Ⅰー3

「悪くない」


2本のナイフもどきを巨木の洞にしまい込む。

余ったツタを槍に結び背負えるようにした。手にはナイフもどき。


「よし、準備完了。」


息巻いたところで、空に赤みが差してきた。

日が暮れるのか。


「間の悪い。」


と呟いたところで思い至る。

ここに来てから太陽を見ていない。空を見上げたりしていたのに見つけていなかった。太陽の位置を目印に、行動することもできるだろう。何より時間の経過が推測できるではないか。


「抜けてるんだよなぁ。俺は。影だって伸びれば、・・・伸びれば?」


巨木の影を探した後、次の言葉が出せなかった。

薄い茜空であるのだが、伸びる巨木の影を発見できなかった。

影はある。頭上に茂る葉や枝の影は、真下に木陰を作っている。真下にである。幹の影はほぼない。傾きの加減によって申し訳程度にあるのみである。


「どういうことだってばよ!」


混乱の元凶たる太陽を探してやろうと木陰をでる。真上にはない。夕暮れを作っているのだから真上にあっても困るのだが真上にいなくては困る。


何を言っているのるかわかねーと思うが、おれも何がおきてるのかわからない。


この際、真上になくてもいいから沈む太陽は見つけたい。槍とナイフを投げ捨て、巨木の裏手側、距離的に最短であろう岩山によじ登ろうと駆けだした。


岩山に張り付き足場を見つけては登っていく。全てが岩というわけではなくなだらかなところもあるが、切り立った崖もある。はかはかと息を切らせ、極度の渇きを感じながらも這い上がる。頂上付近に辿り着く頃には茜色が濃くなっていた。そして遠方を望む。


「・・・ない。」


夕暮れ時の日差しがない。かつて見ていた差すような西日がない。逆光によって暗がりをみせる場所もない。全景が等しく茜色だ。


「太陽がない・・・」


座り込み思案する。

太陽の事、植物の事、気温の事、この世界の事、自分の事。


「よし、わからん。寝よう。」


とりあえず寝ることにした。洞に葉っぱを集めて少しでも快適に寝られるようにすることの方がはるかに有意義な気がしたのだ。


さて、降りねばと下を覗くと結構な段差がある。夢中で登ったとはいえ、よくも器用に登ったものだと感心した。見渡すと、遠回りではあるが安全に降りられそうなルートを見繕えた。


では、と巨木とは反対側の岩場に飛び降りた時にそれは起きた。


ゴン


壁のような何かにぶつかった。何もない空中で。


「ぅえ!?」


弾かれる。空中で。反射的に頭をのけぞらせる。後方宙返り、なんてことはできず後頭部から岩場に落下。


ぎゅべ


潰れたカエルのごとき声が出たとこまでは覚えている。

勢い収まらず、落下落下落下。恐らくあちらこちらに肉片をまき散らしながら。






「・・・はらへった。」


むくりと起き上がる。

身体をまさぐり、周りを見渡す。


「3回目か。」


周囲は茜色に染まっている。

のそのそと巨木の裏手に回り目的の物を探す。


「あった。」


投げ捨てた槍と石ナイフ。

回収し、まじまじと見定める。


「俺のだよな。」


こんな不細工な槍とナイフ。そうそうあるもんじゃあない。

と、いうことはだ。時間が巻き戻っている訳ではない。


どれくらい死んでいたのだろうか。

茜色は落下直前に見ていた頃と、さほど変わらないようにも感じる。


どうする。見に行くか?

