第273話~聖戦の始まり~

 王を除く8人の種族の王が招集された場所は草木の生えない岩場だった。特に貴重だったり高価な鉱石が取れるわけでもない、何の変哲もない場所だ。



『遅いぞ貴様らァァァ!』



 そんな場所で用意された簡素な椅子に座り、1番最後に到着した獣王ゴルドギアスと精霊王エフィタルシュタイン、それに大精霊ノアに向けて叫ぶ男がいた。蟲王だ。



『……黙れ』


『はぁ、蟲のくせにうるさい』


『身の程を知れ』


『そうだそうだー』



 しかし、その言葉に反応したのは言われたエフィー達ではなく他の王達……不死王、魔王、海王、巨人王だった。いちばん遅く来たことを弄ろうとした蟲王にとっては散々な言われようである。


 それを面白そうな目で龍王が眺めていた。彼を含むこの場の全員が人型の姿をしている。その中の一人、この招集をかけた張本人である龍王がポンッ、と手を叩く。



『蟲王の言うことは聞き流して良い。座れ』



 龍王が威厳のある声で精霊王エフィーと獣王ゴルドギアスに言う。大精霊ノアの事は視界に入れなかった。


 ……既に全員が集まっている。つまり、他の王にも根回しはされていると考えるのが妥当か? いやわざわざ自ら口に出す必要は無い。


 自らの存在は既に軽く扱われていると分かる龍王の態度を見てノアはそう考える。ともあれ、今までは自分が精霊王の代わりとして案内された席に座っていたのだ。


 それならば自分が座ろう。そしてそれを龍王に精霊王がいるだろ? 止められた場合は誤魔化して席を代わる。不敬だが、エフィー様はそれを咎めないし周りも精霊族に喧嘩を売るアホはいない……蟲王を除いて。



『ちょっと待って。そっちの小さいのは何?』



 そう思考し終えたノアが席に着く前に、一番最初に口を開いたのは唯一女性型を取る魔王だった。その言葉で龍王は他の王達に精霊王エフィタルシュタインの存在を広めていない事が分かる。ならば……。



『これは失礼。彼女は新しい大精霊候補ですよ。ちょうど上級精霊達の中から格があがりそうだったので連れてきました』


『エフィタルシュタインじゃ』



 その言葉で周りの奴らは納得をする。新顔が気になっただけで、本命は自分達を集めた龍王からの話だからだ。そもそも、従者のような存在は他の王も連れてきている。


 例えば龍王で言えば光輝龍レンドヴルムが有名だが竜人。獣王で言えば黒狼族。


 不死王ならリッチー。魔王なら悪魔族。海王なら魚人に巨人王は小人族。蟲王なら蟲人だ。そしてこの場にいない王は使徒を、それぞれがお供として付いて来る事がある。


 ちなみに巨人王の従者が小人族なのは、巨人王が人族全てを纏めた上での王だからだ。今は巨人が王をしているが、過去一度だけ小人族から王が出たこともある事はある。



『では本題に入るぞ。……我々が小さな小競り合いや、時に大きな戦争を起こしてから1000年以上の時が経過している。かつて手に入れるために争っていた肥沃な大地も年々減少気味だ』



 宣言した龍王が今の現状を語り出していく。まず、この世界の人々が発展していった結果、様々な資源が枯渇し始めていた。そしてその限られた資源を、他種族同士が戦争によって奪い合わなければいけない。


 そして資源を奪い合う戦争が起きる中で、その大切な資源も年々失われていってしまっていたのだ。限られた資源を得るための戦争で、その全体数が減っている現状。


 それを龍王は改めて彼らに説明するように語っていく。先程まで声を高らかに上げていた蟲王を含めて、皆が大人しくその話を右から左に聞き流していた。


 本題と聞いてみれば、ただの今までの現状確認。そんな事、言われなくてもわかっているのだ。ただ解決方法が思いつかないから神妙な面持ちで聞いている振りをしているだけ。



『しかし、そんな争いもこの時を持って終わる』



 しかしその思考に一石を投じる言葉が龍王から投げられた。場の空気が一変する。1000年終わらなかった小競り合いという名の戦争が、終末へと向かう事が宣言されたのだから当然だろう。



