Ⅰ-5
「くっ、癖になっちゃう・・・。」(ぽっ
なんなのこれ。妙な物質でも含まれてるのか?これはまた確かめねば。それに味がほぼニンニクというのもいい。味付けの幅が広がるかも。と心が弾みかけた瞬間、かちっ、と小石がぶつかる音が僅かに聞こえた。
振り返れば、やつがいた。
緑のヤツ!
咄嗟に槍に飛びつく。ヤツは、もっと近づいてから飛びつく手筈だったのか初動が遅れている。が、すぐに俺の位置を見定め、体勢の整っていない俺に手斧を振りかぶり飛びかかってきた。
すんでで飛び退きそれを躱す。すぐさま不格好なまま槍を突きだした。ヤツも後方に飛び退き穂先を躱した。
間を空け、初めて正面から向き合う。
「ゴブリン・・・。」
ある意味、地球では馴染み深いモンスター。緑の肌に裂けた口。黄色く光る眼球は、鋭く俺を見据えていた。背丈は俺とほぼ変わらない。だが、肉体は明らかに俺より締まって見える。頭には、ふさり、と銀髪がなびき、顔には特徴的な傷痕が3本有り、存在感を出している。
なんかちょっと負けた気がする。
ヤツはグルグルと喉の奥で音を出しつつ威嚇してくる。もっと醜悪な締まりの無い顔のイメージだったが、歴戦の猛者みたいな気迫を感じる。こいつが特別なのかどうかはわからんが、一つだけ確信した。
俺を殺したのはこいつだ。
さっきの飛びつきが、最初の死因の光景と完全にシンクロした。
カーッと血が滾る。
「おい。おまえだろ。俺を
「・・・ゥグゥゥゥゲアァァア」
「何言ってるかわかんねぇよ。でも・・・ぶっ殺す!」
「ルガアアアアアッ」
俺のボルテージが上がる。それに呼応するかのようにゴブも気勢を吐く。穂先をゴブに向け、腰を低く重心を下げ構える。体重はつま先にやや乗せる。武術なんざやったことはないがスポーツはまぁそこそこ。体を動かすんだ。大事なことは大して変わらんだろ。
ゴブの呼吸を見る。息が荒く高揚しているのが伝わる。吸って、吐いて、吸い始めた瞬間、
踏みだし、腰を入れ突く。
躱された。
僅かに反応が遅れつつも、ゴブは
すぐさま槍を戻すが、ゴブが怯まず距離をつめて手斧を振り下ろす。慌てて槍を横に掲げ、斧の持ち手と打ち合わせる。瞬間、
メシッ
槍の柄から嫌な音が聞こえた。足を挙げ、ゴブの腹めがけてまっすぐ蹴り出す。バランスを崩し、尻餅をついたところへ追撃。
めいっぱい槍を叩きつける。
メシィッ
また躱された!大振り過ぎた。
承知の上だったが槍が折れた。転がり避けたゴブが、振り返りざまに手斧を振り抜く。
「うぎぃ。」
無理な体捌きに声帯から音が漏れる。のけぞり、捻りながら躱すも躱しきれず、首の肉を薄く持って行かれた。躱した勢いで解体場所まで一気に走る。転がるようにすべり込みナイフもどきを手に掴み振り返る。ゴブはやや遅れて俺を追撃し始めたようだったが、俺が武器を持っていることを見定め、距離を残して止まった。
共に肩で息をする。視線は、
どうする。得物の長さはこちらが不利になった。ダメ元で交渉してみるか?存外、頭は働くようだ。
「おい!これが欲しいのか!欲しけりゃやる。俺は離れる!」
言葉が通じるはずもないので、肉を指さしお前へと、俺を指さし向こうへと身振り手振りで試みる。もちろん視線は外さない。
一瞬ゴブが僅かに逡巡したように見えたが、軽く二、三度首を振り俺を睨んだ。
そんな気がした。俺と戦うことに意味を見い出したな?あいつ、なんか誇り高き戦士っぽいもの。それに頭固くて融通聞かなそうな顔してるし。光栄だが止めて欲しい。
交渉決裂。
ジリジリとゴブが間合いを詰め始めた。俺は逆に間合いを広げるべく下がる。いよいよ来るか、と構えたところでまさかの声が響いた。
「グギャアァア!グアッ!」
反射的に声の方向へ目をやってしまった。ヤツの斜め後方から新手のゴブリンが3体駆けてくるではないか。
「ははっ。それは無理。」
