戦争がスカートめくりになったそんなお話
十夢村牙是流
第一話 VSロシアとすれ違い
最初に、戦争に駆り出される人間の多さを見て誰かが言った。
「多くの人間が戦うのは合理的じゃない。少数の代表者を決めて戦おう」
次に、戦場で使われる兵器を見て誰かが言った。
「やはり負傷するのはよくない。相手を傷つけない武器を使って、勝利条件を決めよう」
最後に、戦場に吹く風を見て誰かが言った。
「そうだ、スカートめくりで戦えばいいんじゃね?」
――――――――――――――――――――――――――――――
それを背景に、縦横無尽に飛び交う四つの影。
頬は紅潮し、目は潤み、吐息は荒さと湿っぽさを増す。ぱっと見れば色っぽいのだが、そこに惚れるともれなく熱風でやけどする。
「アスカ! お願い!」
「わかったよ、イオリ!」
近未来なコスチュームを身に纏い、日の丸を肩に描いた二人。
指示を出してなびく長髪。前線を舞い、その瞳はつぶらでありながらも闘志に燃えている。
名を呼ばれ返事をし、後方を駆けて揺れる短髪。きめ細やかな白い肌から飛ぶ汗は、太陽の輝きのせいで朝露と見紛う。
その腰にそよぐは、いかなる人間の眼をも釘付けにするミニスカート。
イオリは着ている戦闘スーツ――ウィンディ・ドレスから射出される風圧を強め、加速していく。
「撃つよ!」
アスカの細く雪のような右腕にはめられた大筒から放たれるは、風の砲弾。撃たれた数発はうなりを上げて相手国・ロシア代表が展開した、包むような暴風雪の大楯を吹き散らす。
「うわぁ!」
「くっ!」
氷風の楼閣が開城され、イオリはそれを見逃さない。
「さすがフージン砲ね……。それじゃ行くわよ!」
イオリの握る、豪風に煌めく真っ赤なラインの入った刀――バショー刀。刃はなく、いわゆる模擬刀に近く、その刀は何も斬れない。否、刀自身で斬る必要がない。
「しゃあああああああ!」
刀身に風が集まり、その風は向かい風を斬り払う。
「いっけええええええ!!」
最大出力で加速し、白肌の二人を突き抜ける鋭い一刀。
イオリは岩石のステージに着地し、色とりどりなアネモネの花々がほのかに揺れる。
次の瞬間、剣のような風が巻き起こり、戦士らのスカートをめくり上げる。
「「きゃあああああ!!」」
「
穏やかな快晴の淡い入り江のような色に、心でガッツポーズをしたくなるスタンダードを行く模様が、モデルのように長く白い脚部と、小ぶりの臀部に映えたことは言うまでもない。
勝負がついたことを知らせるブザーが戦場に鳴り響く。日本代表の勝利であった。
「ふぅ……!」
「イオリ、おつかれ!」
不釣り合いな大筒を抱え、パタパタとアスカが駆けてくる。
「ええ。あなたもおつかれ、アスカ」
うっすらな雀斑の頬がかわいらしい二人も歩み寄ってきた。
「いやー参ったよ。その剣と大砲、とっても強いんだね!」
「あたしたちの牙城を打ち破るとはたいしたもんだな」
「吹雪を発生させるウィンディ・アイテムとはたいしたものね。寒くて動きにくかったわ」
「で、できたらまた戦いたいね!」
戦闘を終えた四人は和気あいあいと言葉を交わす。
「準決勝敗退ねえ……、まあベスト4だからいいか。賞品が手に入らないのが口惜しいけど」
「次に日本が勝てば優勝だね! あたしたちの分も頑張ってよ!」
「「もちろん!」」
――――――――――――――――――――――――――――――
「ようお二人さん! 次勝てば世界一か!」
「頑張ってよー、二人は我が校のヒーローなんだから!」
高校。イオリとアスカはクラスメートたちにもみくちゃにされる。男子に肩を叩かれるのはあまり気にしていないようだが、女子の胸が当たってなぜか顔を赤らめる。
「当然だわ! わたしたちなら敵なし。もっと褒めなさい!」
「あ、あはは……。なんだか照れるね……」
あまり遠くない未来。その魅力性と効率性から、世界はスカートめくりで事の甲乙を決めることになっていた。
風に揺れるスカート、その中を判定するために繰り広げられる攻防。
負傷者を出さずに選手の美しさや科学力をアピールできるため、国家の象徴となるのに時間はかからなかった。
また、競技の性質からスポーツに近いニュアンスといえばわかりやすいだろう。
選手たちはウィンディ・ドレスと呼ばれる、風を射出するミニスカートつき戦闘スーツの服装で戦場を舞う。
