Ⅰー7
「ぼ、ぼく悪いゴブリンじゃないよ」(プルプル
無理がある。無理すぎる。俺が冒険者なら躊躇わずに攻撃する。今までは運良く出会わなかっただけかもしれん。
「ま、やるしかねぇか。」
攻撃してくるってんならそいつは敵だ。ゴブリンだろうとカエルだろうと冒険者だろうと関係ねえ。そう決めた。
プレーリーの丘を横目に見ながら帰路を進む。結局レバーと謎臓器しか食えなかったなぁと、ぼやきながら歩く。この岩の切れ目を越えると帰ってきた感があるとか、無理に郷愁感を出そうとしたが、徒歩で帰ってきたのは初めてである。
ふう、ふうと息を切らしながら、疎らな木立の間を進む。巨木の根元が遠目に見えてきた、と思ったら何やら見慣れぬ物が見える。
目を凝らす。
は?
人影は、有る。
3体。
しかも、俺に気付いてる。真ん中の一体が座りながら手招きしてやがる。
くそッ、次から次へと。
ふぅ、と息を吐き、悪態をつきたくなるのをグッと堪え、斧と棍棒を茂みに隠す。ショートソード片手に歩き始めた。
近づきながら、突如現れた異空間を観察する。
遠目に見えた大きな野点傘の前には、真っ赤な
いる方達。やばい、近づくほどにヤヴァイのが伝わってきた。語彙能力がどこかに吹き飛びそうだ。どう言えばいいか。そもそもの存在の格が違う。オーラがあるというレベルでもない。存在感が計り知れない。駄目だ。言葉では表せない。
特に中心にいる方は人とは思えない。人ではないのだろう。親王台にある肘掛けに身体をあずけ、まこと優雅に寛いでおられる。
前に立つ近衛の二人もまた、只者ではなかろう。背丈から男女と思えるが、しゃなりと御前に立ちこちらを見据えている。
10メートル程まで頑張ったが、言われずとも剣を捨て、伏してしまった。
「もそっと近う。」
ふわり色香が漂う艶っぽい声が響く。
そのままの姿勢でずりずりと50cm程進む。
「もそっともそっと。」
もう50cm。
「それでは話もできぬ。ずずいとおいでやれ。」
「お、恐れながら、誠に恐れ多く。こちらで。」
「もう。
やや拗ねたような声が誰かを促す。
「は。ささ、お方様がお望みじゃ。こちらまで参られよ。」
涼やかな男の声が続いた。
ちらりと前方をのぞき見ると、男性の近衛が毛氈の3メートル程手前に手を広げていた。
ぐっ。断れば失礼か?失礼なのか?もう一回断るべきか??
「
コロコロと、愉しそうに笑いながらお方様が指示を出す。
「承知。」
凜とした女性の声が聞こえた。恐らくもう一人の近衛だろう。
「ま、参ります。しばしお待ちを。」
面を下げ、しゃがんだままちょちょこ歩く。位置について、また伏した。
「面を上げてたもれ。」
「ご
「それでは妾がここに着た目的を果たせぬ。見たかろう、憎い女の顔を。」
「それは・・・どういうことでしょう。」
「そなたをこちらに喚んだのは妾じゃ。」
「は、はい?」
「喚んだ責もあるかと思うての。顔ぐらい見せようかと参った次第よ。」
ギギギギッと、擬音が鳴りそうなほどぎこちなく顔をあげる。
目の前の女性は、純粋にただ愉しそうに笑みを浮かべていた。
「お主の事は見ておった。難儀しておるようじゃが、立ち向かう姿は目を見張る。期待しておくぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
また頭を下げる。頭の中は畏怖とか尊崇とか憎悪とか感謝とか大混乱中。
「お主、名は何と申す。」
「は、いえ、その、実は、こちらに来て新しく生が始まりましたので、前の名は捨てようかと考え、まだ。」
言い逃れなどではなく、事実そう考えていた。元いた世界の俺は死んだのだ。元の名を使ったところで、人間であった俺個人を認識できる者はこちらにいない。ならばいっそ心機一転、新しく始めたいと思った。
「そうか。それも良いかも知れぬの。どれ、では妾が名付けてやろう。」
「あ、いや、どうぞお構いなく。」
変な名前付けられても萎える。。。
「遠慮するでない。名とは親が授けるもの。そなたをこちらに喚んだ妾は親のようなものよ。」
「は、はあ。」
私の母になってくれるかもしれない方ですか?
「それでは、お主はこれより『琥珀』と名乗りや。お主の瞳の色。力強くも美しく見惚れたぞ。」
ドキリとした。この姿になって、いや地球にいた頃にだって、美しいと形容されることがあるとは思ってもみなかった。
「ほれ、琥珀。もう一度その美しい瞳を見せてたもれ。」
恐る恐る顔をあげる。
「我ながらよい名を付けたものよ、ホホホッ」
「よろしき名かと。」「まことに。」
萩月と涼竹が相槌を打った。
「贔屓はせぬよう
そう言うとまたコロコロと愉しげに笑った。
「まぁ、間もなくであろうから良いであろう。涼竹、杯を。」
「はッ。」
涼竹と呼ばれた女性は、膳の上から朱色の平杯を手に取り、お方様の前に差し出した。お方様は、白磁の御神酒徳利を傾け、何かを注いでいる。注ぎ終わると涼竹が俺に近づいてくる。
「さ、飲まれよ。酒とそう変わらぬ。」
そう言って、平杯を俺に渡した。白濁した液体が注がれている。躊躇わずに、ぐいッと飲み干す。
美味い。
濁り酒かと思ったが、清酒のように澄んだ口当たり。果実のような香りが鼻に抜け、爽やかな甘みが口に残る。熱いものが腹に落ちる。熱い。熱が、止まらない。
あれ?これはもしや、あれじゃない?
熱が体中に広がる。広がって広がって、引かない!熱い!身体が灼けるようだ。手を付き身体を支える。焦る俺の耳に、お方様の艶っぽい声が届く。
「ではの。琥珀。愉しき刻を過ごした。精進せよ、強うなれ。続きはそれからじゃ。そなたとまた会える時を楽しみにしておるぞ。妾を落胆させるなや。萩月からよく聞くが良い。萩月、頼むぞ。」
「御意。」
熱にうなされ意識がまどろむ。歪む視界の中でお方様を見る。お方様は両の手をあげ、柏手を打とうと動かし、ピタリとやめた。すると悪戯小僧のような顔を受けベて俺を見た。
「そうだ。忘れておった。琥珀よ。たしか、けつの穴に手突っ込んで奥歯ガタガタいわせてやる、じゃったかの。ホホホ、おお怖や、怖や。逃げよ逃げよ。ホホホ。」
そうして笑いながら、パンと柏手を打つと、野点セット諸共涼竹と共に、お方様は姿を消した。
それを聞き、全身の毛穴から冷たいものが噴き出すのを感じながら、顔面から突っ伏した。きっと俺の顔色は深海のように真っ青であったことであろう。
「怖いお方だ。フフッ」
そんな萩月の、あきれるような言葉を聞きながら、俺は意識を手放した。
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