乾いた笑いが思わず出る。外した目線を戻すと、ゴブも奴らを見てこちらに戻すところだった。
どうせ
「一矢報いてやるよ。おらぁ来いよッ!」
が、来ない。やや半身に開き、俺と3体との間で視線を瞬時に動かしている。何だ?どうした?何を考えている。
俺も動けずにいると、3体の内の大振りな両手斧を持った1体が、声を上げ俺を指さす。すると、ショートソードらしきものを持っていた1体が、進路をやや俺に向け駆けてきた。斧ゴブともう一体の棍棒ゴブは、俺と戦っていた銀ゴブ(他のゴブリンが毛無とくすんだ茶色だった)に武器を振り上げ突進していった。
「仲間じゃ無いのか!?」
どう動く。とは言っても結論は決まっているんだが。まだ銀ゴブの方が話が通じそうだ。先に銀ゴブをと狙ったところで、あっちの3体が俺に味方するとは思えない。仮に、やれたところで向こうが複数残れば結局多対1だ。4対1より3対2の方が生存確率が高いに決まってる。少しでも長く生きてやる。
腹を決め、俺は剣ゴブに対して向きを変えた。すると、銀ゴブはじっと俺を見据えた後、2体に向き直った。
「オーケー。共闘成立だな。」
視界の端で銀ゴブの動きを確認した後、新たな脅威を確認する。駆けてくる3体はまさにゴブリンのイメージそのもの。醜悪なツラを、にちゃあと歪めて駆けてくる。もう勝った気でいるんだろうな。頭悪そうだ。
銀ゴブが異常なのではなかろうか。初回から銀ゴブに遭遇した俺は、相当に運が悪いのかもしれない。
剣ゴブはドタドタと走り寄ってくる。機敏さは感じられない。だが、得物のリーチは完全に負けている。一か八か潜り込むしかない。
身構え、重心を前掛かりにし、いつでも動けるように備える。
「やる。やってやるッ!」
視界の端で銀ゴブが動き、2体に駆けるのが見えた。
「簡単にやられてくれるなよッ!銀ゴブ!」
おれも剣ゴブに対し、ナイフを構えたまままっすぐ歩き出す。距離が縮まる。まだ、まだだと、速くなりそうな歩行を一定に保つ。いよいよあと数メートルというところで、剣ゴブが俺の動きに合わせて剣を大きく振り上げた。
いまッ!
体重を一気に前方にかけ、瞬時に駆け出す。瞬間的に距離を詰められ、剣ゴブは慌てて振り下ろそうとするが、時すでに遅し。
両手で石のナイフをがっちり掴み、剣ゴブの柔らかそうな腹を目掛けて突きだした。お互いの速度そのままに衝突。ぶじゅうぅぅ、と突き刺さった手応えを感じる。勢いそのまま、重心が上がっていた剣ゴブをタックルの如く押し倒す。
「ギィャアアアアァッ!」
叫ぶ剣ゴブに構わず、そのまま体重をのせ、ナイフで体内を押しつぶす。なんとか逃れようとする剣ゴブの爪が、俺の横顔を引っ掻くが痛みをあまり感じない。ナイフから、体を貫通し地面を突いた感触が伝わった。まだ、剣ゴブは止まらない。ならばと体内で角度を変え、真上に押し込んだ。
「ゲブゥ」
口から、声とも音とも分からないものと血を吐き出し、動きを緩慢にしつつ、剣ゴブは動きを止めた。
ごろんと横に転がり、剣ゴブの上から移動する。はぁはぁと、大きく胸を上下させ呼吸を整える。引っかかれた顔の傷が熱くなってきた。
もう一つの戦場に目を向ける。2対1ながら、ほぼ互角の戦い。やはり銀ゴブの方が動きが良い。やや守勢に回っているが危なげない。
一瞬、
だが、ここで乱入したところで連携などとれる保証はない。だから、ほんの少しきっかけを。倒した剣ゴブのショートソードを掲げ、戦いの場に向かい叫ぶ。
「おい!銀ゴブ!俺は倒したぞッ!」
攻める2体の意識が、叫んだ俺に引っ張られる。その隙を逃す銀ゴブではなかった。迷わず斧ゴブの懐に飛び込み、喉を目がけて手斧を振り抜く。血飛沫が噴き出す。遅れて反応した棍棒ゴブが、武器を振り下ろすが、銀ゴブはくるりと身を
「・・・惚れてまうやろ。」
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