Ⅱー3

「便利すぎたなぁ。現代。」


思わずこぼれた。出涸らしのお茶を飲みながらしみじみ思う。現代とは勿論、前世のことである。あれをしよう、これをしたいと考えれば、何かが足りず二の足を踏む。いや訂正しよう。何もかも足りない。


しかーし!俺は手に入れた!火を!!


つい先日手に入れた能力、”鬼火おにび”を出す。眼前にたゆたう火の玉。白く発光した拳大こぶしだいの玉が青い炎を纏い、ゆらりゆらりと揺れている。その数二つ。


意のままに操れるそれで、くるりくるりと円を画く。手が空けばこうして動かして訓練している。


これが小鬼になり手に入れた種族特性、鬼火。見た瞬間「魔法!」とテンションが上がったが、魔法ではないとのこと。ちなみに萩月さんはを出して手本を示してくれた。似たようなものだから教えやすいのだとか。


出現させる時の、身体の中から何かがつるんと転がり出ていく感覚が面白い。自分から出たという実感が持てて気に入っている。


この鬼火。一見地味に見えるが素晴らしい性能が2つ。

一つはちゃんと燃えるということ。前世で言うところのオカルト的なものとは違い、発光現象ではなく、火を点けることが可能。ゆえにこうして俺は温かいお茶を飲めている。まぁ最早ほぼ白湯だが。

二つ目はなんと温度を自在に調整できる。計測する術がないので確かなことは言えないが、温度を上げていった際、中心部分の白い玉が発光し、同時に相当な熱を感じたので、かなりの高温になったのではなかろうか。逆に、温度を下げれば氷の如く冷たい。こちらも下限はよくわかっていないが、湯飲みに入れた水で試したところ、湯飲みごと白く凍らせることができた。

唯一残念なのは、質量がないこと。つまりこれをぶつけて、敵を吹き飛ばすなんてことはできない。

まあ色々と前世の常識から言えば、非常識なこと極まりないが、目の前で実際に起きているわけだ。受け入れよう。かなり有用な能力であることには間違いない。特性を用意してくださったであろう、に感謝する。


「さて、作業に戻らねば。」


ぴょんと立ち上がり、両手斧を担ぎ、中断していた作業に戻るべく一本の木の前に立った。狙いをつけて思い切り打ち据える。


コーン コーン コーン


小気味良い音が周囲に響く。続け様に打ち据えていく。ただ黙々と。


ここ数日で考えたことは少なくない。先が見えない過酷な現状で、理不尽を嘆く気持ちは多いにあるが、湧き上がる高揚感が上を行く。迷いは無い。

当面は狐さん達の思惑に乗っていこうと思う。まずは強くならねば。何も分からないまま終わるのは嫌だ。全てを知るために強くなる。それが当面の目標。


しかしながら、心の底からこれだけは言える。ほんとにほんとうに、早めに会いに来てくれて良かった。お方様の気まぐれだろうと何だろうと、これだけは幸運だと言えるだろう。あのまま意味も分からず死を繰り返していたら、俺だって前の人達と結末は大して変わらなかったと思う。自力で小鬼にまでなった方、心底尊敬します。ただ、そんな人もこの先堪えられなかったとか、ほんと怖い。少しでも備えなければと気持ちを改めた。


食料に関してはプレーリーを狩った。鬼火が使えるおかげで、捗った。巣穴に鬼火を突っ込んで、驚いて出てきたところを棍棒でドン。現在、長期保存できないか、天日干ししたり、岩塩で塩漬けしたりと試行錯誤中。

この時に魔核も食べたが、以前ほど熱を感じなくなった。恐らくプレーリーの物では、もはや質が足りないのだろう。一つ実験的にそのまま放置すると、石のように硬くなった。中心には黄色い光を宿したまま。魔石という言葉がしっくりくる。試しに一つ削って舐めてみた。ニンニクパウダーが爆誕した。岩塩と共に肉に振りかけたのは言うまでもない。


水は相変わらず湖のもの。起きてから鉄瓶を持ち、汲みに行っている。量は汲めないが仕方ない。鍛錬も兼ねて走っている。鍛練とは文字通り、身体を鍛えるため。進化により基本能力は上がるが、鍛えることで更に上昇するとのこと。ならばやるしかあるまい。基本は近接戦闘なのだ。持久力、膂力、速力は必須だろう。


