・・でもお前はすげぇ。お前は俺より強い。すげぇし強い!尊敬する。・・・強いのにあんなにあっさり、違うそうじゃない。俺はダメだ。ヘタレだ。日和った。・・・くそッ情けねぇ、なざげねぇ!・・・ずばねぇえぇ。・・・一緒に戦って認めてもらえたどに。ごべんん!」


見捨てた罪悪感なのか、すくんでしまった不甲斐なさからなのか、憧れていた強者の敗北からなのか、とにかく悲しくて、哀しくて。


コポッと軽く血を吐き、銀ゴブが動いた。左手のない腕で自分の胸を指し、俺へと向けた。


「なんだ?」


同じ動作をもう一度。


「俺に、食えってのか?魔核を。・・・あいつら持って行かなかったのか。・・・価値が無いってのかよ。チクショウ。」


俺は大きく頷いた。


その後、自分の首に腕の先を持って行き、斬るような動きをした。


「・・・わかった。やってやる。」


黒曜石のナイフを出し、銀ゴブの首にあてる。


「お前の核は俺がもらう。俺が食う!また会おう。さらば!」




食べた魔核は、今まで食べたものとは比べられないほど熱かった。

骸の傍らで、粒子になるのを見送った。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る