第二話 VSアメリカと……
決勝戦当日。イオリとアスカは決戦の舞台に降り立つ。
天候良好、突き抜けるほどの青空。肌をなでるおだやかな風の出番はあとになくなる。
いつもより距離の空いた二人の前に、星条旗を肩に描いた二人が近づいてきた。銀髪と金髪がしなやかに揺れる。
「こんにちは。私はノア。こっちはキャロル。お二人に会えて嬉しいよ」
「君がイオリか! 噂は聞いてるよ。お互いベストを尽くそうじゃないか!」
「え、ええ。よろしく頼むわ」
まんざらでもなさそうにイオリは握手に答える。やはりここでもイオリは注目される選手なのだとアスカは感じた。
《両チーム、スタート地点についてください》
「おっ、もう始まるのか!」
「それじゃ次は、風の中で」
アメリカ代表の二人はそう言って自陣に帰って行く。それを見送ってイオリとアスカもウィンディ・ドレスの風に乗ってスタート地点に向かう。
…………やわらかな風の音だけが聞こえ、硬い静寂があたりを取り巻く。
普段なら声を掛け合っていればあっという間に着くのだが、アスカは初めてこの時間をいやに長く感じられた。
イオリになにか声を掛けたいけれど、なにも出てこない。そうこうしているうちに目標場所に着き、戦いの開始を待った。
《トーナメント・オブ・フランス決勝戦、日本対アメリカ。戦闘開始まで、3……》
一応、戦う前には声をかけよう。アスカが口を開く。
「あの……イオリ」
《2……》
「……アスカ」
イオリが単調に口を開いた。
《1……》
「今回はわたしだけでやるわ」
「えっ……」
《スタート!》
開幕と同時にイオリは飛び出す。
「そんなっ! 待ってイオリ!」
アスカの制止を意に介さず、グングンとイオリのスピードが上がっていく。追いつこうとアスカも出力を上げるがその差は縮まらない。
「日本代表を観測した」
「さあ、一暴れするか!」
ノアの右手には赤の、キャロルの左手には青のグローブ――それも大玉のスイカほどの大きさのものをはめており、メタリックな輝きは戦場のどこにいようと目にとまる。
同じくアメリカ側を視野に捉えたイオリはバショー刀を構え、
「しゃああああああ!」
数度振ると風の刃が現れ、ノアたちをめがけて襲いかかる。
「おおすごい! 日本じゃこういうのを『結構な駅前で』と言うんだろう?」
「『お手前』だよ」
二人は風の刃をグローブでなぎ払う。キャロルも風を起こそうと構えた瞬間、
「――――おっと!」
「――――ちぃ!」
肉薄してきたイオリのバショー刀を間一髪受け止める。科学力の結晶体同士が快い金属音を上げる。
「面白い! ではこちらの番だ!」
キャロルの青グローブに風が集まり、
「凍て吹け、ブリザードナックルゥゥゥ!」
雪風となってイオリを押し吹き戻す。
「くううううう!」
後退させられるもウィンディ・ドレスの出力を制御して踏みとどまる。
「ま、まだまだ!」
「私を忘れちゃ困るよ」
イオリの眼前にノアがいた。赤灼の拳が太陽に輝く。ノアはそれを突き出し、
「消し飛べ、ハリケーンフィスト」
豪風がイオリを大きく吹き飛ばした。
「い、イオリ! ――――わっ!」
ようやく追いついたアスカにイオリが飛んできて、押し退けられるもなんとかキャッチする。
(吹雪に熱帯低気圧……。前者はこないだのロシア戦で、後者はオーストラリア戦で経験している。勝てないわけじゃない。それに――――)
「大丈夫イオリ!? 一回引き返して作戦を……」
「そこで見てなさい! ウィンディ・ドレス、100%バースト!」
「そんな……うわっ!」
瞬く間にアスカのもとを離れるイオリ。目にもとまらぬ速さでアメリカの二人と渡り合う。
「だあああああああ!!」
鬼気とした迫力ながら精緻に剣の舞いを浴びせるその姿は、戦乙女を彷彿とさせる。
アメリカ代表もその拳で一閃一閃をすべて捌く。
「いいぜいいぜ! そうこなくっちゃなあ!」
「素晴らしいがずいぶんと独りよがりだな。これで私たちに勝てるとでも?」