『んだぁ? まさか俺達の中から1人を生贄にする、なんて言い出さないよな?』



 1番嫌な展開を思いついた蟲王がそう尋ねる。彼が口にした展開になる場合、十中八九その生贄は蟲王の領土となる事は間違いない。



『否だ。……王達よ、まだここに居るだけも手に入れていない広大な土地があるとしたら?』


『……龍王、それは』


『それって君の妄想じゃなくて?』


『にわかには信じ難い』


『そうだそうだー』



 問いかけに不死王、魔王、海王、巨人王が口々に言葉を絞り出す。



『いいや、ある』



 しかし龍王はあると言いきる。その断言した姿に周りの王達は息を飲んだ。彼の言うことが本当ならばこの戦争もおわり、広大な別の土地が手に入るのだから。


 無論、その土地の所有権やらの利権争いが消える訳では無い。だが今のゆっくりと滅びに向かうだけの争いをするよりは遥かにマシだ。全員がそう考える。



『なんだ! その方法とは!』


『……戦争が起こって以降、時々異界の門が開くことがある事は知っているな?』



 蟲王の問いかけに龍王は再び語り始める。その口から出たのは異界の門。エルフ族のサリオンさんが空達の事をそう呼んだ事もある。



『あれは、俺の仕業だ』


『は? ……あんたのせい? あれ、突然出現したと思ったら周りの空間をねじ曲げたりとかあるじゃん。結構な被害出てるんだけど』



 魔王が殺気を放ちながらそう告げる。不死王、海王、巨人王。さらに蟲王と獣王までもが龍王への警戒心を引き上げた。



『そうだ! 俺の有用な部下もこの間討たれた! 報告したのは良いがどう責任を取ってくれる!?』


『終わった事は仕方がない。切り替える。それよりも、知りたいのはまだ未発見の土地だったはずだ』


『……ちっ!』



 蟲王が叫ぶが不死王がそれを制して話を軌道修正する。1番被害の少なかった、と言うか側面的には恩恵すら受けていた冷静な王の一言に、蟲王は舌打ちを返す。



『簡単だ。……その門の向こう側を侵略する。俺達よりも弱い生命体しか居ない。好都合だ』


『弱いという証拠は? 俺達の誰もが少なくとも末端辺りは被害を受けている』

 

『向こうの生き物のほとんどは魔力を持たない』


『『『っ!?!?!?』』』



 信じられない。魔王が質問に返ってきた問いに動揺が広がる。魔力とはこの世界の全ての生き物が有している物だからだ。精霊に至っては魔力の塊である。



『ふははは! やるぞ! 俺が一番槍で行く!』



 自分よりも弱い侵略先を見つけたと理解に至った蟲王が立ち上がりそう宣言する。



『順番はこれから決めるに決まってるだろ』


『そうだそうだー、踏み潰すぞー?』



 海王に巨人王が蟲王の言葉を非難する。魔王も軽く頷く。獣王も笑みを浮かべるのを抑える表情を見せた。そんな中、1人の王が動く。



『ダメじゃ。そんな行いは我が許さん』


『『『っ!?』』』



 王達の方針が纏まりかけた所に投げかけられたその言葉、意味を理解し始めた王の1人が口を開く。



『は? ……おいノア、今の言葉は、お前の従者から発せられた言葉か?』



 魔王が真っ先に食ってかかる。ノアは軽く頷いた。その反応に他の王も動き出す。



『この海王に、今の行いを止めろと言いたいのか?』


『そうだな、納得いかん』



 海王に巨人王も納得のいかない様子で殺気を放つ。これが精霊族でなかったら、例えば蟲王の従者だったなら即座に殺されていただろう。


 それが行われないのは一重に精霊族の恐ろしさを誰もが知っているからだ。精霊本体も強く、さらに眷属と契約をした時の強さは1段階跳ね上がる。


 他種族の幹部クラスであっても大精霊には勝てない。基礎能力の格が違うからだ。もちろん大精霊であっても王クラスには勝てないが。


 同じ土俵に立てるのは同じく最強の名を欲しいままする龍王と龍族だけだろう。龍族と精霊族、この2種族は他種族にとって畏怖の象徴でもあった。



『黙れ、共生の道を選ばず異世界へ戦争を仕掛ける? ふざけるな』


『なっ! 龍王構わんな!? 我々を侮辱した発言、いくら精霊族であっても許してはおけん!』


『別に構わんが……お前に勝てるか?』


『はぁ!? 舐めすぎだ! ……いや、どういう意味で──』



 エフィーから告げられた暴言に蟲王の堪忍袋の緒が切れる。しかしこの場は龍王が作り出した盤上。一応許可を取ろうした蟲王が逆に心配される声掛けに、戸惑いを見せた瞬間……。



『我、精霊王エフィタルシュタインの名において、今ここに宣言しよう。決して異世界への侵攻は許さん。破る者は……全力を持って当たらせてもらう』



 精霊王エフィタルシュタインがその正体を自ら明かし、異世界への侵攻。すなわち空達が暮らしているであろう世界への侵入を禁止する宣言した。


 これが聖戦の始まりであった。

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