Ⅰー6

「・・・惚れてまうやろ。」


実際、見惚れてしまった。淀みない一連の動き。それを彩るヤツの銀髪と飛び散る血飛沫。舞の一幕を見せられたような錯覚に陥った。


勝てる気はしない。銀ゴブは、あの流れの中で一瞬こちらに視線をよこし、牽制すらしていた。技術も経験も違いすぎる。


だけど、


「この際、勉強させてもらうぜ。」


アドレナリンが出っ放しなのかな?自分はもっと臆病な性格だと思ってたよ。まぁ、たった一人で身軽なのもあるかもな。俺一人どうなったところで、泣きを見る誰かがいるわけじゃない。


剣を片手に身構え、あいつが向き直るのをじっと待つ。だが、暫く待っても、こちらを見据えるだけで動かない。ならばこちらからと、重心を動かしかけたところであいつが動いた。空いている右手を開いて、ぐい、と俺の方に突きだした。


気勢を挫かれ、つんのめる。何事かと見やると、銀ゴブは首を僅かに振り、ついには俺から視線を外し、倒した2体に近づいた。


「・・・見逃して、くれる・・・のか?」


俺が動けずいると、銀ゴブは、2体のゴブリンの胸を裂き、中に腕を突っ込み、2体それぞれから黒い塊を取り出した。遠目ではあるが、プレーリーの中にあったプレーンもどきに見える。

思わず呆けてしまう。銀ゴブは、取り出した一つを躊躇わず口に放り込み、咀嚼した後飲み込むと、俺に一瞥いちべつをくれ立ち去っていった。




姿が木立の奥に完全に消え、ようやく我に返る。途端に力が抜け、ぼてっと尻餅をついた。


「生き残ったぁ。」


よくも死ななかったものだと感心する。ほとんど生かされただけであるし、謎も残っているが、生きてるだけで儲けもんだ。


ふうぅ、と大きく息を吐き、戦利品の回収に動く。銀ゴブが持って行かなかった、両手斧と棍棒。さらに俺が倒したヤツのショートソードをまとめておく。道具を作る手段がない以上、鹵獲品大事。更に、ゴブ共が身につけていた、毛皮の腰巻きも3体分回収。これでもかと洗って岩場に干しておく。大事なことなので、鹵獲品大事。


剣ゴブの死体を水際まで引っ張ってくる。人型の所為か、やはりクるものがある。腹に突き刺さっている石ナイフを抜き取る。水で軽くすすぎ、ショートソードと交換。

腹に力を込め、剣を胸に突き立てる。ゴキン、ゴキンと胸骨を切断しつつ切れ目を広げていく。ある程度広げたが血まみれで分からない。そのまま水中に引っ張り込み、中の血を洗い流して再度引き上げる。


心臓の下辺り、横隔膜らしきものの上辺りにそれはあった。プレーリーも似た位置だっただろうか。覚えておこう。

切り離し観察する。やはり淡く黄色に光っている。プレーリーの物よりやや大きい。張りがあるように感じるし、だいぶ柔らかい。触っていると少しずつ硬くなっていくような感触。時間の経過によって硬化するのかもしれない。今度試してみよう。

ゴブリンのものだと思うと若干抵抗があるが、口を開け一口、二口と囓り、噛みしめる。うーん、やはりニンニク味の砂肝だ。いや、砂肝の味はしないから、砂肝食感のニンニクか。胃に落ちると例の感覚が込み上げる。


「くぅうッ。きたぁあ。」


ぶるりと身を震わせて身体を伸ばす。さっきは胃の辺りが熱くなったように思えたが、もしかすると心臓の下辺りか。俺の中にもこれがあって、食ったものと反応してるのかも知れん。銀ゴブがこれを食ったということは、きっと何か意味があるんだろう。これから検証していかねば。