「しぃあああああああああ!!」
「……余計なお世話だったか」
次元の違う戦いにアスカは何もできずにいた。
(せめて援護しなきゃ……でもイオリに当たったら目も当てられない。どうしよう……)
何もできずに動けないアスカをノアは一瞥し、相棒に目配せする。
「――おう! そろそろ頃合いだな!」
「どこ見てんのよ! うらあ!」
イオリの一刀が豪風を起こし、アメリカ代表二人を遠くまで吹き飛ばす。
「しまった!」
同時に体勢を崩したノアのスカートがふわりとめくられる。そこから覗いたのは――――。
「
純心と清廉を象徴する真っ白な布地。それをバショー刀が暴いたのをイオリは見逃さなかった。
(よし! まずは一人――――)
「――――なんてね」
ブーーーーーッと宣言が外れた音が戦場に響く。イオリのウィンディ・ドレスは制御が効かなくなり、移動や体を動かすこともできず立ち往生する。
「う、嘘でしょ!?」
「なんで!? たしかに白だったよ!?」
「
「よしきた! ブリザードナックル!」
「ハリケーンフィスト!」
二人はお互いの拳を打ちつけ、ガチンと音を鳴らす。ブリザードナックルから寒気、ハリケーンフィストから暖気が放たれ、両者が渦巻く風の球が生まれる。
「…………!!」
「あ……あれはまずい! イオリ!」
イオリとアスカの顔が青ざめる。迫り来るアメリカ代表の勢いを殺そうとアスカはフージン砲を放つが、米国の戦士たちが気削がれることはない。
「くっ!」
「イオリいいいいいいいいい!!!」
絶望にまみれた日本代表の
「「SMAAAAAAAAASH!!」」
「きゃあああああああああ!!」
爆風。まさしく何かが爆ぜたような、龍の咆哮の如き風。アスカが気がつくと、イオリは遙か遠くの蒼天の中にいた。
「
セーラー服によく似たスカートがパタパタとはためき、可憐にピンクの淡い光がその中から発せられているように見えた。気丈なイオリの内に、まさしく桃の香りが秘められているように思われた。
「やはり私達の拳に勝る者らはいない。そうだろ、キャロル?」
「……あ、ああ。だが少ししくっちまったよ……」
「――――! キャロル、お前……」
ノアが目にしたのは、裾のふちが天を向いたキャロルのスカートであった。
「――――宣言(コール)。 キャロル……黒……!」
荒々しい戦女神の如く好戦的なキャロル。それは子供のようにわんぱくで欲求に忠実な性である。ゆえに、そんなキャロルの下着が黒であったのだ。大人の妖艶さを秘め、扇情的ともいえる黒が、キャロルというパーソナリティの嵐が渦巻く中央にひっそりと咲く一輪のバラであったといっても過言ではなかった。
吹き飛ばされる直前、イオリはフリーズ時間が解除され、せめてもと一矢報いてキャロルのスカートをめくってみせたのである。
「ノア、こいつを……」
「……ああ、しかと受け取った。あとは私に任せろ、キャロル」
キャロルとイオリのウィンディ・ドレスが震える。宣言(コール)が成功したあとに戦闘が続行される場合、
(どうしよう、イオリがいなくなったらぼくだけ……)
アスカの目の前が暗くなっていく。ここまでイオリの実力で勝ち進んできたのだ。だからさほど実力のない自分だけが残って勝てるわけがない。
何も考えたくない。昨日と同じように、アスカは目を閉じようとした。
その時。
「アスカああああああああ!!!」
相棒の声にアスカは引き戻される。声の方を振り返ると、遠く彼方にいるはずのイオリの顔がすぐ側にあるかのように思えた。
「アメリカの必殺技は引き出した! 本当ならわたし一人で倒したかったけど……! でも、あなたの実力はわたしが一番わかってる! あなたならきっと勝てる! だから!」
「……!!」
イオリの言葉を聞いて、アスカは昨日の屋上での――――ケンカのあとを思い出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『――――なるほど、そいつぁ災難だったな』