現在日本が参加しているのはトーナメント・オブ・フランス。トーナメントの勝ち抜き制で、開催国のフランスが新たに開発した最新種の小麦粉を巡って、各国がしのぎを削っている。
「で、優勝すれば……!」
「その小麦粉をふんだんに使った特製パンケーキを食べられるんだよね! ぼく、すっごい楽しみ!」
ようやく友人らを撒き屋上で一息ついた二人は、目を輝かせて顔を見合わせる。
「ま、バショー刀があればそう簡単に負けはしないわ。さすが日本の科学力といったところかしら」
ウィンディ・アイテム。スカートめくりにおいて重要な役割を担う存在。風を起こし、スカートをめくる決定打となる、いわゆる勝利の鍵である。
日本生まれの中でもバショー刀とフージン砲、特にバショー刀はフィニッシュには最適といえるほど強力で、それを使いこなすイオリの実力も世界的に上位へ食い込むものだった。
とはいえ当然、ここまでの道のりはぬるくないものだったには違いない。
「いろいろな子たちと戦ったわよね」
「うん、初戦はすごく緊張したよ。ドイツ代表の風車みたいなウィンディ・アイテムは風力が強烈だったよね」
「そのあとのタイ代表はスコールを降らせてきてほんと大変! 透けるしびっしょりで最悪だったわ」
「中国のウィンディ・ドレスはチャイナ服で憧れたなあ。頭のポンポンとか可愛かったし」
「エジプト代表の砂嵐で危うく負けそうになったのを思い出すと少しゾッとする」
「視界が圧倒的不利なのに砂煙に突っ込んでいくのを見たこっちの身にもなってよ……」
「本当に……本当にここまできたのね」
「明日……だよね」
傾いて赤みを帯びていく夕日が二人の顔と決意を照らしていく。
イオリとならきっと勝てる。アスカはそう思っていた。
「にしてもアスカ、先日のロシア戦でのミスは何なの?」
「えっ……、ミスって……?」
突然の指摘にアスカは困惑する。
「フージン砲を放って吹雪の防護壁を破る際、数発はずしたわよね?」
「あ、うん……」
「全弾命中していなくても私がフィニッシュを決められたからよかったものの、それができなかったらわたしたちのほうに隙ができて危なかったわ!」
もしあの壁を破って
「明日のアメリカ戦、あんなささいな失敗が命取りになるのよ! そこのところしっかりわかってるの!?」
「わ、わかってるよ! でもそこまで声を荒げなくてもいいじゃないか! だいたい、イオリだって一人で無茶に突っ込むことがあったじゃないか! エジプト戦もそうだけど、オーストラリア代表が起こしたサイクロンめがけて突っ込んだときはヒヤヒヤしたよ!」
「あれは竜巻の中央に通り道があったから勝算を見いだしたのよ!」
やいのやいのと二人の口論は熱を帯びてくる。
「もういいわ! 明日の戦い、せいぜい足を引っ張らないでちょうだい」
イオリはそう言うとアスカから離れ、出口の扉を勢いよく叩きつけて出て行ってしまった。
ひとり残されたアスカはその場に座ってひざに顔をうずめる。西日を抱えて去って行ったイオリの背中が、やけに遠く見えた気がした。
「なんだよ……ぼくだって精一杯やってるのに……」
イオリはトッププレイヤーだ。トーナメントにおける宣言の大半はイオリがやっている。日の丸を背負うには文句のないパフォーマンスである。
「たいしてぼくは……」
アスカとて日本代表として参戦しているゆえ、決して悪い実力ではない。それでもイオリのそばにいると、自分の手が届かない位置にいる人間の隣にいると痛感してしまう。
「……どうしてイオリはぼくと戦っているんだろう」
なにもかも考えたくない。アスカは目をつぶって黄昏に消えたがる。
運動部の遠いかけ声が聞こえる中、入り口のドアを開ける音が響いた。
「…………イオリ!?」
顔を上げたアスカの目に入ってきたのは、ポニーテールとツインテールの華奢な二人。
「ご期待のバディじゃなくて悪かったな」
「あら、先ほどイオリさんとすれ違いましたけど、どうしたんですか?」
「ナギサ……ミライ……」
――――それはかつて、枠をかけて全力をぶつけあった元“日本代表候補”の二人だった。
第2話はアメリカ戦から始まります。
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