ただ、身体能力が上がったおかげで、片道30分かかっていないだろう。往復1時間だ。鍛錬と考えるとやや物足りない。インターバル走にしてみたり、山の切れ目を通らず岩山を登ったり工夫し始めている。そうこの身体、やはり餓鬼とは比べものにならない。この身長にしてかなりの筋力がある。成人男性でも苦労しそうな岩石を片腕で持てたりする。ただ、人外かと言われるとそこまでではない。人類最高峰のマッチョメン達にはやや劣るくらいか。


小柄な身体を活かして木に登るのも得意だ。爪を立て、ぐいぐいするする登っていける。今度巨木の上にも登ってみたいと思ってる。


で、何故木を倒そうとしているかと言えば、武器を作ろうと思ってのこと。現在の手持ち武器は3つ。小剣、斧、棍棒である。棍棒はともかく、小剣と斧は貴重な金属製。これを失うのは惜しい。最悪死んでもリスポーンするが、失った武器は戻ってこない。なので、小剣はここぞというときに取っておき、常備する武器を別途作ろうというわけだ。それで、立っている木の中で堅そうなのを選別し、伐採している。作るのは木刀。小学校の校外学習で目をキラキラさせて買ったはいいが、それ以降タンスの肥やしになり続けたあれだ。


仕方が無いのだ。幕末の侍達の、魂削る戦いを語られた後に見せられてしまったら、否応も無いのだ。愛しき日々なのだ。まとめて数本作る予定。余った木材はいくらでも使い道はある。


生活のことを考えれば、水場は近いに越したことはない。ただ、この巨木近辺の安全性は捨てがたい。今のところ、他のモンスターがうろついているのを見たことがない。そもそもリスポーン地点である。比較的安全な場所として設定してくれたものと推測する。


井戸でも掘るかと思ったが、水場との高低差を考えると恐ろしい。ただ、雨があまり降らない割にこの辺りの木は生きている。特に背の高い木が。雨はつい先日初めて降った。暗いと思い空を見上げると、黒い雲が広がり雨粒が落ちてきた。よくもまぁここまで自然環境を再現しているものだ。それはいいとして、高い木の根が届く辺りは湿っている可能性はないだろうかと考えた。岩山の隙間から地面に染みて行き、地下を下りながら湖まで。やはり掘ってみないとわからん。鍛錬にもなるかなと思い近日着工予定。道具は・・・まぁ試してみよう。


メキッ ギシギシギシギギギギメギッ ドザーン


木が倒れ音が響く。


ふと、木もリスポーンの対象なのか?と心配になった。


リスポーンに関する実験で分かったことがある。まず、モンスターの死体を何もせず放っておくとやがて消える。風に吹かれ砂が舞うように、不思議な粒子になって崩れる。また、解体し、肉として加工した物や、肉や脂をこそぎ落として干した毛皮、洗って綺麗にした牙や爪など、一定以上手が加わると消えない。逆に手を加えずに置いていた部位は消えた。


これってさ。俺にも言えることでさ。下手すりゃ自分の剥製とご対面もあり得るって事なんだよね・・・。いが栗小鬼を剥製にするヘンタイがいないことを切に願う。


その後、プレーリーを捕まえた巣穴でしばらく観察してみた。主人のいない巣穴は、待てども変化は現れず中断。ここで眠ってしまうと、次は俺が襲われるので洞に戻り一晩眠った。起床し、巣穴に駆けつけると中にはプレーリーが存在していた。個体の見分けはつかないが、そうそう自分の寝床は変えないだろうと推測。リスポーンまでの時間は、自分の経験も踏まえ24時間と仮定した。ちなみに一日のサイクルが地球と同じであることは、萩月さんの言から判明している。


要は、加工途中で消えないで欲しいという願いである。だが、憂いたところで仕方ない。何もかもが前世と違い、何もかもが初めてなのだ。そもそも生後20日程度、焦る必要などまったくない。


歴史に学ぶことはできず、経験して学ぶことしかできない。


俺の足跡が歴史となるのだ。いいね。ここにダンジョン史上初の俺文明が誕生したのだ。


ふはははははっ。はーっはっはっはっは!

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