『あの人らしいといえばあの人らしいですね』
事の顛末を語ったアスカに、ナギサとミライは朗らかに口を開く。
『ぼく、どうすればいいんだろう……』
『そのままでいいと思いますよ』
『そ、そんな!』
ミライの助言にアスカは声を荒らげる。
『わたしたち、日本代表をかけて戦いましたわよね』
『う……うん』
『ナギサさんのスカートの中は水色と黒のボーダーでしたよね』
『うるせえ! ミライは紫だったろうが!』
アスカには代表争奪戦がつい昨日のように思われた。
『で、アスカとイオリ、あたしとミライで戦ったよな』
『あの時からイオリさん、強かったですよね』
『そうだよ……。だからなんでぼくと組んで戦ったんだろう……』
ナギサもミライも実力者だ。でも、その二人を差し置いて自分とバディを組んだのか。アスカにはそれがずっとわからなかった。
『スカートめくりにおいて、個々の実力は大事です。機動力はもちろん、ウィンディ・アイテムを扱う技術なども重要になってきます。しかし――』
『――チームワーク。こいつが必要不可欠になってくる』
スカートめくりではチームによって戦い方は変わってくる。アスカとイオリのような前衛後衛型だったり、ノアとキャロルのような同じタイプのウィンディ・アイテムによるコンビネーションなど、チームの数ほど戦闘スタイルは存在する。
『実はイオリのやつ、ああ見えて繊細なんだよ。あたしは少しあいつと組んだことあるけど、うまくいかなくてすぐに解散しちまった』
『だからイオリさんにとって、アスカさんは心置きなく接することができる友人であり、相棒なんですよ。今回は言い過ぎちゃったみたいですけど』
『本当にそうかなあ……』
いつも先陣を切り、勇猛に挑んでいたイオリが? アスカには到底信じられなかった。
『ま、あいつのことだ。なんやかんやで悪いと思ってるだろうから、形はどうあれ謝ってくると思うぞ。責任感じて一人で戦うかもしれんし』
『いつも通りが一番です。頑張ってくださいね』
『それにアスカ、お前にも十分実力はあるぜ。ファイト!』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「――――だから! ちょっと急だけど! 昨日ひどいこと言っちゃったけど! ごめんだけど! あなたに託すわアスカ!」
イオリの手から鋭い音を上げて、バショー刀がアスカの直下に突き刺さる。
「勝って!!」
イオリとキャロルのウィンディ・ドレスが風を吐き、二人は場外へ飛び消えてゆく。
「……良くも悪くもタイマンだな」
ノアの左手には、キャロルから受け継いだブリザードナックルが装着されていた。
「……フージン砲、Verカミカゼ」
右腕のフージン砲が姿を変え、アスカはそれを背中に装着する。ゆっくりと地面に降り、バショー刀を引き抜く。
(……温かい。これが、イオリの熱……)
両手から伝わる相棒の闘志が体中を駆け巡る。
アスカは再び上昇してノアと同じ目線の宙空に立ち、ゆらりとバショー刀を構える。
相棒の戦いについて行けず、何もできなかったあの戦士はいない。
ノアの碧眼に映るアスカの黒く澄んだ瞳には、一片の迷いもなかった。
「――――サムライ、か」
ノアは拳を打ちつけ合う。ゆっくり離すと、まるでこの世界の終わりに吹くような風の球が現れていた。
「敬意を持って君を撃とう、アスカ」
「ぼくたちが勝つよ、ノア」
両者のウィンディ・ドレスの出力は最大限に到達する。
バショー刀が風を纏う。
「フージン砲、バショー刀、出力120%。――――行くよ、イオリ」
アスカの背中からジェット風が放出される。同時にノアも飛び出す。
「いっっけえええええええええ!!!」
「SMAAAAAAAAASH!!!」
風となった両者が宙で交差した。
四つのウィンディ・アイテムは空気の緒を引き、二人は互いに背を向けて宙に浮かぶ。
