Ⅰー7

「ぼ、ぼく悪いゴブリンじゃないよ」(プルプル


無理がある。無理すぎる。俺が冒険者なら躊躇わずに攻撃する。今までは運良く出会わなかっただけかもしれん。


「ま、やるしかねぇか。」


攻撃してくるってんならそいつは敵だ。ゴブリンだろうとカエルだろうと冒険者だろうと関係ねえ。そう決めた。




プレーリーの丘を横目に見ながら帰路を進む。結局レバーと謎臓器しか食えなかったなぁと、ぼやきながら歩く。この岩の切れ目を越えると帰ってきた感があるとか、無理に郷愁感を出そうとしたが、徒歩で帰ってきたのは初めてである。


ふう、ふうと息を切らしながら、疎らな木立の間を進む。巨木の根元が遠目に見えてきた、と思ったら何やら見慣れぬ物が見える。


目を凝らす。


野点傘のだてがさ

は?

人影は、有る。

3体。


しかも、俺に気付いてる。真ん中の一体が座りながら手招きしてやがる。

くそッ、次から次へと。

ふぅ、と息を吐き、悪態をつきたくなるのをグッと堪え、斧と棍棒を茂みに隠す。ショートソード片手に歩き始めた。


近づきながら、突如現れた異空間を観察する。

遠目に見えた大きな野点傘の前には、真っ赤な毛氈もうせんが広げられ、その上に雛人形の親王台のような畳。膳のようなものも置かれている。


いる方達。やばい、近づくほどにヤヴァイのが伝わってきた。語彙能力がどこかに吹き飛びそうだ。どう言えばいいか。そもそもの存在の格が違う。オーラがあるというレベルでもない。存在感が計り知れない。駄目だ。言葉では表せない。


特に中心にいる方は人とは思えない。人ではないのだろう。親王台にある肘掛けに身体をあずけ、まこと優雅に寛いでおられる。白拍子しらびょうしの様な装いが、更に優雅さを際立たせている。白金のような御髪と白磁の如き肌。黒目が映える。そこに紅が引かれ朱が入り、美が完成している女性。


前に立つ近衛の二人もまた、只者ではなかろう。背丈から男女と思えるが、しゃなりと御前に立ちこちらを見据えている。水干すいかんに似た真っ白な装い。共に太刀を備え、更に男性は槍を。女性は弓を携えている。共に白髪にショートカット。これまた白磁の様な肌に、黒眼と紅のコントラストが美しい美丈夫と麗人。


10メートル程まで頑張ったが、言われずとも剣を捨て、伏してしまった。


「もそっと近う。」


ふわり色香が漂う艶っぽい声が響く。


そのままの姿勢でずりずりと50cm程進む。


「もそっともそっと。」


もう50cm。


「それでは話もできぬ。ずずいとおいでやれ。」


「お、恐れながら、誠に恐れ多く。こちらで。」


「もう。萩月はぎつき。」


やや拗ねたような声が誰かを促す。


「は。ささ、お方様がお望みじゃ。こちらまで参られよ。」


涼やかな男の声が続いた。

ちらりと前方をのぞき見ると、男性の近衛が毛氈の3メートル程手前に手を広げていた。


ぐっ。断れば失礼か?失礼なのか?もう一回断るべきか??


