第270話~精霊達の今後について~

『どうすんの? ねぇどうするのよ!』


『私たちに当たり散らないでくれディーネ』



 水の大精霊ウンディーネがヒステリックに喚き散らすのを風の大精霊シルフが宥める。



『心配なのはノアだヤー』


『そうね……大精霊としての最後の仕事だって張り切っていたし』



 土の大精霊ノームは大精霊ノアの方を心配をしていた。それに闇の大精霊シェイドも肯定を示す。



『精霊王様は自室で待機させてるんでしょ? ノアは?』


『同じく待機……ではなく引き篭っているの方が正しいかな』



 ウンディーネの質問にシルフが答えた。揃った4人の大精霊の雰囲気が目に見えて沈む。大精霊ノア……彼は大精霊ながら、その精霊としての力を行使することは出来ない。


 かつて大精霊の1人だった光の大精霊シャインが亡くなったことをきっかけに精霊王を呼び出そうと1人で無理をしてしまい、刻の大精霊としての力を失ってしまったのだ。


 ノアは大精霊と言う格だけを残していながらその力を存分に発揮できず、せめてその知識を持って次世代の精霊王の役に立とうとこれまで生きてきた。


 しかし現れた精霊王は唯一の力である精霊を生み出すことのできない欠陥品とも呼べる存在だったのだから、彼の絶望は想像にかたくない。



『でも精霊を生み出せないって……そんなの、ありえなくない?』


『分からない。でも歴代の精霊王は精霊を生み出してきた。普通ならあの精霊王様が生み出せないはずは無いけど……精霊王様自体の生まれたきっかけがアレだからな』


『ヤー!』


『……精霊王様は、精霊王様。今は存在さえしてくれれば良い』


『……そうね。ようやくたちのわたくし達の前に現れてくれた王様だもの』



 闇の大精霊シェイドの言葉にウンディーネは大人しく納得の反応を見せた。



『しかしどうする? 私達の戦力……精霊も眷属も日々減らしている。このままではいずれジリ貧となる事は間違いない』


『なら、あれを受ければ良い』


『……本気なの、シェイド?』


『ヤー?』



 シェイドの発した言葉の意味をきちんと捉えた上で2人はそう反応する。シェイドの言っていたあれ、それは少し前に向こうから届いていた獣人族との不可侵条約だった。



『向こうも確か、内戦が酷くなってきているって聞いた。お互い領地は接しているけど今は争いごとを少しでも減らしたいはず』


『いやしかし……獣人族だぞ? 龍族と龍人族ならともかく、獣人族と密接な関係は周りからの精霊族としての価値が落ちる』


『その価値で精霊と眷属は救えるの? 無理でしょ、だから組むべき』


『……そう、だな。ノアか、精霊王様にこの案を入れてくる』



 シルフが立ち上がって部屋を出ていく。残されたウンディーネ、ノーム、シェイドはお互いを見合い、なんとも言えない顔をした。



『獣人族との同盟には賛成ね。でも根本的な問題として精霊王様をどうするのかが決まっていないじゃない』


『ヤー!?』



 シルフが居なくなってからそう口を開いたウンディーネの言葉にノームがそういえば!? と言いたげな声を上げた。



『うん。今はノアも居ないし精霊王様の件は先延ばし。どっちみち揃わないと話し合いも何も無い』


『獣人族に精霊王様の出現と、新たな精霊が生まれない事がバレたらどうなると思ってるの?』


『ヤー!』



 シェイドの言い分にウンディーネが反論。ノームが後ろからこそこそと同意を示す声を上げる。



『それは賭け。もし他種族に情報を売られたら不味いけど。そもそも獣人族如きなら精霊王様居なくても問題ないし、バレても獣人族にとって隣国であり盾にもなる精霊族を潰すような行いはしないはず』


『……それもそうね。ううん、もしかしてシルフの奴は気づいてた?』


『うん。本当に精霊としてのメンツを気にしてただけ。バレても問題ないこと自体は彼の中で結論づいてたと思う』


『……シルフとあんただけは敵に回したくないわ』


『ヤー……』



 シルフが去ってからさっきまでの話し合いは無意味だったことに気づいた2人が引き気味に呟いた。



***



 コンコン、と扉をノックする音が響いた。



『ノア、入るよ……って、酷い落ち込みようだな』


『……シルフか。別に、そこまで酷くは無いはずだが。はぁ……大精霊としての力も、精霊王様の補佐もできない俺に価値はあるんだろうか?』


『あるさ。君ほど精霊のために働いている精霊は居ない』


『大精霊としての力も、精霊としての能力も何も残っていない。格だけだ。残ったのは大精霊という肩書きだけなんだ』


『私には無い知識が、私たちを凌駕する愛が君にはあるじゃないか』



 ふかふかのベッドではなく壁の四方の端に蹲るように座ったノアに対してシルフが声をかけ続ける。



『……俺は刻の大精霊ノアだ。……大精霊でなきゃ意味が無い』


『……サラマンダーも、シャインも死んだ時に皆を励ました私たちの代表は死んだようだね。あの時の君は刻の大精霊だから励ましたのかい? 違うだろう? ……これ以上は何も言わない。もう勝手にしたまえ』



 シルフが部屋を出ていく後ろ姿をノアは見つめ続けた。



『……俺は、俺は……!』


『すまん要件を伝え忘れた』


『っ!?』



 すぐにシルフが戻ってきてノアは目を丸くして驚いた。2人は先程までの葛藤や話し合いの内容など無かったかのように、シルフの方から獣人族との同盟の話が上がったことを告げる。



『……そうか。仕方あるまい』


『思ったより反応薄いね。会議じゃ君の分も反論したつもりだったけど、余計なお世話だったかな』


『そんな事は無いさ。……精霊王様に会ってくる』



 ノアはひとまず吹っ切れた様子で部屋を出る。



『……え、いやここ君の部屋なんだけど』



 残されたシルフはそう呟いた。



***



『精霊……我は、精霊王。精霊族、皆の母。……我が、母? バカを言うでない。我は……私は、母親失格じゃないか!』



 コンコン!



『っ!? ……入れ』



 精霊王エフィタルシュタインが荒ぶる声を上げた瞬間に部屋のドアがノックされる。エフィタルシュタインの声に応じて入ってきたのはノアだった。



『精霊王様、1つお知らせが』



 そう言ってノアは獣人族との同盟の件を伝える。



『我も行くのじゃ!!!』



目を輝かせたエフィタルシュタインはそう叫んだ。

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