凪。風のない静謐のさなか、空の青は本当に穏やかだった。
――――爆風。地上から宇宙に向けて放たれたサテライト・キャノンの如く、天を穿つような風がアスカのスカートをめくり上げた。
(勝った! このままスカートの中を確認して
勝利を確信したノアは振り返ろうとした。
――――そう、振り返ろうとしたのである。
「――――う……ごか……ない……?」
次の瞬間、この
「――――す、スカートが!?」
ノアのスカートがノア自身の眼前の宙を彷徨っていた。
風が、アスカとイオリの友情の風が。ノアのスカートのホックを斬り外したのである。
(……ようやくわかった。イオリが白と宣言したのに、なんではずしたのか)
「――――
腰まで垂れた冬の月光のような銀髪から見えたのは、テディベアの顔であった。その引き締まったお尻の守り人と真っ赤にほてったノアの
《戦闘終了。勝者およびトーナメント・オブ・フランス優勝者、日本代表》
「――――やったああああーーーーーー!!! って、あ……れ―――――?」
勝利の歓喜をかみしめるアスカ。されど疲労でウィンディ・ドレスを制御できなくなっていた。
「そんなぁ~~…………わっ!」
力なく降りていくアスカをキャッチした腕の主は。
「――――おつかれ、アスカ」
「――――うん! おつかれ、イオリ!」
二人は笑顔で言葉を交わし合った。
「うぅ……くまさん見られちゃった……。恥ずかしいよぉ……」
「そう気にすんなって。よくやったよあたいたち。そら、向こうとあいさつだ」
涙目のノアをキャロルが優しくいたわる。
「ノア。キャロル。あなたたちはとても強かった。あなたたちと戦えたことを幸せに思うわ」
「もう一度やったら負けちゃいそうな気もするよ」
「う……うむ。私達も君達と戦えたことを光栄に思う。次は負けないとも」
「せっかくだ。日本の下着は評判がいいからそのうち紹介してほしいぜ」
お互いの健闘を讃え合う四人に、アネモネの花びらが祝福するかのように舞い落ちていた。
決勝後、アスカとイオリは今大会の運営が取り仕切る施設の大浴場にいた。
「このまま同じ建物のパンケーキパーティに行くなんて、ぼくおなかぺこぺこだよ!」
「気が早いわよ……あっ」
ぐぅ~っとイオリのおなかから音が鳴る。
「イオリも楽しみなんじゃん」
「うるさいわね! そうよすごく楽しみだわよ!」
浴場の水音とキャッキャという声がこだまする。
「ねえアスカ」
「なに?」
「ごめんね。ひどいこと言ったし、一方的に任せちゃったし」
「そんな! イオリがバショー刀をくれなきゃ負けてたよ! ……ぼくさ、イオリのことをちゃんとわかっていなかったよ」
ナギサとミライの言っていたことが今になってしっかりわかる。
「ぼくを信じていてくれていたから、そうしてくれたんでしょ? 嬉しいよ。ありがとう、イオリ」
「……うん。ありがとう、アスカ」
イオリは自分の顔が赤くなったのはお湯が熱かったからと信じたくなった。
「そうだアスカ、背中流してあげるわ。……それにしてもアスカの肌はやっぱりきれいね」
「そ、そうかなあ? イオリのほうがきれいだと思うけど……って、なんでぼくの前側に手を回すの?」
「いいじゃない。スキンシップよスキンシップ」
「恥ずかしいよ……ひゃん! 変なところつままないで!」
「あらずいぶんとすべすべね。いい体してるじゃない」
「もうやだ! イオリのバカ! 変態!」
アスカにシャワーをぶっかけられるイオリ。お風呂に入る前より疲れたような気もするが、二人はリフレッシュして浴場を出ようとする。
「それじゃ、そろそろ……!」
「ええ、行きましょ!」
アスカとイオリはパンケーキを食べに行くべく、その潤った体を携えて"男湯"から上がるのであった。
戦争がスカートめくりになったそんなお話 十夢村牙是流 @tomumuragazeru
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