いや、止めておこう。

太陽が無いんだ。月明かりがあるとも限らない。


となればやることは一つ。


このあとめちゃくちゃ葉っぱ集めた。


葉っぱを敷き詰めた洞の中にゴロリと横になる。

気を抜くと浮かぶのは飲み物と食べ物のことばかり。


飽くなき食欲を無理矢理押しのけ考える。


このふざけた現状。最初こそあのバナーに触れた自分に自己嫌悪もしていたが、魔が差したというより魔に刺されたと憤ってみる。


今までの人生のこと。安牌ばかり切ってきた大して面白くも無い人生だった。戻れるかも判らんし忘れよ。すまんな父よ母よ。優秀なブラザー一家と幸せに生きてくれ。


これからのこと。知らなきゃいけないことが多すぎる。まぁ焦っても仕方ない。手探りしながらやっていくしかあるまい。


洞の外では茜色がとうに去った。月明かりのない漆黒の闇に包まれて・・・というのを予想したんだけどな。意外と見える。


のそのそ這って出てみる。

空を見上げると星空だ。ならば、と見晴らしのよいところまで歩き月を探すが見当たらない。太陽がないのだから月明かりもクソもないんだけどさ。

あの無数にある星っぽいのが光源になっているのかもしれない。


改めて見回す。やはりよく見えている気がする。

ぐっと意識して、より見ようとするとかなりはっきり見える。太陽が出ていない夜明け間近、夜が解けていくあの感じに近い。

弛めるとまた闇が増す。面白い。


餓鬼って夜行性?百鬼夜行なんてものがあるくらいだしな。無くはないな。納得できる範囲だ。うんうん。でも寝るけど。


ねぐらに戻り目を瞑る。


「ああ、はらへったなぁ。」


耐えず空腹に苛まれているから失念していたけど、食わなきゃ死ぬよな。経口摂取だよね?

餓鬼が餓死ってのもな。わざわざ試すのも違う気がする。最低でも一日一食は義務として食おう。

だが餓鬼って何を食べればいいのか。そういえば木の皮と葉っぱ食べたけど腹壊さなかった。下す前に死んだ可能性はあるけど。もしかしたらかなりお腹強いのかも。だからと言って木と葉っぱで栄養取れるとも思えない。


そもそも餓鬼に何の栄養が必要かも分からなければ、この不思議世界に地球上と同じことわりがあるとも限らない。物理法則は似てそうだけど。


何はともあれ試して行くしかあるまい。

とか考えてたらいつの間にか眠りに落ちた。




ぐう


という腹の虫の鳴き声と共に目を覚ます。気休めに、寝床とは別に置いていた葉っぱをんでみる。

草の味がした。


まずは近場からと、槍を担ぎ、ナイフ片手に歩きだす。転落死現場に向かう。単純な行動をしている時が一番余計な考えが浮かぶな。あれやこれやと渇望する残像を呟きながらえっちらおっちら歩く。


途中耐えきれず

「スペアリブ!」

と叫んで木の枝に噛りついた。木の枝の味がした。


麓までたどり着き昨日の痕跡を探す。肉片はおろか血痕すら見当たらない。落石らしき跡はある。俺と一緒に落ちたのだろうか。更に岩山に登りながら探す。


頂上まで来てみたが何一つ見つけられなかった。考えてみれば、俺が生きているのだから自分の死体とご対面は無い話かもしれない。そういうことにしておこう。


さて、次に移ろう。

慎重に岩場を降り、そろりそろりと巨木とは反対側へ進む。へっぴり腰のあんよが上手状態である。


「あった。」


壁があった。目に見えない壁がある。その向こうには、山林といった景色が続いているが何かが遮っている。壁に沿って歩いてみる。足場は悪いが確かめねば。


確信はないが湖とは反対側へと進む。


「ぅあぁ・・・、マジかよ。」


あった。かどがあった。二面を直角に繋いだかどがあった。

ちょっとこれは衝撃的だ。かどに収まってへたり込んでしまった。


広大に感じていた世界が急激に狭くなった。あるだろうか、ありそうな気がする。かど残り三つ。太陽の件も相まって、『箱庭』という言葉が頭を埋める。


箱庭の中のサバイバル

ポケットの中の戦争


「嘘だと言ってよ、バーニィ・・・。」

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