ようやく本来の目的に戻れる。

プレーリーの解体を終わらせようと目をやるが、


「あれ?ない。」


間抜けな声を出してしまった。ついさっきまで確かにあった。周囲を見渡す。特に変化は、と思ったところで、


どちゅッ


音と衝撃が、


俺の


む、ね・・・から


ピン、ク色のなに、か


引っ張ら、れ  くわ、れ


 か  える






「だはああああああ。」


起き上がると同時に、盛大にため息がでる。


「せっかく生き残ったのになぁあッ!」


自分になのか、カエルっぽいのになのか、理不尽になのかわからないが、無性に腹がたつ。顔を両手で覆い、ごろごろ転がる転がる。ゴチンと木の根に頭をぶつけてピタリと止まる。


「はぁ。鹵獲品回収してこよ。」


嘆いていたって誰も助けてくれない。行動あるのみである。

いつもの道程に歩みを進める。


道すがらこれまでの死を振り返る。

銀ゴブが1回目、プレーリーに2回目、壁ドンで3回目、最後がカエル(仮)。


ま、まぁ?常に新しい死に方してるし?未知の物にやられてるだけだし?仕方ないんじゃないかな?うん、そうだ仕方ない。(震え

・・・でも銀ゴブなら対処しちまうのかな。あいつ強かったよなぁ。そんな相手に生き残ったのは中々のもんじゃないか?なんかちょっと認められた感あったよな。


強者に認められるってのは悪くない。少し、いや大分だいぶおまけされてるとは思う。けど、少し、ほんの少しだけど、ここでやって行けるんじゃないかという自信めいたものが芽生えた気がした。




体感でおよそ1時間半の道のりを歩き、湖畔に到着。木陰に隠れて水辺に目を凝らす。生き物の気配は感じられず。


そろりそろりと近づく。2体のゴブリンが倒れていた辺りを見渡すも、跡形も無し。死体はおろか血痕もない。崖の時と同じだ。となると、ゴブリンもしている可能性はあるな。


更に水際まで近づく。今度は水面にも気を配る。やはり剣ゴブの死体も血痕もなかった。もっとも、剣ゴブの身体は食われた可能性もあるけど。


水辺にしゃがみ、上澄みを掬って水を飲む。・・・うますぎる。カエルは血の匂いにでも誘われてやってきたのだろうか。肉食過ぎるだろここの生物。


しっかし少し考えないとなぁ。水を飲むだけなのに、こんなに緊張するのでは気がまったく休まらない。ああ、野生の動物ってこんな感じなのか。気配を感じると、サッと逃げ出す野良猫や野鳥を思い出した。


人間も昔はそういう能力に長けたやつが生き残ったのかな?いや、そういう能力がない者でも生きていける環境を作ったのか。生き物としてどっちが正しかったのだろうか。結果的に、人類は数を増やすことに成功している訳だから、とは思うけど、個として、生物としての強靱さは失われてしまったのでは。強者が生き残る環境であれば、人間の進化の先は違っていたのかもしれない。


こんな場所で考えることではないな。そもそも正解なんて無いんだ。やめやめ!もう一度、水を掬って喉を潤し立ち上がる。振り返り目的のものを発見した。


「よかった、あった。」


剣と斧と棍棒をまとめる。銀ゴブが持って行ってしまったかもと、少々不安になっていたところだ。あとは、毛皮の腰巻き3つ。しっかり乾いている。はそれなりに時間を要するってことだろうな。


最後にもう一度水辺に寄り、水をガブガブと飲んだ後、腰巻きを肩に背負い、武器をそれぞれ引き摺りながら抱えながら帰路についた。


さすがに重いが、こんな戦利品、次にいつ手に入るかわからない。確実に確保しておきたい。そもそもゴブリンは、鉄を扱えるほどの文化を持っているのだろうか。物語のお決まり展開と言えば、冒険者からの鹵獲・・・品?


「うっそだろ?・・・あり得るか、そうだよなぁ。」


そうだ。失念していた。ここが想像通りだった場合、冒険者とかいう人種が徒党を組んでやってくるわけで。恐らく俺なんか、ゴブリンの変異種ぐらいにしか思われないわけで。敵対勢力なわけで。


あー、あー。ん、ゴホン。


「ぼ、ぼく悪いゴブリンじゃないよ」(プルプル




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