第272話~魔黒龍ダノンヴルム~
『ふむ……やはり獣人族の方も同じような書状が届いているようです』
『私達だけじゃないって訳ね……』
ノアの言葉にウンディーネが納得した表情で呟く。王を除く8人の王を集結させる書状は龍によって届けられた。その事からわかる通り、発案者は龍王だ。
『それにしても、王だけを除いてなんて意外ね』
『ヤー!』
王。それは9人の中でも最も偉大で、もっとも強い。他の王が種族を束ねる者達を指すならば、王は他の王も含めた全ての王となっている。
そんな王だが、1度でも見た事があるものならばその恐ろしさよりも人懐っこいと表現できるような気さくな性格に面食らうだろう。楽しげに配下と呼べる者達と談笑する姿は大変ギャップがある。
ただし、今回の会合を発案し招集をかけた龍王はその王だけを省いた8人の王での集結を進めていた。
『いやそれより問題は……精霊王様当てだった所だよ』
『あぁ、なんでバレてる? 今までは俺の所に書状が届いていたはずだ』
シルフの言葉にノアが同調する。刻の大精霊ノアは当時の実力だけなら他の8人の王に匹敵するとすら呼ばれていた程の実力者だ。もちろん王とは比べようもないが。
いつもはノアにその書状は届けられていた。しかし今回は精霊王宛て。精霊王が再び顕現した事を知っているのは生き残っている水、風、土、闇に刻を合わせた5人の大精霊に獣王だけのはずだ。
『……獣王が、裏切った?』
闇の大精霊の言葉に周りの空気は重くなる。恐れ多い……そんな気持ちが先行し、おいそれとは頷けない。ただし、それを否定したなら次は自らと同じ大精霊の他の4人をお互いに疑わなければいけないからだ。
『まぉ、ともかくバレていることは確かだ。……行くしかあるまい』
ノアの言葉にウンディーネ、シルフ、ノーム、シェイドの4人が頷き合う。
***
「むっ、来たようじゃな」
『っ!? 精霊王様、それも分かるようになったのですね』
「時間が経ってからの。徐々に精霊王としての力も皆の言う通りになるのやもしれん」
何かに反応したエフィーの様子を見てノアが目を丸くする。ノアは少し前に感じていたが、こちらに向かってくる存在がいたのだ。それをエフィーも同様に感じ取った事実に驚きを隠せない。
「早いご到着じゃな。それはそうと楽しみじゃな、龍に乗って空を飛ぶのは」
『その言葉、他では絶対に漏らさないで下さいね?』
そう、相手は空を飛んでこちらに来ている。相手はドラゴンだった。龍王の遣いであり、三大龍将の一頭でもある。名を魔黒龍ダノンヴルムと言った。
同じ三大龍将の光輝龍レンドヴルムとは全くの正反対であり、全身がとても深い漆黒の闇のような鱗で覆われたその身体に生半可な攻撃は効かない。
『待たせた。乗客は、その2人か?』
1番前に立つエフィーとノアをその鋭い眼で見つめるダノンヴルムが問いかける。
『あぁ』
『そうか、乗れ』
ご丁寧に競走馬が付けるような鞍、その上に簡易的だが家の一室を再現したかのような空間まで用意してある場所に2人が入り込む。
「おぉ、空の旅もこれで快適なのじゃ」
『えぇ。ダノンヴルム、頼みます』
その言葉に従うように魔黒龍ダノンヴルムは再び飛翔を開始する。
『……精霊王様、どうかご無事で』
飛び去っていくダノンヴルムを見つめる闇の大精霊から出た言葉は、他の大精霊達と同じ思いだった。
***
「おぉ! 凄いのじゃ!」
『精霊王様、少し落ち着いてください。……それと、こちらの会話が向こうに漏れないようにする事もお願いします』
「むっ? まぁ良いのじゃ」
エフィーが精霊王としての力を使い、大精霊としての力を使えないノアの代わりに結界を張る。これで魔黒龍ダノンヴルムに話が漏れることは無い。だがノアの目的は話し合いもそうだが、メインはそっちではない。
……結界の強度が強くなっている。精霊王としての力は戻りつつあるのか? いや、その力の使い道を、扱い方にエフィー様が慣れてきただけ……?
『最後にもう一度確認しておきますよ。精霊王である事は龍王にバレている事を前提としつつ、他の王にバレるまではシラを切ります』
「のじゃ!」
『それと不用意な発言も控えるように。下手な言質を取られると戦争になりかねません。何が待ってるか分からない以上、慎重に動きます』
「のじゃ!」
『……精霊王様、ちょっと撫で回しても良いですか?』
「のじゃ! ……のじゃ!?」
『エフィー様! ちゃんと話を聞いてから返事をしてください!』
「何を言うか。ノアが居れば我は安心じゃ」
『…………』
ニコリと笑うエフィーにノアは複雑な表情を向ける。嬉しくない訳ない。精霊王様からそこまでの信頼されている事は大精霊として本望だ。しかし、今のご時世がそれを許さない。
どうしてこの精霊王様なんだろう? どうして今生まれてきてしまったのだろう? どうして、もっと平和だった時に出会えていれば、凄く楽しく暮らせただろうに……。
『ノア?』
『いえ、何でもありません。精霊王様にはもう少し厳しくすれば良かったと後悔しているだけです』
『思い切り何でもあるのじゃ!? わ、我は何かミスしたかの? 我も一生懸命頑張るのじゃ! 守りたいものを守れないのはもう二度と懲り懲りじゃからの』
いつもの厳しい視線を向ければエフィーは慌てふためき、ノアの真意を探ろうとしてくる。いつものから元気さはなりを潜め、真っ直ぐな瞳でノアを見つめていた。
『えぇ、その意気です。エフィー様、貴方は精霊王様なんです。例え何があろうとも、諦めないで下さい。その覚悟を持って、王達との会談に望むようお願いします』
その言葉にコクンと首を縦に振り頷いたエフィーを見て、ノアも頬を緩める。そうこうしている間に、エフィー達は龍王ほか多数の王達が待つ場所へと辿り着いていた。
『よっ、久しぶりだなエフィー』
『おぉ! ゴルドではないか! 久しぶりじゃの!』
『……いつの間に王と愛称で呼び合うまでの仲に!?』
エフィーを出迎えた獣王ゴルドギアスは精霊王エフィタルシュタインをエフィーと、また逆はゴルドと愛称で呼び合う仲の良さを目の前で見せつけられたノアが頭を抱える。
『それよりも、他の奴らはもう揃っているらしいぜ。俺達が最後らしい』
『むっ? そうなのかの? まぁ良い。主役は遅れて登場するものじゃ』
『おっ、良いねぇその言葉!』
『……頭が痛い』
カカカ! と笑うゴルドギアスにフハハハ! と笑うエフィー。その様子に、眉間を抑えるノア。そしてそれをなんとも言えない顔で聞いてないふりをしているダノンヴルムと言うシュールな光景がそこには広がっていた。
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