涼竹すずたけ。連れて参れ。」


コロコロと、愉しそうに笑いながらお方様が指示を出す。


「承知。」


凜とした女性の声が聞こえた。恐らくもう一人の近衛だろう。


「ま、参ります。しばしお待ちを。」


面を下げ、しゃがんだままちょちょこ歩く。位置について、また伏した。


「面を上げてたもれ。」


「ご寛恕かんじょください。恐れ多くてできません。」


「それでは妾がここに着た目的を果たせぬ。見たかろう、憎い女の顔を。」


「それは・・・どういうことでしょう。」


「そなたをに喚んだのは妾じゃ。」


「は、はい?」


「喚んだ責もあるかと思うての。顔ぐらい見せようかと参った次第よ。」


ギギギギッと、擬音が鳴りそうなほどぎこちなく顔をあげる。

目の前の女性は、純粋にただ愉しそうに笑みを浮かべていた。


「お主の事は見ておった。難儀しておるようじゃが、立ち向かう姿は目を見張る。期待しておくぞ。」


「あ、ありがとうございます。」


また頭を下げる。頭の中は畏怖とか尊崇とか憎悪とか感謝とか大混乱中。


「お主、名は何と申す。」


「は、いえ、その、実は、こちらに来て新しく生が始まりましたので、前の名は捨てようかと考え、まだ。」


言い逃れなどではなく、事実そう考えていた。元いた世界の俺は死んだのだ。元の名を使ったところで、人間であった俺個人を認識できる者はこちらにいない。ならばいっそ心機一転、新しく始めたいと思った。


「そうか。それも良いかも知れぬの。どれ、では妾が名付けてやろう。」


「あ、いや、どうぞお構いなく。」


変な名前付けられても萎える。。。


「遠慮するでない。名とは親が授けるもの。そなたをこちらに喚んだ妾は親のようなものよ。」


「は、はあ。」


私の母になってくれるかもしれない方ですか?


「それでは、お主はこれより『琥珀』と名乗りや。お主の瞳の色。力強くも美しく見惚れたぞ。」


ドキリとした。この姿になって、いや地球にいた頃にだって、美しいと形容されることがあるとは思ってもみなかった。


「ほれ、琥珀。もう一度その美しい瞳を見せてたもれ。」


恐る恐る顔をあげる。


「我ながらよい名を付けたものよ、ホホホッ」


「よろしき名かと。」「まことに。」


萩月と涼竹が相槌を打った。


「贔屓はせぬよう思量しりょうしておったが、名を付けてしまうと情が出てしまうの。いかんいかん。」


そう言うとまたコロコロと愉しげに笑った。


「まぁ、間もなくであろうから良いであろう。涼竹、杯を。」


「はッ。」


涼竹と呼ばれた女性は、膳の上から朱色の平杯を手に取り、お方様の前に差し出した。お方様は、白磁の御神酒徳利を傾け、何かを注いでいる。注ぎ終わると涼竹が俺に近づいてくる。


「さ、飲まれよ。酒とそう変わらぬ。」


そう言って、平杯を俺に渡した。白濁した液体が注がれている。躊躇わずに、ぐいッと飲み干す。


美味い。


濁り酒かと思ったが、清酒のように澄んだ口当たり。果実のような香りが鼻に抜け、爽やかな甘みが口に残る。熱いものが腹に落ちる。熱い。熱が、止まらない。


あれ?これはもしや、じゃない?


熱が体中に広がる。広がって広がって、引かない!熱い!身体が灼けるようだ。手を付き身体を支える。焦る俺の耳に、お方様の艶っぽい声が届く。


「ではの。琥珀。愉しき刻を過ごした。精進せよ、強うなれ。続きはそれからじゃ。そなたとまた会える時を楽しみにしておるぞ。妾を落胆させるなや。萩月からよく聞くが良い。萩月、頼むぞ。」


「御意。」


熱にうなされ意識がまどろむ。歪む視界の中でお方様を見る。お方様は両の手をあげ、柏手を打とうと動かし、ピタリとやめた。すると悪戯小僧のような顔を受けベて俺を見た。


「そうだ。忘れておった。琥珀よ。たしか、けつの穴に手突っ込んで奥歯ガタガタいわせてやる、じゃったかの。ホホホ、おお怖や、怖や。逃げよ逃げよ。ホホホ。」


そうして笑いながら、パンと柏手を打つと、野点セット諸共涼竹と共に、お方様は姿を消した。


それを聞き、全身の毛穴から冷たいものが噴き出すのを感じながら、顔面から突っ伏した。きっと俺の顔色は深海のように真っ青であったことであろう。


「怖いお方だ。フフッ」


そんな萩月の、あきれるような言葉を聞きながら、俺は意識を手放した。












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